ここはあかり荘だから
日菜と恭介はお庭の椅子に並んで座って、灯が毬をつくのを眺めていた。あどけない声で歌われる手まり歌は、昔恭介が彼女に教えたものである。日菜には聞いたことのない歌だったけれど、優しくゆったりとした可愛らしいものだ。
膝の上に丸くなっている猫子さんを撫でながら、日菜は空を見上げる。ぽかぽかとあたたかな日差しを浴びていると、いつだって穏やかな気持ちになれた。だけど今は、ぽっかりと心に穴があいてしまっている。
「会いたいのに会えないひとがいるというのは、本当に辛いことです」
恭介がぽつりと呟いた。日菜が驚いて振り向くと、いつもの微笑みを浮かべて、
「けれど、別れが永遠になるか一時になるか、それは日菜さん次第ですよ」
「え……?」
「薄井さんは死んでしまったんですか?違うでしょう。彼の思いは生きている。あなたの思いも」
灯の手まり歌が止まった。
「ここはあかり荘です」
灯は毬をそっと地面に置いて、日菜と恭介に駆け寄ってきた。恭介の膝によじのぼろうとして、彼に抱えあげられながら、日菜に優しく笑いかける。
「寂しい思いなんかさせません」
風が、吹いた。
灯の髪がふわりと巻き上がる。庭の砂が波のように踊る。どこからか花びらが飛ばされてきたようだ。ひらひらと優しい竜巻が起こった。
やがて風は止み、何事もなかったかのような穏やかな景色が戻る。
「ここは、困ったひとのためのアパートです。帰る場所をこことしてくれるなら、わたしは拒みません。どんなひとでも。どんな存在でも」
灯は微笑んでいた。今まで見たことのないような、美しく、少し大人っぽい笑顔だった。
「大家はわたしですから」
また、風が吹いた。
日菜は吸い込まれるように、あかり荘の門に目をやった。そして、息をのむ。
「…………あぁ」
透き通るような肌。薄い色の髪を透かして、同じ色の瞳がきらりと光る。
どんな言葉を発するより先に、日菜は薄井さんに飛びついていた。勢いよく体当たりされ、薄井さんは軽く咳き込む。
日菜はしばらく薄井さんの首筋に顔を埋めたまま動かなかった。頬を撫でる髪の感触と、ぎこちなく背中にまわされる腕の感触。
生きている。ここに。こうして、触れあっている。
「……本当に会えたね」
囁かれる声に、日菜は顔をくしゃくしゃにして笑った。
「きっと会えるって言ったじゃないですか。ここは、あかり荘ですもの!」




