テルーユールの少女
セネリーの家は、見たこともないような品々を扱う道具屋さんだった。
七色に光る水晶玉に、不思議な地形の描かれた地球儀、小鳥を模した木製のオルゴール。実に色々な道具が、小さな室内に所狭しと並べられている。
部屋を照らすランプも、花を型どった可愛らしいものだった。
おとぎ話に出てくる、妖精さんのおうちのようだ。小さくて、少し暗くて、だけどあたたかな光がぽっと灯っている。
無人のカウンターを見たセネリーは、不服そうに呟く。
「あの子ったらまたサボって」
そして奥の階段に向かって、
「ヒラマ!! 店番はどうしたのよ!!」
すると、なにやらどたばたと物音が聞こえ、ひとりの少女が階段を駆け降りてきた。
セネリーと同じ色の髪と瞳。ただ髪は結わず、ふわりと肩に広がらせている。セネリーと同じ年格好に見えるが、双子と言うほどにはふたりは似ていなかった。
「お、お客さん?」
驚いたように発せられた声は、セネリーによく似ていた。
「そうよ。年がら年中閑古鳥だからって、油断しないでちょうだい」
「セネリーだって、また丘に遊びに行ってたんでしょうに」
「あたしは休憩時間だもの」
ヒラマと呼ばれた少女はセネリーに頬を膨らませてみせ、日菜にはにこやかにお辞儀をした。双子には見えないと思ったが、やわらかな雰囲気と笑った顔がセネリーと瓜二つだ。
「ヒナ。こっちは妹のヒラマ。あたしたち、二卵性の双子なのよ」
その紹介で、すんなりと納得がいった。
日菜は笑顔でお辞儀を返す。
「こんにちは。あたし、日菜といいます」
「聞いてよヒラマ。ヒナはね、家出してきた貴族の令嬢なのよ」
「ええっ!?」
日菜はあわててセネリーを遮り、驚くヒラマに思いきり首をふってみせる。
「違います!! あの、事情を聞いてください!!」
お店の二階に通され、日菜はセネリーの自室で自身に起こった不思議な出来事を話した。
セネリーとヒラマはベッドに腰かけ、日菜は向かい合うように椅子に座っていた。
信じてもらえるか自信が持てなかったが、セネリーとヒラマは黙って最後まで聞いてくれた。
薄井さんを狙う謎の怪物の話には、ふたりは怖がって身を寄せあった。
「あなたは、その男の子を助けるために、世界まで飛び越えちゃったわけね」
「信じて、くださるんですか……?」
セネリーとヒラマは微笑んで、こっくり頷いた。
「うん。あなた、嘘はついていないわ。あたしたちにはわかる」
日菜はほっと胸を撫で下ろし、ふたりに頭を下げる。
「ありがとうございます……!!」
セネリーとヒラマは、困ったように顔を見合わせる。
「それにしても、困ったのはその男の子の記憶に関して、何の情報もないことよ」
「それに、ヒナのいた世界に戻る方法もはっきりしないし」
日菜は恐縮して縮こまる。本当に、その身一つで飛び出して来てしまったのだ。何の手だても考えずに。ここでセネリーたちのような良いひとたちに出会えていなかったら、どうなっていたか。
「何にしても、ヒナは聖都に行かないとね」
セネリーが言い、ヒラマは棚を探って地図を取り出す。見たこともない大陸が描かれていた。
「聖都?」
「うん。王様に会いに行かないと。王様なら、きっと協力してくれるわ」
ヒラマは地図をなぞり、大陸の外れの方を示した。
「私たちが居るのはここ。テルーユールの街。そして……」
ヒラマの指は大陸の中央に移動していく。
「聖都はここ。歩いていくと数日はかかるけど……」
そのとき、セネリーが嬉しそうに立ち上がり、両手を打ち合わせた。
「あら!! 何日かしたら騎士団の団長さんがお店に来るのよ。ヒナ、馬車に乗せてもらうといいわ」
「騎士団、ですか?」
日菜は目を丸くする。
言葉の響きから、穏やかな予感はしない。得体の知れない日菜が、無闇にこの世界のひとたちに出会って平気なものだろうか。
「団長さんはこのお店をご贔屓にしてくれているから、きっと大丈夫よ」
「セネリーが熱をあげているお相手だものねえ」
いたずらっぽく口元を押さえて笑うヒラマを、セネリーが叩く。
「こら!! お得意様なのよ、そんなことを言わない!!」
怒りながらも、どこか照れくさそうに顔を赤らめるセネリー。日菜はなんだか感心してしまう。
恋だとか、そんなお腹がふわふわしてしまいそうなものを、セネリーは実際に体験しているのだろうか。昔読んだお姫様の物語のようだ。そのひとに運命を感じたりだとか、胸が苦しくなったりだとか、そんなことをしているのだろうか。
日菜にはよくわからない。
ただ、雨の日に、薄井さんと並んで帰ったとき。
あのときは、なんだかすごく心地よくて、無性に嬉しかったり。そんな気持ちだった。
日菜はどういう顔をしていたのだろうか。セネリーはますます顔を赤くした。
「……昔からの知り合いなのよ。あたしたちの紹介なら、ヒナを悪いようにはしないわ」
「あ、あの、ありがとうございます!!」
本当に、セネリーとヒラマに出合うことができてよかった。この姉妹がいてくれなかったら、自分はどうなっていたかわからない。行き倒れて死んでいたかもしれない。
ふたりはにっこり笑った。
「いいのよ。どうせお店は暇なんだもの。このくらいの非日常なら大歓迎よ」
「騎士団長が来るまで、ここで暮らせばいいわ。服とかご飯は用意してあげるから」
日菜は感激のあまりどうしたらいいかわからず、ただセネリーとヒラマの手を順々に握った。言葉にできないほどの感謝を、どうにかしてふたりに伝えたかったのだ。
「あの、あたし、お手伝いします。こちらのお料理はわからないですけど、お洗濯とか、お掃除とかなら、教えていただければいくらでも。お店番だって、任せていただければやります」
「あら、いいの?ヒナ、そんなことを言うとセネリーは遠慮なくこきつかうわよ」
「こきつかうのはヒラマよ。サボりたくて仕方がないんだから」
くすくす笑うふたりに、日菜は気合いを入れる。
「はい!! どうぞお任せください!!」