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天使のキスを見せてくださいな

 リリーの気分が最高にあがる日といえば、それはずばり誕生日である。


 たくさんのプレゼント。ご馳走やお菓子やケーキ。もちろんリリーはそれも嬉しいけど、なんといっても誕生日は家族が全員集まるから、それが一番嬉しかった。


 忙しいといって毎日忙しなく出歩いている父は、この日だけはリリーのそばにいてくれる。寝込みがちな母も、この日だけは笑顔でおめでとうと言いに来てくれる。そして軍学校の寮で暮らしていて滅多に会えない兄も、リリーの誕生日パーティーのために屋敷に帰って来てくれるのだ。


 父と、母と、兄が顔をそろえてリリーの話を聞いてくれる日。それは夢のような一日で、だからリリーは誕生日が終わるたびに次の誕生日がとても待ち遠しくなる。


 神様どうか、毎日を誕生日にしてください。もしそうなるならプレゼントはいらないし、甘くておいしいお菓子だって一生食べられなくていいし、お人形遊びだって、少しは我慢します。


 そう毎晩祈るほどに、リリーは誕生日が大好きだった。


 だから七歳の誕生日を迎える前日、リリーはとってもわくわくしていたし、うきうきしていたし、とにかく上機嫌だったのだ。


◇◇◇


 リリーは七歳になった。


「お誕生日おめでとうございます、リリー様」

「相変わらず食べちゃいたいくらいに愛らしいわ。ぜひ、天使のキスを見せてくださいな」


 晴天。


 誕生日びより。


 屋敷の庭園で、にこにこ顔で話しかけてくる大人たちに、リリーは渾身の力をふりしぼった膨れっ面を披露していた。大人たちは「まぁまぁ、うふふ」と適当な愛想笑いを残してさっさとどこかへ逃げていってしまった。


 今日は、父と母と兄がリリーのそばにいてくれるはずだった。確かにそのはずだったのに、今、リリーのそばには同年代の友だちしかいない。


 父はリリーを放置して、招待客と楽しげに話しこんでいる。母は朝、おめでとうと言いに来てくれたっきり自室に引っ込んでしまった。毎年パーティーの日には必ず帰ってきてくれる兄は、どんなに待ってみても現れない。


 友人たちはケーキを食べながら楽しそうにおしゃべりしているが、リリーは会話に加わらず、固く口を閉ざしていた。自分は今ひとりぼっちなのだと、誰かに気付いてもらいたかったのだ。


 だけど誰も、気付いてくれない。お菓子とおしゃべりに夢中だ。そのお菓子はリリーが七歳になったおかげで食べられるのに、感謝のかけらもない。


 そろそろむくれているのにも飽きてきたリリーに、正面に座っている女の子が声をかけてきた。


「ねぇリリーちゃん。ジェイミー君は今日、パーティーに来ないの?」


 それは誰よりリリーが知りたかった。こんな大事な日に、兄は一体どこをほっつき歩いているのか。


「知らない」


 できるだけ不機嫌に答えるが、女の子は机の上に並んだお菓子を物色するのに夢中で、リリーが不機嫌の真っ最中であることに気づく余裕はなさそうだった。


「そっかぁ。残念ねレイチェル。せっかくお母さまのネックレス貸してもらったのに」


 隣に座っている妹に向けて、女の子がクッキーをかじりながら言った。リリーの斜め向かいに座っているレイチェルは、その小さな体に対して大振りすぎるのではというくらいの、綺麗なネックレスを首から下げていた。


 ネックレスをいじりながらうつむいているレイチェルを見て、リリーは首を傾げる。


「どうして残念なの?」

「だってね、レイチェルはジェイミー君のことが好きなんだもん。だからおしゃれしてきたのに、意味なかったね」


 歯に衣着せぬ姉の物言いに、レイチェルはちょっと涙ぐんでいる。


 リリーは先程までの不機嫌などすっかり忘れ、目を丸くした。


「兄さんのことが好き? レイチェルちゃんって、変なの」


 あんな、お人形遊びもおままごともかくれんぼも絵本を読むのも下手くそな兄の、どこが好きなのだろう。


 リリーの言葉にレイチェルはむぅと口を尖らせる。


「ジェイミー君はもう十三歳だから、おままごともお人形遊びもできなくていいんだもん」

「そんなの、生きてる意味ないよ」


 お人形遊びが出来なくていいなんて、本気で言っているのだろうか。レイチェルは人の子ではないのかもしれない。彼女の出自を密かに疑いはじめたリリーに、今度は隣に座っている女の子が話しかけてきた。


「ねぇねぇ、ジェイミー君が風邪ひいて寝込んでるって、本当?」


 どうして皆兄のことばかり聞きたがるのだろう。今日はリリーの誕生日なのに。


 不満はあったが、一応リリーにも人づき合いというものがあるので、真面目に答える。


「兄さんは風邪ひかないの。大人だから」

「大人は風邪ひかないの?」

「そうだよ」

「すごいね。私も早く大人になりたいなぁ」


 それにはリリーも全く同感だ。

 大人になれば、父も母も兄も、もっとリリーのことをかまってくれるはずだ。リリーだけが子供だから、いつも仲間はずれにするのだろう。


 レイチェルと同じように、リリーもちょっと泣きたくなった。キャンディーを口にいれてみても全然おいしくないし、兄に読んでもらおうと思って買ってもらった新しい絵本も、もうあんまり読みたくない。


 七歳というのは困難の連続だ。きっと明日も明後日も、八歳になるまでずーっと、嫌なことばっかりなんだ。


 机の上に顎をのせて足をぶらぶらさせて悲劇のヒロインの気分に浸っていたリリーの耳に、大きな歓声が飛び込んできた。

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