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第一話 召喚されました

 カイトが目覚めた時、彼はやたら大きな広間のような場所にいた。どうやら仰向けになって倒れているらしく、彼の視界にはやたら豪華のシャンデリア――光源が電球ではなく何故かろうそく――がひっかかった、これまた豪勢な細工がなされている天井がうつっていた。


「大丈夫ですか? さあ、お手を」


 目覚めて早々耳に入って来たのは女性の声、そして、彼の目の前にはシルクの手袋をした細い腕が伸びている。カイトはこれらの持ち主が美しい少女だと勝手に推測した。彼の妄想力は一定の評判があり、彼自身も遠からずだとある程度の自信を持っていた。


 彼は差し出された手に摑まることにした。しかし、年頃の男子である彼の体重は、この腕の持ち主には酷であろうと考え、なるべく彼女に負担が行かないよう気遣って立ちあがった。


 起きて周囲を見渡せば、数人が自分を円形に囲んでいるようにみえた。カイトは善良な小市民であると自負していて、見ず知らずの人間に囲い込まれるなど夢想だにしていない。本当に悪いことなどしていない。強いて行った悪事をあげるなら、この前の全国模試の結果があんまりなものだったので、破り裂いてこっそりゴミ袋のなかに忍び込ませたことと、妹のアイスを黙って食べてしまったことくらいだ。

 ましてや、こんな黒ずくめのローブを着こんだ黒魔術に入れ込んだ怪しい連中などとは全く縁がない。あるのは目の前の少女だ。


 予想以上にかわいらしい、彼と同じくらいの女の子がそこにいた。純白のドレスを身にまとった、陶器のように白い肌を持つ少女。艶やかな長い銀髪は一本一本が錦糸以上の価値があるかに思えた。背景の白い壁にあんまりにもミスマッチな黒ずくめの集団とは対照的である。顔もさることながら、ついつい彼の眼は突き出た胸元へと向かってしまう。

 それではよくないと邪念を振り払い、彼女に話しかけることにする。


「手を伸ばしてくれてありがとう。ところで、ここどこ?」


 口を衝いて出たのは先ほどからの疑問であった。だが、彼にはここが何処であるのかが漠然とではあるものの分かっていた。確証を手に入れて、九十九パーセントを百にするだけの状態である。


「いえ、この程度の事。申し遅れましたが、私はユリア・フォン・ホーエンベルク、この国、パタゴニア王国の王女でございます」


「そうだ、俺も名乗らなきゃね。結城海人だ。よろしく」


 名前を名乗るとともに、彼のスカスカの脳みそからパタゴニアという単語を探してみると、確か南米辺りにそんな地名があった気がする。しかし国名ではない。つまりここは、


「異世界だああっ!!」


 彼の予感は的中したようだ。直接的な答えはまだ聞いていないものの、ここは異世界だと確信を持ち、結果大勢の人に囲まれている中で、つい叫んでしまった。


 カイトが我に返ると、目の前のお姫様も周囲の黒ずくめたちも目を丸くしていた。だが、彼は気にもしない。何せ異世界に来たのである。剣と魔法に邪悪な敵、長年ゲームで見てきた中世ヨーロッパ風ファンタジーワールドが広がっているのだ。興奮しない奴は男ではないとすら彼は思っていた。最近の彼はFPSなどにはまっているが、どんな世界に行きたいといえば、やはりファンタジーな世界であった。


「ええ、まあ、その通りです。けれど驚きました。なんだか嬉しそうなご様子で」


「えっ? どうして驚くの?」


「すでにご理解されていると思いますが、あなたは本来いるはずの世界からこの世界に召喚されたのです。我々の事情によってです。実は、カイト様以外にも召喚された方々が数人いらっしゃるのです。他の皆さんは例外なく、予想だにしないご家族やご友人とのお別れを悲しみ、己の都合でこのような結果を招いた我々を責めました。当然でしょう。……ですが」


 あっけにとられていたユリアは気を取り直して、目を輝かせ、今にも遥か彼方まで飛んで行ってしまいそうなカイトに尋ねてみる。


「あなたは違います。どうしてそんなご様子なのですか?」


 言われて初めて家族や友人の事を思い出した。彼らは自分がいなくなって悲しんでくれるだろうか。どうなるかは分かっていた。だが彼は違う。別れの悲劇よりも、現在の喜びが大幅に上回ってしまうのだ。とりあえずどうにでもなるだろうし、泣いていたってどうにもならないというのが彼の考えだった。


「そんな不安そうな顔しないでくれよ。嬉しいんだ。君に言ったって分からないだろうけど、俺の世界は昔と比べてすっかり狭くなってしまった。でも、この世界は広いだろう。そして何よりも、ここなら俺はヒーローになれるかもしれない。十分じゃないか。さて、詳しい情報を聞かせてもらおうじゃないか」


 今度こそユリアは呆然としてしまった。世界が広いからなんなのか? それが大切な人との離別を癒やしてなお余りあるものなのか。他の召喚された者たちの気持ちを察することはできたが、ユリアにはカイトのそれを推測できなかった。



 彼はその後会議室の様な部屋に招かれた。通常は謁見の間へと向かうのだが、この時は緊急の用事で国王が居なかったためにこちらとなったのである。


 カイトはこのかわいらしいお姫様と二人きりになれると期待したのだが、そううまくも行かず、部屋の中にまで護衛の兵士がついて来た。兵士と言っても、儀仗兵のような軽装であったが。そして、部屋にはすでに先客がいた。


「お呼びしましたよ。こちらはユウキ・カイト様です。それで」


「そいつは日本人だな。だから、カイトが名前でユウキがファミリーネームだろう。当たりだろ?」


「そうですけど……」


 少し驚きつつ、カイトは返答をした。ユリアはさきほど他にも召喚された者がいると言っていたが、目前の椅子に座っている金髪の白人男もそうなのだろうか。


「初めだから丁寧に行く。ウォルター・ゴールドシュミットだ。ファーストネームは嫌いだから、ゴルディと呼んでほしい。まあ、二人とも座ってくれ」


 自分はともかく、お姫様に対してずいぶん不遜な態度であるとカイトは感じたが、そこは黙って、促されるままに着席することにする。ユリアもそれに従う。


「さてと、どこまで話したんだ?」


「ほとんど話してませんわ。カイト様も詳細を知りたがってらっしゃいますし、ここでご説明いたしますわ」



 ユリアの説明によれば、彼の召喚されたパタゴニア王国は、グランディアと呼ばれるこの世界に存在する人間の国家のうち、強大な力を有する二大国の中の一角であるという。


 世界は混沌の中にあるという。十数年前、パタゴニアともう一つの大国ヘルゴラントは長きに渡り緊迫した情勢にあった。そこへ魔族が進攻、くわえて領内の異種族が反乱を起こし始める。それぞれの勢力は独立しており、互いに争っていたが、そこに新たなる侵略者が訪れた。


 それぞれの勢力は拮抗しており、長らく戦線は硬直していたが、新たな侵略者はそのパワーバランスを崩してしまった。以来、侵略者は攻勢を続けてきたものの、ある程度の領域が手に入ると、侵攻をやめてしまった。

 他の勢力は重要資源の宝庫であった失地を取り戻そうとしたけれど、底へ足を踏み入れたものが戻ってくることはなく、それどころか、いつの間にやら結界が張られ、立ち入ることも叶わないのが現状だ。結局、今日の今までその領域に関しては分からないままである。


「それで、何故皆様を召喚したかと言いますと、身もふたもなく、侵略者を追い払うためです。彼らが現れてしばらくした後、四つの勢力は連衡することにしましたが、やはり手も足も出ない。そこで苦肉の策として、我が国に封印されていた異世界召喚を発動するに至ったのです」


 ユリアも兵士たちも苦虫を噛み締めた顔をしている。その侵略者とやらに苦汁をなめさせられたのだろうとカイトは推察する。


「彼らに対抗出来るのは底知れぬ力を秘めた勇者しかいないと思われました。先ほども少し触れましたが、あなた以外にも召喚された人物が他に三人いらっしゃいます。しかし、彼らは魔族と亜人種、そしてヘルゴラント帝国へと送られました。召喚ができるのは我が国のみ。だが、それでは四勢力の均衡が崩れる。したがって、四人の勇者をそれぞれの勢力に一人ずつ招くことになりました。最後の、パタゴニアの勇者があなたなのです」


 長い説明を終え、ユリアは手元にあったお冷を一気に飲み干した。なるほど、けれど、彼は一般人。まちがっても異能など持ってはいない。この点を質問すると、召喚された時点で力が備わるのだという。だが、カイトには何の実感もない。どうすればいいのか尋ねようとすると、一息ついたユリアが再び語り始める。


「初めの勇者を召喚してもなお、敵の正体は分からぬまま。無為に数年がたちましたが、二年前に敵が誰なのかを知っている人物が我々の許を訪れました。それがゴルディです」


 ゴルディの方を振り向くと、彼はにやりと笑っていた。ようやく出番がやって来たと言わんばかりである。


「敵の正体を聞きたいか?」


「知りたいかどうか聞かれれば、そりゃあ」


 四つの大勢力がまとまってかかっても敵わない相手、それがどういう連中かは当然気になる。どうせ人知を超えたすごい種族だとかに決まっているだろうが、とカイトは思っていた。それよりも、なんで目の前の男が知っているかのほうがずっと疑問だ。


「その相手は国際連合軍、すなわち地球だよ」


 今度度肝を抜かれたのはカイトの方であった。




 

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