戦う決意
少年は、何もない空間にいた。
いや、何かありはするのかもしれない。ただ、少年には見えていないだけで。
不思議な声が聞こえた。
「お前は、怯えているね」
男の声とも女の声とも、若い声とも老いた声とも取れなかった。
「怯えているくせに、誰かを助けたいと思っているね」
実に不愉快な声だった。
少年は、はっきりと答えた。
「僕は日菜を灯たちのもとへ返す。ここはどこだ?僕は元の世界へ行きたいんだ」
「それは許されない。お前はまだ追われたまま」
怪物へのおぞましい恐怖が甦り、少年の体に鳥肌が走る。
「助けたければ戦うんだ。あの少女はお前のために勇気を見せた。お前はそれに見合えるかい?」
戦う、怪物と。
考えただけで頭がくらくらし、倒れそうになる。恐怖が身体中を支配して、縛り付けられる。
ああ、この恐怖もまた、一種の怪物なのだ。
「お前を追うものはお前が背負わなくてはならない罪。あの少女はお前の生きた証を見つけに行った。お前は生きていたことから目をそらしちゃあいけない」
たとえ記憶がなくとも、生きていたのだから。その結果、怪物に追われることになったのだから。ただ怯えて、逃げていてはいけない。
少年は敢えて笑顔をつくった。
「わかったよ。戦う。日菜を救うことができるならね」
突如目映い光が、少年を包み込んだ。
気がつけばそこは、あかり荘の門の前だった。
「……な……?」
何かおかしい。いつものあかり荘のはずなのに。
音が何一つ聞こえない。それに、晴れているのに辺りは薄暗く、空が灰色だ。
自分の体を見回してみて、気がついた。
色がない。肌も服も。地面も木も空も、あかり荘も。
あの不愉快な声が、少年の頭の中で響いた。
「そこは、喜びが足りない世界。そこで、お前の罪を探せ。罪もまた、お前を探している」
罪。
罪とは何か。元の世界で、自分は何をしたのか。
その罪が怪物となったのなら、自分は償わなくてはならない。
少年は少しも迷わなかった。
戦うんだ。
日菜は、自分のために世界まで飛び越えてくれたのだから。