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また薪割りですか?

 屈み込んでいるウィルの頭を、リリーは熱心に観察した。さらさらの黒髪をいくらかき分けても、撃たれたような穴は見つからない。


「撃たれてないって」

「でも、銃の音がした」

「頭じゃなくて、床が撃たれたんだよ」


 確かに、ウィルが指し示す絨毯には焼け焦げたみたいな跡がある。しかしウィルの頭を貫通してあの場所に弾がめり込んだ可能性も考えられる。


「頭を撃たれて、本来は秘められているはずの人間の能力が覚醒したんだ! 絶対にそうだよ!」


 ケニーが興奮気味に考察を述べる。リリーは権威ある教授のようにふむと頷き、我がしもべの案を採用した。


「それだわ。ウィル、さあ、もう一度屈んで。頭を見せてみなさい」

「それより、彼女大丈夫?」


 ウィルの視線の先には未だ口を開けたまま固まっている侍女がいる。リリーが肩を叩くと、人形に命が吹き込まれたかのように瞬きをはじめた。


 侍女は王族を前に悠長に座っていたことを、詫びはじめた。使用人としての悲しい(さが)か、自分の頭で理解できることから順番に対処しようとしたのだろう。侍女はウィルが何かを言う前に立ち上がろうとしたが、腰が抜けていたのかすぐに床に崩れ落ちそうになった。それを支えようとしたリリーも巻き込まれて床に崩れ落ち、さらにそれを支えようとしたケニーも床に崩れ落ちた。


 床に転がる子犬たちを見下ろしながら、ウィルは苦笑いした。


「まぁ三人とも、しばらくここで大人しくしてて」


 ウィルはそう言って、部屋を物色しはじめた。






 ウィルが言うには、部屋に倒れている男たちは全員、気を失っているだけらしい。念のためといって部屋を物色して見つけ出した縄で男たちの体を縛っているウィルの後ろを、リリーはぴったりとついてまわった。


「二人と一緒に座ってなよ」

「嫌」


 リリーはウィルの服の裾をがっちり掴んで、自分の意思がいかに固いかをアピールした。


 ウィルは諦めたように笑って、男たちを縛る作業を再開する。


「ウィルはどうやってここまで来たの?」

「うーん、知らない奴らに誘拐されて?」


 これだけの数の人間を気絶させることが出来るのに、あっさり誘拐されてしまうなんて。リリーは眉をひそめながら、質問を再開する。


「こいつらはどうしてウィルを殺そうとしたの?」

「さぁ、どうしてだろうね」

「私を使ってウィルをおびきだすって言ってた。ウィルはおびきだされてここまで来たの?」


 ウィルは手を止めて、困った顔をリリーに向けてきた。


「知らなくていいよそんなこと」

「でも気になるもの」

「姫は私の登場がご不満なのかな?」


 ウィルがおどけた口調で言いながら肩をすくめる。リリーはすかさず偉そうに胸を張って見せた。


「大儀であった。褒美を授けよう」

「何を下さるのですか?」

「キャンディー一年分」

「涙が出るほど嬉しゅうございます」


 謎の小芝居をする二人の足元には、白目を剥いた髭もじゃが転がっている。


 ウィルは髭もじゃを縛り上げたあと、険しい顔で唸った。


「だめだ。人数が多すぎる。縄が足りない」

「全員をまとめて縛ったら縄の節約になるんじゃない?」

「いやぁ、そんな光景はあんまり想像したくないな」


 ふいにウィルが会話を中断し、動きを止めた。そしてリリーを自分の背中に隠し、地面に転がっていた武器を素早く拾い上げて身構えた。


 開けっ放しになっていた扉の向こうから、誰かが部屋の中に入ってくる気配がした。


 数秒後、ウィルは構えていた武器を下ろし、素っ頓狂(すっとんきょう)な声を出した。


「隊長……? 副隊長も。どうしてここにいるんですか」


 リリーはウィルの背中に隠れたまま、顔だけ覗かせて彼の目線の先にいる人物を確認した。ウィルが言った通り、騎士隊の隊長と副隊長がそこにいた。ひきつった顔で床に倒れた男たちを見渡している。


「あーあ……。お前これ、一人でやったのか……?」


 副隊長の呆れ返ったような声を聞き、ウィルは決まり悪そうに、こう言った。


「また薪割りですか?」






 軍学校で授業を行っていた隊長の元に、数時間前、国王であるローリーがやってきた。ローリーは「ウィルが何か困っているようだ」と隊長にこっそり耳打ちした。


 で? と冷たくあしらいたい気持ちが隊長にはあったが、それはつまり「お前が何とかしろ」という国王からの遠回しな命令であることは本人に確認するまでもなく分かっていた。


 詳しく話を聞けば「ウィルが何者かに馬車に押し込められて連れ去られていった。もしかしたらあいつは今ピンチかもしれない」と言うではないか。


 隊長は大慌てで、ウィルを誘拐した者たちが去っていった方向をローリーに確認し、とりあえず副隊長だけを連れて馬で駆けていった。


 馬車はすぐに見つかった。こっそり追いかけてたどり着いた先は悪名高き麻薬組織の拠点であった。


 隊長と副隊長は狼狽した。この組織には軍の諜報員が、身分を偽り潜入しているのだ。ウィルを救出するため乗り込めば潜入している仲間に危険が及んでしまうかもしれない。


 銃声が聞こえたとき、隊長と副隊長は心を決め館の中に突入した。しかし舘の部屋数が多すぎてなかなかウィルを見つけ出すことが出来ない。ようやく見つけたと思ったら、この有り様である。






 隊長の言う潜入している諜報員とは、ウィルの頭を撃とうとした若者のことであった。


 ウィルは床にのびている軍の仲間を見て申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「どうりで、見覚えがある顔だと……」


 彼が潜入していたことはウィルにとって幸運であり、そして誘拐されたのがウィルだったことは彼にとっても幸運だったと隊長は言った。


 もし銃を握っていたのが根っからの麻薬組織の人間だったなら、人の頭を撃ち抜くことに抵抗は無かったかもしれない。撃つことに気の迷いがあったから、ウィルがそれを避ける隙が出来たのだ。


 そしてこの潜入していた若い諜報員は、ここ最近軍への報告を怠っていたという。犯罪組織に潜入して、自分が本来は何者なのか、分からなくなる者は多い。この諜報員が麻薬組織に取り込まれかけていたのなら、遅かれ早かれ犯罪行為に手を染めてしまっていただろう。


 今日、この諜報員が取り返しのつかない罪を犯すことを免れたのは、いかに銃を撃つことにためらいがあったにせよ、銃を向けた相手が、自力で危機を脱することのできる人間だったからに他ならない。


 リリーは先ほどの小麦粉のことを考えた。麻薬組織ということはあれは危ない薬だったのだ。そして危ない薬といえば、父がおとしいれた子爵である。


 ひょっとしたらリリーの誘拐は、子爵から父への、復讐だったのかもしれない。しかしなぜ、ウィルが巻き込まれなければならなかったのだろう。


 とても気になったが、ウィルはリリーに対してあまり詳しく事の次第を聞いて欲しくないという態度を見せていた。ウィルが知られたくないと思うなら、知らない方がいいのだろう。


「ウィル」


 リリーはウィルの服の裾をちょいと引っ張った。


「何?」

「今日のこと、お父様に言わないで。お父様は私が誘拐されたのは、兄さんの不注意のせいだって思うわ」


 ウィルは悩む素振りを見せたあと、隊長を見た。


「無かったことに出来ますか?」

「いいのか? お前の手柄だぞ」


 隊長はリリーの頼み事を聞いて、あまり気乗りしないという態度を見せた。


 ウィルは麻薬組織の人間を一人で倒したのだ。もちろん軍にとって最適な状態ではなかったが、人質を無傷で救って組織の人間を全員生きたまま捕らえたのだから、大手柄と言っていいだろう。


 ウィルは冗談でも振られたみたいに笑った。


「手柄だなんて、大げさな」


 隊長と副隊長は、思いきり口元をひん曲げた。


「もういい。もうお前は自由に生きろ」

「そんな、見捨てないで下さい隊長……」


 ため息をついて背を向けた隊長に、ウィルは弱々しく追いすがっていた。

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