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ねぇ、踊ろうか

 三人とも仲良くね、といういかにもくだらない喧嘩の仲裁に用いるような言葉を告げたウィルに対し、あろうことかリリーのしもべたちは悪態をついた。


「なんだよ偉そうに」

「そうだよ、そもそも誰だよあんた」


 その言葉を聞いて、リリーはあんぐりと口を開けた。こいつらニックがどこの誰かは知っていたくせにウィルがどこの誰か知らないのか。


 ウィルはこういう反応に慣れているらしく、誰だよあんた、という問いは笑って受け流していた。


「リリーは僕にとって妹みたいな子だからさ、なるべく優しくしてやってくれないかな」

「あんたの妹、性格悪くない? 甘やかしすぎてんじゃないの」


 しもべその2の主張を聞いて、ウィルは決まり悪そうな表情を浮かべる。


「可愛くてね、ついつい何でも許しちゃうんだ」

「だめじゃん」

「だめかな」


 リリーはウィルが自分のことを妹みたいと言ったことに落ち込むべきか、それとも可愛いと言ったことに喜ぶべきか決めかねた。


 そのとき、一人の紳士がひどく慌てた様子でリリーたちの方に駆け寄ってきた。


「ウ、ウィリアム殿下。うちの息子が何か失礼なことをいたしましたでしょうか……」


 紳士が放った言葉に、リリーのしもべどもは「え!」と声を上げ、それからウィルのことを目玉がこぼれ落ちんばかりに凝視した。紳士はしもべその1とその2の口を素早く両手でふさぐ。


「お許しください、お許しください。不出来な息子で、何度言い聞かせても勝手なことばかりやらかして……」

「世間話をしていただけです。気に病むことなど何もありませんよ」


 ウィルの答えを聞いて紳士はすがるような声を出した。


「で、では、陛下へご報告などは……」

「ご安心を。告げ口などしませんから」


 ウィルが苦笑しながら答える。紳士は何度も謝罪の言葉を口にしたあと、リリーのしもべたちを連れてどこかへ行ってしまった。


「さて、ニックを捕まえないとな」


 言いながらウィルが周囲を見渡したので、リリーは膨れっ面をして見せた。


「厄介払いするのね」

「ごめん、今夜は忙しくて」

「忙しくなくても邪魔者扱いするくせに」


 ウィルはきょとんとした顔でリリーを見下ろした。


「邪魔だなんて思ってないよ」

「嘘。ウィルは子供の相手ばっかりしてられないんだって、兄さんが言ってたもの」


 ウィルは少しの間動きを止めたあと、身を屈めてリリーの顔を覗き込んだ。


「どうしたの? やけに機嫌悪いね」

「だって、ダンスホールをただ歩き回るだけなんて、つまんない」

「ああ、まぁ、そりゃそうか」


 何がおかしかったのか小さく吹き出したウィルは、自分の腕に回っているリリーの手を手のひらで持ち直した。


「ねぇ、踊ろうか」


 何の前触れもなくダンスホールの中央に誘導されそうになって、リリーはとっさに足を踏ん張った。


「え、でも、ウィル忙しいんでしょ?」

「一曲くらいなら大丈夫」


 着飾った姿を、ウィルに褒めてもらいたかっただけだった。ただそれだけのためにニックの力を借りてウィルを呼び寄せてもらったのだ。


 ちょっと構ってくれればすぐに解放してあげるつもりだったのに。一緒にダンスを踊るなんて予定外だ。


 ウィルが厄介な提案をしてくれたおかげで、リリーはウィルの足を踏まずにダンスを踊りきれるかどうかということで頭が一杯になってしまい、ささやかな企みに集中することが出来なくなった。


 リリーは必死の思いでステップを踏んでいるというのに、ウィルはまるで子供向けの遊戯をこなしているかのように悠然としている。


「お姫さま、機嫌直してよ。ほら、笑って見せて」


 ウィルがダンスを踊りながらご機嫌とりをするという、リリーにとっては右手で字を書きながら左手でレースを編むくらいの難易度のことをし始めた。


 なるほど、天才型の人間は出来ない人間の気持ちが分からないという俗説は正しかったようだ。ウィルにはステップを踏むことだけで手一杯になるという発想がないから、リリーが黙りこんでいる理由を機嫌が悪いからだとしか解釈出来ないのだろう。


「ウィルの意地悪。晒し者にするなんて」

「上手に踊れてるよ」

「その言葉、私の家庭教師に言ってみてよ。いろんな意味で泣き崩れるから」

「こんなの、正しくこなせなくったって世界は滅びないし」


 リリーは正しくステップを踏むことを諦めて、顔を上げた。以前二人でダンスの練習したときよりも、いくらか顔の距離が近くなっている。とはいっても、やっぱりウィルは大人で、リリーは子供で、どれだけ背伸びをしても全然追い付ける気がしない。


「私、来年また、ウィルと結婚したいってお父様に頼んでみるつもりなの」


 難しいことを易々とこなしてしまうウィルを困らせてやるつもりで、わざと気まずくなるようなことを言ってみた。でもウィルはリリーの予想に反して、うろたえたりしなかった。


「王族の生活なんて、思ってるよりもずっと面倒くさいよ」

「貴族の生活も面倒くさいわよ。ウィルが思ってるよりもずっとね」

「庶民の生活も僕たちが思ってるよりずっと面倒くさいだろうね」

「上手に話を逸らそうとしてるみたいだけど、どこに着地するつもりなの?」


 ウィルはようやく、眉尻を下げて弱ったような声を出した。


「賢くなったね。やりにくいなぁ……」

「成長したの。油断してるとすぐに大人になっちゃうから」


 もう二人はほとんどまともにステップを踏んでいなかった。真面目にダンスを踊っている人々を妨害するためだけにここにいるようなものである。


 ウィルがふと足を止めた。身を屈め、リリーの耳元に唇を寄せてくる。突然縮まってしまった二人の距離にリリーは驚いて、うまく身動きがとれなくなった。何か囁こうとするようにウィルが口を開く気配がしたが、しばらくしてフッと笑いをこぼして、彼の顔は離れていってしまった。目の前に戻ってきたウィルの顔には、どことなく悲しげな笑顔が張り付いていた。


「よく聞いて。この先リリーが大人になって、離れた場所に行くことになったとしても、困ったときは必ず守ってあげるからね。これだけは絶対に、忘れないで」


 今生の別れのようなことを言い出したウィルに、リリーは戸惑いの表情を向ける。


「離れた場所にいたら私が困っててもウィルには分からないじゃない」

「分かるよ。本当に困ってたら、ちゃんと分かる」

「適当なことばっかり。誰にでもそういうこと言ってるんじゃないの?」

「まさか。リリーは特別なんだから」


 調子のいいことばかり言うウィルに何か画期的な嫌味をぶつけてやりたかったが、ちょうどそのとき、演奏が終わってしまった。周囲の人々は皆ダンスを止めて、優雅にお辞儀している。リリーとウィルも礼儀に(のっと)って一歩後ろへ下がり、お辞儀する。


 ウィルは早速ニックの姿を探し始めた。その切り替えの早さにリリーは呆れてしまった。


「ニックは私の教育に悪いと思う」


 リリーの主張に、ウィルはなるほど、とわざとらしく納得して見せた。


「じゃあ別の誰かにエスコートしてもらう? 誰がいい?」

「ウィルがいい」

「分かってないね。僕はリリーの環境に悪いんだ」


 さらっと告げられた言葉の意味を、リリーは理解出来なかった。大人になれば分かるだろうということだけは、理解できた。


 ニックが永遠に見つからなければいいのに。そうすればウィルはずっと側にいてくれるだろう。そんな風に考えて、それから自分の幼稚な考えが無性に恥ずかしくなった。


 はやく大人になりたい。大人になりさえすれば。たったそれだけで、全ての問題が無くなってしまうような気がする。


 リリーの期待に反して、ニックはすぐに見つかった。両手にそれぞれ女性を抱きながら、目の前を通りすぎる別の女性を口説こうとしていた。


 大人ってろくでもないな、とリリーは思った。

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