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私のヒーロー問題  作者: MORiO
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第0話 自力救済禁止の原則

自力救済。


それは何らかの権利を侵害された者が自らの実力をもってその権利を回復する行為をいう。

たとえば、まさに今がその場面だ。

仕事からの帰り道、最寄り駅に停めた自転車を探していると目の前に私の自転車を盗んで走り去ろうとしている男がいる。そのとき私はとっさに走り出し、その男にタックルを加えて男から自転車を奪い返す。これが自力救済ってやつだ。


私は倒れた男の横に立ち上がって、スカートの埃を払う。あちゃ…ストッキングが脱線してる。

男は頭を地面に強く打ったのか、どうやら気絶しているみたいだ。たぶん死んではない…ない…よね?

警察を電話で呼んでしばらく待つ。

倒れた男は当分気を取り戻すことはなさそうだ。ほっと一息ついて空を見上げる。

すでに深夜1時を回っているその時間は、この小さな駅の小さな明かりのほか、まわりの民家は寝静まって暗く重い雰囲気が漂っている。そのせいか、夜空は黒く深みを帯びて星が綺麗に輝いている。


自力救済は現代において原則として禁止されている。なぜなら、この国は法律がある法治国家だからだ。法治国家たるもの、自力救済を自由に認めれば、実力ある者は警察や裁判所などには頼らず、好き勝手に振る舞ってしまう。それを許せば法律なんてあっても機能しなくなるだろう。だから現代では、窃盗犯から自分のものを取り返す行為だっていくら自分のものであろうとも窃盗罪を科されうる。人の物を奪っていること自体は変わらないからだ。


それでも、まあ、今回の場合は正当防衛だから私は無罪だ。こんな例外も許されている。法治国家様様だ。いいよね…間違ってないよね…よね。


弁護士という仕事柄、そんな小難しいことを考えながら警察の到着を待っていると、ふと民家の屋根の上から視線を感じた。なにやら悪寒を感じたその方向に目を凝らす。なにか居たような気がするが、猫かなにかだろうか。猫は夜行性だからいまが1番元気な時間帯だろう。


なんだか怖くなっていると、パトカーがやっと到着し、中から警官が2人出てくる。

「大丈夫ですか!」

先頭を来る警官が小走りにそう声をかけてくる。まだまだ若くハツラツとした男だ。私と同じくらいの年代だろう。ちなみに私はぴちぴちの25歳だ。


その後、警察署まで連れて行かれあれこれ事情を聴取されて日が出た頃にやっと解放された。こんなに時間がかかるものなのか。イライラしながら警察署を後にする。

「もう寝れないなあ…」

そんなため息混じりの独り言を言いながらやっと家路につく。今日も早くから仕事があるのでベッドに横になったら寝過ごす可能性が高い。仕方ないからシャワーを浴びてさっさと職場に行くことにする。自分のデスクでうたた寝していれば誰か時間に起こしてくれるだろう。


家に着き、シャワーを浴びて、クリーニングに出していた綺麗なスーツに着替える。すると気持ち目が覚めた。このまま勢いで職場にいってしまおう。


職場に着くとまだ朝の6時と早い時間なのに人がいる。隣の席の菊池さんだ。どうやら仕事が立て込んで昨日は帰れなかったみたいだ。

「よお。理紗ちゃん。おはよう」

「おはようございます。またヒーロー関係ですか?」

そう徹夜明けの理由を問うと、

「そだよー。ほんと迷惑だよねー。理紗ちゃんはどう思うよ」

茶髪で無精髭生やしっぱなしの先輩弁護士が気だるそうに答える。

「正義ってなんなのか考えさせられます」

「理紗ちゃんはほんと優等生タイプだよねー。生徒会とか入ってたでしょ」

「そういう菊池さんは小学生のときにスカートめくりしてそうなタイプですよね」

「高校生までしてたけど」

「もう捕まってください」

「やめてよー。これでも正義を司る弁護士だよー」

「なら受付の女の子に言い寄るのもやめた方がいいですよ。あれも立派なセクハラですから」

「そんな堅いこと言わないでよー。あれは立派なスキンシップってやつだろ?」

だからそれがセクハラなんだと言ってるんですって言おうとして、菊池さんには無駄だろうから捕まってから考えてもらおうと思い、発言を止まることにする。

「収集はつきそうなんですか?」

ヒーロー関係のことだ。

「いやー。まだまだ当分ってか、これからどんどん盛り上がるだろうねー」

「模倣者が増えるってことですか?」

「俺の見立てではね。女の子の理紗ちゃんにはわからないかもしれないけどなー」

「どういうことですか」

「男のロマンってやつ?ゔー。仮眠とってくらぁ」

そう言うと菊池さんは何処へともなく去っていった。ほんと大変そうだ。


ヒーロー問題。

それはこの都市を中心として今世界中に拡大している一連の問題のことをいう。大雑把に言えば自力救済運動とでもいうのだろうか。この都市を含め各地で、自力救済を大義名分とした企業や資産家に対する襲撃事件が相次いでいる。その一連の犯人たちは共通して自分をヒーローだと名乗っているから、この一連の事件をヒーロー事件といっている。また、どうやらそのヒーローたちは互いに何の接点もなく、はたまた一つの団体というわけでもなく、単なる模倣犯が模倣犯を生じさせる連鎖になっているらしい。したがってこの一連の事件は誰かの意図によって作為的に生じているのではなく、民衆の不満の爆発した一種の社会現象なのだという見方で現在議論がなされている。そして、このヒーロー事件の基盤にある解決すべき本質的な社会問題をヒーロー問題といっている。

単に自分の正義を貫いて事件を起こすだけならテロなど含めてこれまでもいくらでも存在した。しかし、ヒーロー問題のように1個人の民草が徒党を組むわけでもなく、1人で事件を起こす。しかもそれが同時多発的に凄まじい数で。この個人主義かつ大規模化という一見相反する特徴をもった問題がヒーロー問題なのだ。


なんだかどっと眠くなってきた。少し寝てしまおう。

デスクで寝るために買っておいた、猫の顔したクッションを足もとの箱から取り出して顔を埋める。猫の顔のクッションなのだか、猫が大きく口を開けてるようになっていてその口に穴が空いている。その穴に顔を埋めれば首を曲げなくてもデスクの上で息をしながらスッキリ眠ることができる優れものなのだ。はたから見れば猫に頭からかぶりつかれた図である

ふー。

今日何度目かわからないため息をつくと、一瞬で意識が遠のいて夢の世界へ落ちていった。

読者から何か反応がありましたら書き続けようと思います。

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