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え、何でこんなことになったの?

 馬車は古びた館の前で停車した。三人は外に出ようと扉に手をかけたが、押しても引いても開かない。


「どうなってるんだよ!」

「私に聞かないでよ!」

「あんたの家の馬車だろ!」


 狭い車内でわぁわぁ騒いでいる間に、好き勝手に馬車を走らせていた御者が館の前に移動していた。


 館の中から男が一人現れる。伸ばしっぱなしの髭に覆われている顔とは対照に、頭は随分と物寂しい印象を与える男だ。


 髭もじゃと伯爵家の御者は何か話をしているが、離れた場所に停められた馬車の中にいるリリーたちが彼らの声を聞き取れるわけもない。


 リリー、ケニー、侍女の三人は馬車の窓にびたっと張り付いて、髭もじゃと御者の動向を真剣に観察した。


 五分ほど経ったのち、館の中からぞろぞろと男たちが出てきた。髭もじゃと御者と男たちが、リリーたちが閉じ込められている馬車に近づいてくる。


 御者が馬車の扉を開けた。すかさず文句を口にしようとしたリリーを、御者は人差し指を立てて制した。口元に歪んだ笑みを浮かべながら。


「お嬢様、ひとつだけご忠告を。逃げようなどと考えない方がよろしいかと。大人しくしていれば、殺されることはないでしょう」

「殺される……?」


 リリーは自分たちが危険な状況に置かれているということを、今ようやく理解した。


 髭もじゃが枕カバーくらいの大きさの袋を、リリーの頭に被せてきた。それによってリリーの視界は、完全に奪われてしまった。






 視界を奪われて、恐らく髭もじゃの肩に担がれて、リリーはまるで収穫された芋のようにせっせとどこかに運ばれていた。


 数分間担がれ、運ばれていたリリーは突然、落とされた。一瞬身を硬くしたが、落ちた先は思いの他柔らかい場所だった。その座り心地には覚えがあった。背もたれがあるので、多分ソファーのようなものの上に落とされたのだろう。


 頭をすっぽり覆っていた布が、取り去られる。

 目に飛び込んできたのは、古びているが格調高い雰囲気の部屋だった。黄金色に輝く花瓶や、古美術品が飾られていて、壁には鹿の頭の剥製がひっついている。リリーが座っているソファーは、何か高級そうな動物の皮で覆われているようであった。リリーの両隣にはケニーと侍女が座っている。引き離されていないことが分かって、リリーの緊張は少しだけほどけた。


「え、何でこんなことになったの?」


 釈然としないという顔でケニーが首を捻っている。


 部屋の各所に、見知らぬ男たちが点在している。リリーには詳しく分からないが、軍人が身に付けているような武器のようなものを腰からぶら下げている。


「可哀想に。君のパパがもう少しだけお給料をはずんでいたら、使用人に裏切られるなんてことにはならなかったかもしれないのになぁ」


 髭もじゃがそこら辺に置いてあったスツールを引き寄せ、リリーの正面に腰を下ろした。そしてタバコに火をつけながら、ばかばかしいほどに心のこもっていない猫なで声で語りかけてきた。


「お金が欲しいから私を誘拐したの?」

「お金? 違う違う。俺たちが欲しいのは、もっといいもの」


 髭もじゃが吐くタバコの煙が顔にあたって、リリーは思わず咳き込んだ。髭もじゃは面白そうに、咳き込むリリーを観察している。


「おまけがついてきたのは予想外だったが、まぁ、子爵殿がなんとかしてくれるだろ」


 ケニーに視線を向けて、髭もじゃは目を細めながら言った。リリーは勇気を振り絞って、尋ねる。


「子爵って、どの子爵? あなたは子爵家の使用人なの?」


 リリーの問いに、髭もじゃは不自然なくらい大げさな笑い声を上げた。


「使用人かぁ。ま、このなりで貴族に見えるわけはないわな」

「……あなた貴族なの?」

「いや? でも多分、君のパパよりはお金持ちだと思うよ」


 にやりと笑う髭もじゃの前歯が、斜めに欠けて、色褪せていた。リリーはそれを見てぞっとして、体が震えそうになった。怖がっていることを気取られないように強気な口調で会話を続ける。


「わ、私の兄さんは国軍の騎士なんだから。こんなことして、ただじゃすまないんだから」

「そりゃ怖い。切り刻まれないように準備しておかなきゃなぁ」


 髭もじゃはゆったりと立ち上がって、部屋を出ていった。


 リリー、ケニー、侍女の三人は、髭もじゃが部屋を出た瞬間にどっと息を吐いた。部屋の中にはどう好意的に見ようとしても堅気には見えない男たちが十数人ほどいるが、彼らもリリーたちと同様、肩の力を抜いたように見えた。あの髭もじゃが、この男たちのボスなのかもしれない。


「どうやって逃げる?」


 ケニーがリリーと侍女だけに聞こえるくらいの声で言った。侍女はキョロキョロと辺りを見回しながら、渋い顔をする。


「逃げられません」

「そうか? 手足縛られてるわけじゃないし、全力で走れば外には出られるんじゃないの」

「でも、出口がどこにあるか分かりません。ここが何階かも分からないじゃないですか」


 侍女の言葉に、ケニーは「そうか」と言って険しい表情を浮かべた。


 リリーはソファーの上で膝を抱えながら、自信を持って言った。


「大丈夫よ。きっと兄さんが助けに来てくれるわ」


 ケニーは呆れた目つきでリリーを見る。


「そんな夢みたいな話あるわけないじゃん。ジェイミーさんは俺たちが誘拐されたことにすら気づいてないよ」

「絶対に気づくわ。だって私の兄さんだもん。絶対に助けに来てくれる」


 リリーは祈るように両手を握りしめ、自分に言い聞かせるように呟いた。


◇◇◇


 ひたすらに武器の手入れをしていたジェイミーは、はっとして手元から顔を上げた。それから、険しい表情を浮かべる。


「嫌な予感がする……」


 ジェイミーを手伝うでもなくソファーの上でダラダラしているニックが、寝そべったままジェイミーの方に顔を向け、口を開く。


「嫌な予感? どんな?」

「なんかこう、危険が迫ってるような……」

「ローズの誕生日とか忘れてんじゃねぇの」

「いや、そういう感じじゃないんだよなぁ」

「じゃあ何かの書類を提出し忘れてるとか」

「そういうのでもないんだよなぁ」


 ニックは上半身を起こし、膝を叩いた。


「ああ、分かったぞ。さっきリリーちゃんがウィルを探しに行っただろ?」

「ああ」

「でもウィルは議会に参加してるから会えるわけないだろ?」

「ああ、そうだっけ?」

「散々本部を歩き回ったあげくウィルに会えなかったリリーちゃんが、もうそろそろお前に八つ当たりしにくるんじゃねぇの」

「それだ」


 ジェイミーは嫌な予感のおおよその見当がついたことで、心の平穏を取り戻した。そして武器の手入れを再開するべく、視線を手元に戻した。


◇◇◇


「おーい。ジェイミーさんはいつ俺たちを助けに来るんですかー?」

「もうすぐ来るってば!」


 わざと耳元で大きな声で尋ねてくるケニーを、リリーは鬱陶しげにソファーの端に押しやった。


 リリーたちはソファーの上にかれこれ二時間もの間放置されていた。誘拐された理由も分からず、何かを命じられる訳でもなく、ただただソファーの上でじっとするだけの時間が過ぎていく。


 部屋の中には武器を身に付けた男たちがいるので、自由に歩き回る気にはなれない。しかしただ座っているだけというのも苦痛である。


 のびをしたり座り方を変えたりして退屈をまぎらせていると、部屋の扉が開き髭もじゃが戻ってきた。


 髭もじゃは、大人の腕くらいの長さがある、銃を持っていた。


「それ、違法だろ」


 ケニーが青い顔で呟く。髭もじゃは先ほどと同じようにリリーの正面に腰を下ろし、欠けた前歯を覗かせた。


「そうだね。誘拐も違法だけどね」

「それで俺たちを殺すつもりなの?」


 髭もじゃは口元に意味深な笑みを浮かべ、ケニーの問いを聞き流す。それからリリーの目を覗き込んだ。


「お嬢ちゃん。君、王弟と仲良しなんだってね」


 予期していなかった質問にリリーは面食らう。


「どうしてウィルの話が出てくるの?」

「へぇ、愛称で呼ぶ程度には親しいのか。君のためなら、やんごとないウィリアム様も、この掃き溜めに遊びに来てくれると思う?」


 髭もじゃは銃を何やら複雑に操作しながら、含みのある表情を向けてくる。


 リリーは皮肉っぽく、髭もじゃに言葉を返した。


「おじ様、まさか、ウィルに片想いしてらっしゃるの? だめよ、あの人は私の男なんだから」


 髭もじゃは馬鹿にするみたいに鼻をならした。ニックの言葉を借りるなら、ガキがいきがってんじゃねぇ、という気持ちを鼻で笑うという手段で表現したのであろう。


 リリーは腹が立って、再び声を上げた。


「ウィルはすごく強いんだから。あなたなんて一秒で倒されるに決まってる」

「だから人類は銃を発明したんだろうさ」


 髭もじゃの切り返しに、リリーは一瞬言葉に詰まった。


「……ウィルを撃ったりは出来ないでしょう?」

「王弟が防弾素材で出来ているわけじゃないなら、撃てるね、理論的には」

「陛下の弟君よ。そんな度胸のある人間、いるわけない」

「本当にそうかな?」


 髭もじゃの瞳はよどんでいて、瞳孔は完全に開ききっていた。

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