王城へ
日菜とテオデュールを乗せた馬車は、山道に入っていった。
テオデュールは、日菜を馭者台に乗せてくれた。おかげで日菜は新鮮な空気が吸え、移り行く景色を楽しむことができた。
鮮やかな緑の葉っぱを揺らして、木々は木漏れ日を震えさせる。きらきらと煌めく日差しに包まれ、日菜はその美しさに感激してしまった。
この世界は、本当に綺麗だ。空の青さも、木々の緑も、輝かんばかりに鮮やかで、深い。
「なんて素敵なんでしょう!! 」
「君は山が好きなのかい?」
穏やかに尋ねるテオデュールに、日菜は照れ笑いを浮かべて、
「山は、実は初めてなんです。けれどこちらの世界の景色は、どこもとても綺麗ですね」
「君の世界とは違うのかい?」
「こんなにキラキラした景色、あたし初めて見ました!!」
日菜は目を輝かせて、流れる景色を眺める。風が髪をなびかせる感覚が心地よい。
「気晴らしに、心いくまで楽しむといい。先は長いし、王城に着けばまた窮屈だろうからな」
「王様って、どんなひとなんですか?」
「優しい方だよ。度胸もある。先代が早くに亡くなり、彼女は君とそう年ごろも変わらない」
日菜は目を丸くした。
「女の子なんですか?」
「ああ。少しおてんばすぎるところもあるが、素晴らしい女性だよ」
はあ、と頷きながら、日菜は驚きを隠せなかった。自分と同じ年ごろの少女が、国を治める王様だなんて、想像できない。国の住人みんなから頼りにされて、政治を行うなんて、どんな感じなんだろう。
「きっと君の力になってくれる。安心しなさい」
「はい。早くお会いしたいです」
いったいどんなひとなのだろう。薄井さんのことを、何か知っているだろうか。
まだ見ぬ王様、それも日菜と同じ、女の子との出会いに、胸が高鳴る。
「あたし、本当によかったです。なんにもわからないままこの世界に来て、セネリーさんとヒラマさんに助けていただいて、そして今騎士団長のテオデュールさんに王様のところに行かせてもらえているなんて。皆さん、なんて親切なんでしょう」
テオデュールはにっこり笑った。
「君には不思議な力があるのかもね。誰だって、君のために何かしてやりたくなる」
優しくそんなことを言うものだから、日菜は照れてしまった。それと同時に、小さいころ祖父に言われた言葉を思い出す。
『他のひとのために何かしてやろうといつも考えていればな、他のひとだって日菜のために頑張ってくれるもんさ。日菜は皆のことを考えてやれる女の子になれよ。そうすれば皆が日菜の味方だ』
祖父のこの言い付けは、今になって日菜に力を貸してくれているのだろうか。
山道をしばらく行くと、テオデュールがふと馬車を止めさせる。日菜が首をまわすと、そこには広大な景色が広がっていた。
「これが王都だ」
路と建物が蜘蛛の巣のような模様を描いて、中央に位置するお城を取り囲んでいる。お城は白く大きく、神々しいまでに美しかった。まさに、おとぎ話に出てくる、お姫様のお城だ。
テルーユールの街とは違い、王都にはきっちりとまとまった美しさがある。王様のいる街にはぴったりだ。
「山を越えていくにはまだかかるが、君はあそこに向かっているんだぞ」
「綺麗な街ですねぇ……」
日菜はうっとりと景色に見とれる。こちらの世界に来てから、綺麗なものを次々に見ている気がする。アパートでの生活では考えられなかったことだ。
けれど、やっぱり……。
優しい家族の笑顔は、どんなに綺麗な景色より、心ときめくものなのだ。
その夜、暗くなっていく空にもう馬を走らせることはできなくなった。
「今日は休もう。明日中には王都に着くさ」
テオデュールは馭者に合図すると、日菜を馬車から降ろした。
しんと静まった山の中。空を見上げれば、木々の隙間から銀色の星たちが覗く。
テオデュールは慣れた手つきで火をおこす。日菜がその手際のよさに感心していると、どこに持っていたのか可愛らしい小箱を取り出した。ぱかりと開くと、中から色とりどりのお菓子が飛び出す。
「わあっ」
「セネリーが持たせてくれたんだ。ヒナはお菓子が好きだから、とね」
日菜は嬉しくて、にっこり笑った。白や桃色やクリーム色の可愛いお菓子は、作り主の優しいまなざしを思い出させてくれた。同時に甘い香りが鼻をつき、日菜のお腹は空腹を告げる。
テオデュールはおかしそうに瞳を光らせ、お菓子を小箱ごと日菜の手に乗せた。
「食べるといい。疲れたときには甘いものが嬉しいものだ」
ふたりは火を囲んで座る。日菜は一口、桃色のころころしたお菓子を食べてみた。サクッとした歯触りのあと、とろりとクリームが流れ出てくる。びっくりして舌で受け止めたところで、日菜は感激した。本当に、とても甘い。
「美味しいです!!なんていうお菓子なんですか?」
「クロアというものだよ。セネリーの得意料理だ」
日菜は夢中になってクロアを頬張り、その甘さに頬を緩める。そんな日菜に顔を綻ばせながら、テオデュールは何やら錠剤のようなものを口に入れた。
「それ、何ですか?」
「騎士が常に携帯しているもので、食事の代わりに摂ると栄養が補給できるんだ」
「美味しいですか?」
「いや、味はあまりないね」
それを聞いた日菜は、すっとお菓子の箱をテオデュールに差し出す。
「美味しいものを食べないとだめですよ」
真剣な顔で、まるで母親のように言う日菜。テオデュールは一瞬面食らった後、思いきり破顔した。なぜ笑われているのかわからない日菜は、困惑してしまう。テオデュールは目尻の涙を拭いながら、
「いやいや、すまない。団長という立場にいると、そういった命令には慣れていなくてね」
「相手を思いやった言葉に、立場なんか関係あるもんですか」
「ははは。まったくその通りだ。うん、君が元の世界でどういう娘だったか、よくわかった」
まるで幼い子どもの強がりを微笑ましがるような物言いだ。日菜は少し不服だったが、テオデュールが楽しそうなので、つられて笑顔になってしまう。
テオデュールは言われた通り、素直にお菓子をひとつつまみ上げると、口の中に放り込んだ。
「うん美味しい」
「たくさんあります。セネリーさん、きっとテオデュールさんにも食べてほしかったんですよ」
「……そうか」
クロアを咀嚼しながら、テオデュールは嬉しそうだった。
しばらくお菓子の甘さを楽しみ、日菜は質問をしてみることにした。
「テオデュールさん。騎士というのは、国のために戦うひとのことですか?」
何しろ昔読んだ物語の中にしか聞き覚えがないのだから、尋ねるしかない。テオデュールの目がきらりと光った。
「そうだ。我々は国王に忠誠を誓い、その身を守るために戦う」
「なぜ戦うのですか?」
「他の国から攻められたときに、戦う者がいなければ困るだろう?」
日菜にはよくわからなかった。なぜ他の国が攻めてくるのだろう?仲よくすればいいじゃないか。この世界はとても美しいのだし、お互いの国の観光名所でも案内しあえばいい。綺麗な景色を見ることは、戦いなんかよりもっと有意義なことに、日菜には思えた。
合点のいかなさそうな日菜に気がついたのか、テオデュールは微笑んで、
「確かに戦争は起こらないに越したことはない。争いをなくすためにも、騎士は必要なんだよ」
「そうなんですか。でも、危ないことをしてはいけませんよ。あなたのことを心配するひと、たくさんいるはずです。家族もですし、セネリーさんだって。あたしも、テオデュールさんが怪我でもしたら心配します」
「そうか……うん、そうだな。ありがとう」
テオデュールは日菜の目を見つめる。薄い金色の瞳は、火の明かりを受けて赤く輝いていた。
日菜自身、自分のことを心配しているであろう家族のことを考えた。
灯ちゃん。恭介さん。猫子さん。そして、記憶を失ったままの薄井さん。テオデュールに危ないことをしてはいけないと言っておきながら、日菜も家族に心配をかけてしまっている。
今日のお夕飯はどうしただろう。明日のお洗濯はどうするのだろう。お買い物も足りていないし、綿内さんにお休みの連絡も入れていない。
薄井さんのため、家族のためと言いながら、この世界にやって来た。けれど、実際には家族のことを何も考えていない行動なのではないか。
そんなことを思うと、急に不安になってしまった。あかり荘に帰って、皆に元気な顔を見せたい。皆の明るい笑顔が見たい。
それが、この世界に来てから初めてのホームシックであった。




