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One Or One's  作者: ゆめづき
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第一話 開幕

 朝の冷ややかな風が辺りの木々や草花を揺らしていく。僅かに差す光が池を囲む花々と絶妙なコントラストを奏で、それが幻想的な雰囲気で辺りを包み込んでいた。

 そんな風景に1人映える小さな妖精がいた。


 黄金色こがねいろの髪は肩まで伸び、穢れ一つない真っ白い肌にほんのりと赤く染まった頬が少女の可憐さと艶やかさを演出していた。淡い緑色の凜とした瞳は何処か儚げに上の方を見据えていた。

 それは何処かの御伽噺に登場する妖精のようだった。






孤児院裏の池に来ることがシルヴィアの日課になっていた。

底まで見通せる澄んだ池とそれを囲むように咲く色鮮やかな花々。

水面に僅かに光がが差し、風が吹くたびに映し出された草花が揺れる。

それと同時に木々や草花が囁く。


「今日もいい香りだ」


甘酸っぱい香りが鼻腔に広がり、朝の微睡みを溶かしていく。

昨年植えた薄紫の花はしっかりと根をつけ、花を咲かしている。

他にも黄色や赤、青色の花が池の周りに咲いている。


 池の畔に腰を下ろし、シルヴィアは足先をゆっくりと水面に浸す。

 それから曲げていた足を真っ直ぐ伸ばすように水を押し上げる。ひんやりとした感覚が足先を擽り、その心地良さに大きく伸びをする。

 一瞬にして朝の微睡みが溶けていく。

朝の目覚めにぴったりな満足感に埋もれる。


 この綺麗な景色を眺められるのも残り二ヶ月。

 長かった時間も残り二ヶ月で終わり、王都メフィア、メフィア学園で生活する事になる。

そうなれば孤児院の人達とも暫しのお別れ。しかし、それが完全な別れではないから、寂しさはない。



 もう十三、四年年近く前の話、シルヴィアがまだ赤ん坊だった頃、シルヴィアは王都メフィアの路地裏に捨てられていた。


まだまだ貧富の差が激しかった国内では子供を育てる余力がなく路地裏に捨てていく行為が少なからず起こっていた。

国は自体を重く見て、子供たちを救済する為に孤児院を建てた。

それから孤児院の見習い子達はすぐに路地裏を周回し、捜索を始めた。


そして、孤児院の見習い子がシルヴィアを見つけたのだった。

段ボールの中、布切れ一枚に包まれていたシルヴィアはかなり衰弱していた。

様態が危険だったため、見習い子は孤児院にシルヴィアを連れて帰り、付きっ切りで看護した。その甲斐があり、シルヴィアは助かった。

 身体を覆っていた布切れ一枚には“N:シルヴィア”と書かれた紙切れが挟まっていた。


 シルヴィアは肉親に関しては全く何もわからない。誰かがその話を聞けば同情の一つくらいしてくれるのかもしれない。

でも、シルヴィアにとってそれは些細なことでだった。

肉親について知りたい事は山程ある。けれど孤児院の人達が親だと思って育ってきたシルヴィアにそうような感情が芽生えることはなかった。


 感傷からふと我に帰るともう陽が辺りを明るく照らし始めていた。


 自然の心地よさにお別れを惜しみつつ、大きく伸びをし、立ち上がり全身に喝を入れる。お腹いっぱい息を吸い込み、孤児院へと足を進める。





 シルヴィアが孤児院に戻った時には既に数名が起き、朝の支度をしていた。すれ違う孤児院の人達と軽い挨拶を交わしながら食堂裏へと足を運んでいく。


「おはようございます、今日も朝早くからお疲れ様です、何か手伝えることはありますか?」

「おお、おはよう、シルヴィアか。いつも悪いな、食物庫から昨日獲れた野菜を運んで来てくれると助かる」


気前のいいダンディーな声で返事してくれるのはバレットさんだ。何とも髭ずらが似合う。ここらでは珍しい黒髪が特徴だろうか。

この孤児院はバレットさんとその妻のフレアさんの夫婦経営で成されている。その為少々人員が足らない。最近孤児が増えつつあり、黙ってお世話になるのは気が引ける。

 

「分かりました。今日は魚料理なんですか?」


バレットさんが綺麗に三枚おろしにされた白身を一口サイズに包丁でカットしている。


「ああ。市場で新鮮なのが出回ってたんだ」


シルヴィアがバレットさんの横に立ち、調理台を見渡す。

魚の他に肉の燻製や果物、青野菜などが置かれている。

食材を見つめ、これらがどんな料理に生まれ変わるんだろうと想像を膨らます。

すると危ないから離れてろとバレットさんに注意を受けた。

代わりに肉の燻製を一切れ切って味見させてくれた。


「そういえば、あの少年は大丈夫そうか?」

「まだ目を覚まさず、寝たきりです。相当疲れていたんだと思います」


そう。もう一週間も経つのに彼はまだ目を覚ましていない。

 彼は路地裏血を流し倒れていた。そこを図書館帰りだったシルヴィアが偶然見つけた。

全体的に痣が酷く、中でも脇腹の出血量が尋常じゃなかった。

シルヴィアは上着の袖部分を切り裂き、脇腹をきつく締め、止血をした。

彼が小柄だったことが幸いし、シルヴィア一人で孤児院まで運ぶことができた。


「そうか。朝食が終わった後ここに何か食べやすい物でも個別で用意して置く」

「有難う御座います。野菜撮ってきますね」



 




 目を覚ますと見覚えのない場所にいた。 

天井からはガラスチックな照明が垂れ下がり、壁際には下から上までぎっしり詰め込まれた本棚が3つ。

カーテン越しに僅かな光が入り、その下には山積みにされた本が乗せられた背の高いデスク。 

 足元の扉から声がする。子供の声だろうか。一人、二人、数名の楽し気な声が聞こえる。


上半身を起こそうと試みる。すると全身に激痛が走った。

痛みに思わず顔を顰める。


「あ、気がついたんだ…!よかった」


 突然の照明に目を眩む。

落ち着いた声音の少女が食器を両手で抱え、扉から入ってきた。

栗色の髪を腰あたりまで伸ばし、真っ白なワンピースを着ている。

少し膨らみかけた胸が少女らしさを主張している。

歳は同い年か少し上かくらいか。


「傷のほうは大丈夫?どこか痛まない?包帯きつくない?」

「え、ああ、うん大丈夫。ありがとう」


 先程の痛みがまだ滲みているが無理して動かない限り痛みはない。

怪我の原因を思い出そうとするが思い出せない。

思い出そうとすると頭痛がする。


「君、お腹すいてるよね?」


 言われてみれば確かにお腹が空いていたかもしれない。

少女から食器を受けとろうとして激痛が邪魔をする。


「ああ、そうだよね、食べさせてあげる」


 少女は木のスプーンで器から一口分を掬い上げると軽く息を吹きかけ手を添えながら差し出してくる。

少女は優しい笑みを浮かべ、食べてと催促する。少し恥ずかしい。

目を瞑り、噛み付くように口に入れる。

思ったよりも優しい口当たりと飲み込みやすいようどろっとした食感が絶妙だった。


「おいしい」

「だよね!バレットさんの料理はいつもすごく美味しいの」

「バレットさん?」

「うん、ここの経営者兼料理長」


 それから少女はご飯を食べ終えるまでの間、様々な話をしてくれた。

まず、僕が路地裏で血を流し倒れていたこと。そこを少女がここまで運んで来てくれたこと。

手当てした後一週間寝たきりだったこと。

そこで僕は思い出した。母親に見切りをつけられ、散々蹴られたこと。

思い出しただけで全身に鳥肌が立ち、吐き気を催した。

そんな僕を気遣って少女は僕の背中をさすってくれた。

また少女自身の身のうち話なんかもしてくれた。

彼女も辛い思いを沢山していた。

そしてここ孤児院はそういった子供たちが集まって生活しているのだと教えてくれた。



「聞き忘れてた。私の名前はシルヴィア。君の名前は?」

「わからない」

「わからない?」

「名前で呼ばれた覚えがない。いつもお前とかおい、とかで呼ばれてた」

「そっか。じゃあ私がつけてあげる」


予想外な発言に思わず、笑みがこぼれる。

もっと同情とかしてくれるのかと思った。


「何それ、名前ってそんな簡単なものなの?」


 シルヴィアは軽く笑みを浮かべ答える。


「だってないよりあった方がいいでしょ」


 今まで散々ないことに苦しんでいたのに、それが馬鹿みたいで笑える。

でもシルヴィアの言う通りだった。あった方がいい。


「レイ、レイでどう?」

「どうして?」

「昔本で読んだ本にレイって書いて輝きっていう意味の言葉があったの」

「レイ、輝きか」


 胸の奥でレイと何度も反芻する。

今まで僕は自分が要らない存在なのだと生きてきた。

それなのに彼女は綺麗な言葉で僕を表現してくれる。

気に入らないはずがなかった。

顔を上げてシルヴィアの顔を見る。少し不安そうな顔でこちらを見ている。

それに向けて僕が思いっきりの笑顔を浮かべると彼女の顔に華が開いた。


「青い瞳がね、すごく綺麗でぴったりだと思ったの。レイ」


 心地のいい響きに耳を傾ける。

何度も繰り返しで脳内再生する。嬉しくてたまらなかった。
























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