表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私のヒーロー問題  作者: MORiO
3/4

第2話 男のロマン

田原さんの傷害事件は2回目の公判期日が近づいている。加害者も被害者もはっきり証拠が残っており、単純な傷害事件であるから次の公判で判決となってもおかしくない。そこで刑を宣告されればもう終わりだ。それまでに、なんとか田原さんから反省の言葉を引き出して裁判官の心証を良くしておきたい。田原さんは初犯だし、被害者もストーカーっていう危険人物だったことは明らかになっているんだから、田原さんが反省さえ示してくれれば執行猶予がつくことは確実なのだ。

なのにどうして…。こんなに私は追い込まれているの…。

「ねえ。田原さん?お気持ちにお変わりわなくって?」

ちょっとセクシーに言ってみた。色仕掛け作戦だ。

「もちろんだ」

まったく動じない田原さん。私の色気をどうやら理解できないらしい。どこまでもかわいそうな人。

そこは何度も通った接見室である。田原さんが全く反省の色も出さないからこの日まで保釈すら許されていない。ここまでのところ裁判官への心証は最悪といったところだ。

「ここまで来たら田原さんの愛を裁判官に訴えてみましょうか。愛は地球を救うって感じで。そしたら万事オッケーでしょうか」

「だめだ。石原さんへの愛は石原さんだけのものだ。誰にも言いたくはないし、ましてや地球のためでもない」

「そうですね…」

はいはいそうですよ。田原さんかっけーすよ…。

「では私はこれで失礼しますね。何かあったら…いや、気が変わったらすぐに連絡してくださいね!」

「うむ。安心しろ」

何を安心しろというのか。気が変わることは絶対にないよってことだろうか。うー。


石原さん作戦以来、何の妙案も浮かんで来ない。もう心の何処かで諦めモードである。

とぼとぼと事務所に帰ると珍しくうちのボスがいた。

「おおー。理紗ちゃん久しぶりだな。調子はどうだね?」

うちのボスはいろいろ接待とかで外を歩き回ってるらしくなかなか事務所にはいないレアな存在である。そういえば昨日まで接待でハワイかどこかの南国へ旅行しに行ってたんだっけか。

「ぼちぼちです」

「ほう。それはよかった。安全第一で頼むよ!」

そう元気に私の肩を叩いてまた外に出掛けて行ってしまった。安全第一ってどこの工事現場でしょうか。

うちの事務所はボスと菊池さんと受付兼秘書の村井さん、そして私の4人で営まれている。業務内容としてはいろいろやっているが、菊池さんが刑事事件の業界で名を馳せているためそちら方面の依頼は多い気がする。刑事事件は危ない橋を渡ることも多いため、案外にボスの言った安全第一って標語も遠からず大事な注意である。

ボスに続いてまた1人事務所から出掛けて行こうとする。菊池さんだ。

「おう。理紗ちゃんおかえり。悪いが今から仕事手伝ってもらえるか?事件現場に行くから一緒に来てくれると助かる」

「あ、はい。行かせてください」

特に取り急ぎの仕事もない。ぜひ菊池さんに同行して勉強させてもらおう。

「じゃあ表に車もってくるから玄関先で待っててくれ」

「はい!」

急いで鞄から田原さん関係の書類を引っこ抜く。するとすかさず秘書の村井さんが新たな資料を差し出してくる。

「これがその事件の資料ね。いってらっしゃい」

「ありがとうごさいます。いってきます」

村井さんはすんごいセクシーな大人の女って感じの人だ。そして仕事もめちゃできる。実際、情報収集とか頼むと一瞬で貴重な情報を集めて来てくれたりする。前なんか中国語の翻訳頼んだらあっさり仕上げてきた。その前はドイツ語も頼めたことがあったからどれだけのポテンシャルがあるのかは未だ計り知れない人だ。

急いで事務所から出ると、ちょうどそのタイミングで菊池さんの車が到着する。菊池さんの車はスポーティーでとてもお高そうだ。私なんかが座ってソファーを汚してもいいのだろうかと乗せてもらう度に不安になる。


事件現場に到着した。車の中で目を通した情報によると、今回の事件は殺人未遂事件のようだ。ヒーローと名乗る男がある資産家の男の家に押し入ってその資産家を刃物で殺そうとしたというのだ。

「でも依頼人である被告人は殺意を否定してる。もしそれが本当なら傷害罪になって殺人未遂に比べれば罪は軽くなる。だから、事件現場をよく調べて何か殺意を否定できそうな情報を探してみようと思う」

車から降りながら菊池さんが今回の目的を話し始めた。

「はい」

目的を理解して返事をする。

「つまり、被告人の男のロマンを理解してあげようってことだ」

「はい」

よくわからないから生返事しておく。

「でも警察とかが散々調べた後ですから、私たち弁護士が行ったところで何もなさそうですよね」

「まあね。でも被告人を弁護するにしたってまずは事件当時を正確に再現するところからスタートすることが大切だ。書類からは想像できないことが現場にはたくさんあるものだよ。想像力には限界があるからね。五感で感じないと」

「わかりました」

なかなか難しいことをいう。

「まあ慣れてきたら書類だけでも再現できちゃう人もいるけどね。俺は苦手だ。ずっとデスクに張り付いてたら痔にもなりやすいしね」

「はいはい。菊池さんのお尻情報は要りませんので」

「えー。だめだよ。なんでも直接見て再現するところからスタートだよ」

「セクハラですよ」

「へーい」

にやにや笑いながら菊池さんは先に進んでいく。

「どうもご苦労さま」

菊池さんはそう現場の見張りの警察に声を掛けてから中に入っていく。そのあとを私も追っていく。

「ここが現場ですね」

家の中に入って奥の客間だろうか、そこで立ち止まる。床を見ると今も被害者の血痕が残っている。命が助かったのは奇跡ともいえる惨劇である。

「ここが現場ということは被告人と被害者は知り合いということですか?」

「おお。鋭いね。その通りだ」

いきなり押し入ったのであれば玄関やもしくは家の中の廊下など半端なところが現場になるだろう。今回のように客間に被告人を通したということは客扱いするだけの知り合いであったことが推認できる。

「やっぱり現場に来て見るだけで案外に見え方は変わりますね」

「そうだろ。かなり落ち着いたセンスのいい部屋じゃないか。こんな空間で殺意なんて沸くんだろうかねえ」

「そこは関係ないんじゃないでしょうか」

冷静につっこむ。

「まあいろんな見方が現場ではできるってだけさ。そんなトゲトゲしないでよー」


しばらく2人で部屋を探索する。たまに菊池さんは黙って何かを考えている様子だった。

「腹減ったな。帰るか」

「もういいんですか?」

「腹減ったからな。もう考える体力ないわ」

「そうですか」

外を見ると日がくれ始めている。たしかに夕飯の時間ではある。なんだか締まりが悪いけど。

「俺の尻は締まりがいいぞ」

「そんなこと聞いてませんから」

というか人の心を読まないでほしい。菊池さんはほんと末恐ろしい。


帰り道は菊池さんがご飯を奢ってくれた。回らないお寿司が食べれた。幸せだ。

事務所に戻ると時計は夜の9時を指している。そろそろ田原さんについての解決策を練らねばならない。期日は間近に迫っているのだ。

もう一度、田原さんについての資料を見直す。

すると資料の中でPM9:30という時刻に目がいった。田原さんの事件があった時刻だ。ちょうどもうすぐでその時間になる。

そういえば、ちゃんと現場に行ったことなかったな。別に証拠が必要な事件なわけじゃないから現場にわざわざ行くなんてことを全く考えてなかった。

行ってみますか。そう意気込んで立ち上がる。

「お帰りですか?」

今から帰ろうとする村井さんがそう声を掛けて来る。

「いえ、これからちょっと事件の現場にいってみようかと思います」

「あら、これからですか?熱心ですね。田原さんの現場なら私の家の近くですから、よければ車でお送りしますよ」

「いいんですか!ありがとうございます!」

私は車を持ってないからほんとに助かる。

「いえ、帰る途中ですから何も問題ありませんよ」

お言葉に甘えて村井さんの車に乗り込む。

そして、事件の発生時刻ごろに現場に到着する。近くのパーキングに停めてもらって一緒に現場を歩いてみた。

「とっても暗い道ですね。心細い気持ちになります」

村井さんがそんなことをいうと全力で守ってあげたくなる。男ならイチコロだろう。

たしかに、この道は街灯が少ないみたいだ。かなり暗いところが多い。この時間だと人通りもほとんどないみたいだ。私と村井さん以外に誰もいない。

試しに田原さんが当時身を隠していたという電柱の影に入ってみる。

「村井さん。すみませんが、私を背にしてそこを歩いて行ってみてくれませんか?」

「ええ」

村井さんはそう答えて向こうへ歩き出す。

その背中をそっと見つめる。周りからみたらさぞ怪しいことだろう。

あれ…。でも…。

あれ、でも、なんだか村井さんの姿がとても不安そうに、守ってあげたくなるように見えてくる。

背筋がぞっとした。田原さんを一瞬理解してしまった気がする。私も変態なのか…いやいや。この状況なら誰だって思う気がする。だって目の前の暗い道を不安そうな女性が1人歩いているのだ。こんな気持ちになってもおかしくない。おかしくないよね!

でもまあ夜中に電柱に隠れて女の人の背中を見つめるなんて状況には普通ならないんだから誰も理解するには至らないだろう。

「村井さん!帰りましょう!」

もういいだろう。べつに決定的な何かを見つけたわけではないけど、田原さんに言うべき言葉は見つかった気がする。

今日は帰ろう。

近くの駅まで村井さんに送ってもらった。村井さんも随分いい車に乗ってるんだなあ。

自宅に着くと明日に備えてすぐに床に就いた。


翌日。私は田原さんとまた面と向かっていた。いつもの接見室である。

「田原さん。やっぱり気は変わりませんか?」

「ああ、もちろんだとも。愛は永遠だ」

「そうですか」

もう一度田原さんの気持ちを確認してから話を始める。

「私、田原さんたちの事件現場に昨日の夜行ってみたんです。きっちり事件と同時刻に」

田原さんは訝しげにこちらを見るが黙って聞いていてくれるみたいだ。

「それでですね。うちの女性の秘書さんを石原さんに見たてて歩かせてみたんですよ。ちなみにうちの秘書さんも石原さんくらい美しいしいです」

「いや、石原さんが1番だ」

そこの否定は大切なようだ。それでも話は聞いてくれる。

「それでですね。私も気づいたんですよ。あの不安そうな女性の後ろ姿の愛おしさに…」

私は何を言ってるんだか。これも田原さんのためと思って続ける。

「きっと田原さんもこんな感情で見ていたんだと思うと、田原さんの石原さんへの熱い思いも少しは理解できたんじゃないかと」

田原さんも当時のことを思い出しているのか、何だか共感した表情を浮かべている。

「でもですね。同時にこうも思ったんです。被害者のあの男性もこんな同じ気持ちで彼女の背中を見ていたんじゃないかと」

「なっ!」

「まあ、最後まで聞いてください」

瞬時に怒りの表情となった田原さんをなだめる。

「いいですか田原さん。もう一度思い出してみてください。あの石原さんの背中を。あの背中を同じ立場から目で追ってる…いや、目で追ってるだけではない、見守ってるんです。そう!守っているんです。田原さんは!」

「そうだ!」

田原さんも大声をあげる。と同時に警官が接見室のドアを開けてこちらの様子をみてくる。

「あー。問題ないです」

そう私が言うと警官はドアをしめた。

では、改めて。

「そうですよ。でも、その見守る姿勢はあの被害者の男性も同じなんじゃあないですかね。あの電柱の影から田原さん同様に見守ってたんですよきっと」

「ん…」

田原さんが動揺している。

「ともに愛し、守っていた。それなら田原さんが彼を怒る理由はなかったんじゃないですかね。むしろ田原さんだからこそその気持ちを理解してあげられるんじゃないですかね…」

「ともに愛し、守っていた…?」

「そうです。それだけ魅力的な女性なんですよ石原さんは」

「たしかに…な…」

よし!田原さん陥落だ!

「わかる。わかるぞぉ…俺も奴の気持ちが…男だもんなぁー…」

あちゃー泣き出してしまった。やり過ぎたか。いやこのぐらいじゃないと意味ないだろう。

ふー。田原さんに気づかれないように溜息をついて椅子の背もたれに背を預けた。

一件落着かな。

まあ、被害者の方は面会をずっと拒絶してきたからそんな気持ち確認できてないんだけどね。わざわざ言う必要ようもないだろう。


その後の田原さんはすごく協力的になった。私の言うことに従って時間がない中でスムーズに事を運んでくれた。

残念ながら面会を拒絶し続けた被害者との間では示談が成立することはなかった。案外、被害者側でも田原さんみたいな状況になっていたのかもしれない。とすると、田原さんへの私の演説を被害者にもしていれば、被害者の方もころっといったのではないかとも思える。そんなことやりたかないけど。

その代わり田原さんには思う存分の愛を込めた反省文を書いてもらった。公判でもそれを熱く語ってもらった。その場に被害者の方が来てたけど最後の方は涙ぐんでいた気がする。やっぱり同族なんだと思う。もちろん裁判官も含めてその場の人間は随分白けて話を聞いていた。途中でその雰囲気に笑いそうになってしまった。

田原さんの独白があったおかげか、それとももともとそんな気負うほどの事件ではなかったのか、執行猶予も簡単にもらえた。これで田原さんも執行猶予期間中に何かを犯罪しない限り、自由な生活を続けられることとなった。

一件落着である。


ぷはー。帰宅してすぐに風呂に浸かる。なんだか清々しい気分だ。

結局最後まで田原さんに求められてないことまで体を張って頑張ってみた。べつに私が頑張らなくてもうまくいったのかもしれない。それは田原さんへの害悪を避けられた今となってはわからないことだ。

これでよかったんだという充実感があるのだからそれていいだろう。少しは私にもヒーローの気持ちがわかったかもしれない。

「そんなにヒーロー問題は簡単じゃないかー」

大きく肺に溜めた空気と一緒にそんな独り言を吐き出す。

あー気持ちいいな。

今夜はぐっすり眠れそうだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ