ヨールとの邂逅
礼拝堂を出て、迷いなく歩いていく薄井さんを、日菜はあわてて追いかけていた。
「薄井さん、どこへ……」
「戦場へ」
薄井さんはこのお城のことも、この国で起こっていることもよく知っているようだった。手に取るようにわかっている。薄井さん自身が、この世界だから……そうなのだろうか。
立ち止まりも振り返りもせず歩いていた薄井さんが、吸い込まれるように動きを止めた。目の前に、立ちはだかるひとがいたのだ。強い意思を感じさせる薄井さんと同じ色の瞳で、ヨールがふたりを見つめていた。
「……どういうことだ。こやつは誰だ?いや、わかるぞ……。ヒナ、こやつが、ウスイさん、とやらじゃな?」
ヨールの目は丸く大きく、髪は長く背中に揺れている。薄井さんとまるで見た目は違っても、その瞳と髪の色は、ふたりの間に特別な縁を生じさせていた。
薄井さんはしばらく驚いたようにヨールを見つめていたが、やがて少し笑って、
「僕がこうしてひとのカタチを取ったとき、君と同じ色を持って生まれた。……君が、この世界を背負おうとしてくれているからだ。苦しみも悲しみも含めて、心から、主と呼ばれる存在になろうとしてくれているから、僕は君の色を選んだんだね」
「何……?」
「……ありがとう。この世界を、守ろうとしてくれて」
ヨールは戸惑ったように薄井さんを見て、それから少し怒ったように言った。
「妾は王じゃ。この国のために、この国に住む者のために考えて行動する。別にそなたのために何かしているわけではない。礼などいらぬ」
「そうだね」
薄井さんはどこか愛しそうにヨールを眺めていた。昔、祖父が日菜に向けていてくれた目と似ていた。
日菜は自分でも気がつかないうちに、口を開いていた。
「薄井さんは、暗くて悲しいだけじゃありませんでした。美しくて、優しくて、明るくて楽しいこともたくさんあります。薄井さんは罪なんか犯してません。みんな、ここで、生きているんです」
薄井さんはにっこり笑っただけだった。
ヨールは合点がいかなさそうにふたりを見比べていたが、
「……お前たちの話をじっくり聞きたいのだが、今はそれどころではないのじゃ。妾も戦地へ向かおうと思っておる」
「ヨール様が?」
ヨールは神妙な面持ちで頷く。
「妾は王。この首、求める輩は多いはずじゃ」
日菜は大きく目を見開いた。ヨールの顔には強い覚悟が浮かんでいた。
「もちろん、この国の騎士たちを信じてはいるぞ。ただ、騎士たちだけに危険を負わせる気はないのじゃ」
言葉が出なかった。日菜に、ヨールに何かを言う資格があるだろうか。彼女は王様だ。それはただ決められた運命だというだけではない。彼女は誰よりも王様らしい気質を持って、王様らしい生き方をしようとしている。例え、命を失う結果になろうと。そんな強い意思を持ったヨールに、日菜は何を言えるだろう。
けれど、薄井さんはきっぱりと言い放った。
「もう戦いは終わる」
そして、また足早に歩き出す。その背中に手を伸ばしかけ、日菜の意識は暗闇に落ちた。
「ヒナ!? 」
ヨールが驚いて日菜を抱き起こす。
少年は気遣わしげに日菜を見やったが、手を貸すことはしなかった。
「……日菜を、よろしくね」
「待て。ヒナはずっとお前のために……」
「僕も、日菜のために何かをする、最後のチャンスなんだ」
そう言って浮かべた少年の微笑みがあまりに寂しそうで、ヨールは言葉を失った。
少年は歩き出し、二度と振り返ることはなかった。




