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ようやく私の話に興味を持って下さった

 扇状に敷かれた議席では、貴族院たちによる熱い議論が交わされていた。


「我々は庶民の雇用を生んでいる。すでに賃金を払っているにも関わらず、年金まで平等に払ってやっているんだ」

「何が平等か。軍人の年金額は身分によって倍近く違うではないか」

「資産を持っている貴族が労働者よりも多くの金を得ることは自然の摂理だろう」

「資産で年金額が決まるというなら、全ての軍人に同等な国への忠義心を求めることなど出来ないだろう!」


 扇の(かなめ)の部分に、議長席がある。ウィルは議長席の後ろ、少し床が高くなっている場所に厳かに座っている。隣には兄のローリーが座っている。


 白熱する議会を偉そうに高いところから見下ろしている二人は、おおよそ同じことを考えていた。端的に言うと退屈していた。


 王族は議会の最中、発言することが許されていない。影響力がありすぎるからだという。自ら議案を提出したときだけは別であるが、今日は違う。採決のときまで、することはない。


 ウィルは政治という分野で、貴族たちが影で囁いているように、まさしく空気であった。もちろん国をよくしたいという気持ちはそれなりにあるが、ウィルが考え抜いてたどり着いた結論など兄がとうに実行に移しているし、後追いで発信する意見に何の意味があるだろう。


 この国では議会に出席するだけで日当が支給される。もともとは庶民院のための制度だったが、庶民だけに日当を払うのは階級差別だという貴族院の意見で、議会に出席する者は皆平等に金を受け取れることになったらしい。


 議員ではないウィルとローリーにも、なぜか金が支払われる。もはや自分が議会に参加することは金の無駄なのでは、とウィルが兄に問うてみれば、「一人だと心細いから」という冗談なのか何なのか判断しかねる理由で引き留められた。


 というわけでウィルは給料分は働かねばならなかった。何をするのかというとこうして背筋を伸ばして偉そうに座っているだけである。黙ったままじっとしているとますます存在感の薄さに拍車がかかってしまう。ときどき自分は透けてしまっているのではないかと心配になって、胴体を見下ろして確認してしまうことさえある。


 議会終了のベルが鳴った。議員たちはこの後さらに議論を深めるために再び別の場所で集まるらしい。議論を円滑に進めるため酒を飲み、議論をより高次元なものにするため演奏家を呼んで音楽をたしなむのだそうだ。


 陛下もぜひおいでください、と貴族たちがローリーに群がっている。ローリーはありとあらゆる言葉を尽くしてなんとか嫌みなく誘いを断ろうと試みている。


 ウィルは気の毒そうな顔で兄を見た。気の毒だとは思うが自分に出来ることは何もない。ウィルの従者が先回りして、扉を開ける。ウィルは誰の目にも留まっていないのをいいことにこっそり部屋を出ようとした。


「殿下」


 この場で殿下と呼ばれる人間は一人しかいない。ウィルは極力迷惑だという感情を表に出さないように努力しながら、振り返った。


「ブリッグズ卿、お久しぶりです。お元気そうでなにより」

「ぶしつけに呼び止めてしまい申し訳ございません。殿下にひとつ、ご相談があるのですが……」


 国の端の方、秘境と呼んでもさしつかえないほどの田舎に領地を持つ、ブリッグズ。子爵位をもつこの男は、先ごろ領地で違法薬物を栽培していることを、ジェイミーの父であるハデス伯爵に糾弾された。


 ブリッグズは金の力で自らの罪を洗い流そうとしたが、社交界の理解は得られなかった。今もなお上流階級の集まりに参加している彼は、周囲の信頼を爪の先ほども取り戻せずにいる。


 正直相談など聞きたくない。しかしブリッグズの必死な様子を見て言い様のない不安を感じたウィルは、何故かさして悩むこともなく首を縦に振ってしまった。






 陽気な笑い声が響く、とある豪邸の大広間。円滑で高次元な議論はどこへやら。貴族たちは酒に音楽にゲームにと、そこまで謳歌できるものかというくらいに人生を満喫している。


 大広間の端にある長椅子に、ウィルはブリッグズと隣り合って座っていた。今、二人の間で交わされる言葉を耳に出来る距離に、人はいない。


 何が悲しくて違法薬物を栽培していた男と暗がりで二人きりにならなければならないのか。ウィルは遠い目をしながら、相談とやらに応じてしまったことをさっそく後悔した。


「それで、相談とは?」


 ブリッグズは手に持っているグラスの中身を一気に空にして、意を決した様子で口を開いた。


「殿下もご存じでしょう。ハデス伯爵があらぬ噂話をばらまいたせいで、私が今どれだけ肩身の狭い思いをしているか」

「心中はお察しするが、私に不満を訴えても事態が好転することはないでしょう」

「ご謙遜を。殿下も本当は、腹に据えかねているはずです。伯爵の息子の不手際で、大怪我を負ってしまうところだった。キャンベル隊長もさぞお怒りだったと風の噂で聞いております」


 ウィルはため息をつきたいのを、ぐっとこらえた。


「念のため言っておきましょう。ジェイミーは私の、気心知れた友人です。何を期待しているのか知らないが、あなたが考えていることは見当違いだ」

「お怒りごもっともです、殿下。しかし端から見ればジェイミー殿があなたを害そうとしたと考えても、不自然ではないでしょう。もしあの日、あなたが重傷を負いジェイミー殿が無傷であったなら、陛下はジェイミー殿はおろかウィレット家そのものに、嫌悪感を抱いたかもしれない」


 やけに饒舌に"もしも"の話をするブリッグズを、ウィルは不審に思った。だったら何だ、と返してこの会話が収束するとは思えないような空気が、二人の間には流れている。


「陛下を頼りたいのなら私との会話は時間の無駄では? 橋渡しなどするつもりはありませんよ」

「そうご自分を卑下なさらないで下さい。私はあなたに期待しているのです。そう、闘技会の事故は私にとってまさに、神のお告げにも等しいものでごさいました」


 グラス一杯でもう酔っ払っているのかとうんざりしかけたウィルは、ふと動きを止めた。


 あの日、ジェイミーの馬は様子がおかしかった。何か薬を盛られているかもしれないと騎士隊の同僚は言っていた。


 ブリッグズは違法薬物を栽培していた。そして、ハデス伯爵に恨みがある。


「最初は跡継ぎが痛い目に遭えばいいという、たったそれだけのかわいい出来心でした。しかしあなたが落馬事故に巻き込まれたとき、これだと思った。ただ痛い目に遭うよりも、もっと理知的な計画を練ることが、私には出来るのではないかとね」


 ウィルは動揺を悟られないよう、なるべく柔らかい態度でブリッグズに語りかけた。


「ブリッグズ卿。もしあなたが心から社交界でやり直すことを望んでいるのなら、私が力になりましょう。だからあまりハデス伯爵への恨みに囚われすぎない方がいい」

「なんと、お優しい方だ。だがもう遅い」


 ブリッグズの瞳にはほの暗い光が宿っていた。立ち入る隙がないほど、自分の世界にのめり込んでしまっているようだ。


 ウィルは努めて冷静に振る舞った。


「仮の話をしましょう。もしジェイミーを利用して私を害そうとしているのであれば、その計画はうまくいくはずがない。私もジェイミーも軍の訓練を受けているのですから」

「では私も殿下にならって、仮の話をいたしましょう。訓練を受けている軍人たちは、陛下の膝元である王都に網を広げている麻薬組織を、その存在を知りながら一体何年間放置しているのでしょうか。軍が正しい仕事をしないから、例えば私のような純朴な人間が裏社会の餌食になってしまうのだと、そうお考えになったことはございませんか?」


 ウィルは頭を押さえたい衝動を必死で抑えた。ブリッグズがどこからどこまで本気で話しているのか、全く分からない。ただの妄想に付き合わされているだけならば、ひどく疲れる役割を担ってしまった。


 辟易しているウィルを置き去りにブリッグズはどんどん早口になっていく。


「先ほど殿下は、私がジェイミー殿を利用するとおっしゃった。私は愚かかもしれないが、無知ではない。わざわざ頑丈で扱いにくい方を選ぶわけがないでしょう」


 遠くにある時計の振り子を眺めて心の健やかさを取り戻そうとしていたウィルの背筋は、一瞬にして凍りついた。息を呑み、ゆっくりとブリッグズの方に視線を向ける。


 ブリッグズは満足げな微笑を浮かべた。


「ああ、ようやく私の話に興味を持って下さった」

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