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都会のすずめ  作者: わた
少女と少年のお話
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違った世界

頬をくすぐる草の感触で、日菜は目を覚ました。心地よい風がそよそよと吹いている。


ここは、夢の中?


空ははっとするくらい綺麗。底抜けに青くて、雲なんて余計なものはない。


日菜は起き上がった。


ここは、丘の上の草原だ。朝日に照らされた草花は色鮮やかで、まるで絵に描いたように美しい。

少し歩いて丘の下を覗いてみれば、そこには素晴らしい景色が広がっていた。


白い石造りの家々が立ち並び、すべての屋根は赤いレンガ。おとぎの国の家のように可愛らしい街並みの中を、子どもたちが駆けている。

街の向こうには透き通ったブルーの海。日の光を受けて煌めく海に、日菜は心を奪われた。


あそこで泳げたら、凄く気持ちがいいだろうなあ!!


日菜の街の海より、何倍も透き通っている。こんなに綺麗な景色を見せてくれるなんて、随分親切な夢である。


夢……?本当に、ここは夢の中なのだろうか。

頬を撫でる風は涼しいし、足元をそよぐ草はくすぐったい。


「夢じゃ、ない……」


あの扉の中で、どろどろと溶け出した世界にのまれた日菜は、暗闇の中に落ちたはずだった。


そして、たどり着いた先はおとぎの国のような美しい世界。


平八は、なんと言っていたっけ。

日菜の力を道案内してくれる、と。言葉通り、違った世界につれてきてくれたのだろうか。


薄井さんの記憶を取り戻したい、と言う日菜を、ここにつれてきたということは。


「ここは、薄井さんのいた世界……」


風が爽やかに吹き抜け、日菜の髪とスカートを巻き上げた。

視界をふさぐ髪をかきあげたとき、ひとりの少女の姿が日菜の目に映った。


淡い黄金色の長い髪と、同じ色の薄い瞳を持った少女だった。透き通るような肌は、薄井さんと同じような雰囲気を感じさせる。

年は日菜と同じくらい。驚いたように見つめてくる少女を見て、日菜は閃いた。


薄井さんと出会ったときの、あの違和感。それは、この世界には溶け込む美しさが、日菜の世界では色素の薄さとして捉えられたからなのだ。


やはり、薄井さんはこの世界で生きるようにつくられていたのだ。


少女の服装も、日菜には馴染みのないものだった。質素なドレスとエプロン姿。彼女は、明るく声をかけてきた。


「こんにちは!! あなた、見ない顔ね」


日菜はぎくりと身を縮ませる。薄井さんを最初に見たときのように、日菜も、この世界には溶け込めていないのだろうか。


けれど、少女は少し不思議そうに日菜を眺めただけで、すぐに気持ちのよい笑顔を浮かべた。


「どこから来たの?」

「あ、えっと、あたしは……」


異世界から来た、と言って、通じるものだろうか。


返答に困る日菜を見て何を思ったか、少女は気の毒そうに眉をひそめた。


「そっか……家出してきたのね?」

「え?」

「だからこの丘に来たんだ。ここ、気持ちいいから嫌なこと忘れられるもんね。あたしもお気に入りなんだ、ここ。あなた、不思議な色の眼をしているけど、もしかして貴族か何か?」


きらきらと目を輝かせながら問いかけてくる少女に、日菜は言葉を失う。目を点にする日菜の様子をまた勘違いしたのか、少女は気遣わしげに笑う。


「そうよね、貴族だったら正体なんか言えっこないわよね」

「あ、あの、あたしは……」


貴族じゃない、と言いかけた日菜の声は、快活な自己紹介にかき消された。


「あたし、セネリー。あなた、行くところはあるの?」

「えっ、あの、いえ……」

「だったらうちへいらっしゃいよ!! 匿ってあげるわ、あなたを探して衛兵が来るまでね」


セネリーは強引に日菜の手を掴んで、ぐんぐん丘を下りていく。

日菜は混乱した。ついていってもよいのだろうか?


けれど、セネリーの醸し出す雰囲気は決して悪いひととは思えない。どうせこの世界に当てなどあるはずもないし、親切なひとに出会えたことを感謝すべきではないか。


セネリーの手はやわらかく、またあたたかかった。


そういえば、セネリーだけに名乗らせるのも失礼な話だ。


「セネリーさん、あたし、篠屋日菜っていいます」


手を引っ張られながら名乗る日菜に、セネリーはにっこりした。


「貴族ってやっぱり変わった名前のひとが多いわねー。でも、素敵な名前ね、ササヤヒナって」

「あ、いえっ、名前は日菜です。えっと……ヒナ・ササヤとなるんでしょうか?」

「ヒナ……いいわ、それも素敵。でも、ササヤ家なんて家名は聞いたことないわね?」

「あのぅ……セネリーさん、あたしは貴族ではなくてですね……」


そのとき、日菜の目に美しい街並みが飛び込んだ。


白い石造りの家。さりげない花瓶に飾られた窓と窓の間にかかる縄には、取り込み損ねられた洗濯物。赤レンガの屋根の向こうに見える空の青が、とてもとても鮮やかだ。


「……綺麗な街ですね」

「うん。テルーユールって言えば、空と海の青さが大陸中でも評判なんだから」


セネリーは自慢気に言う。


自分の家のことを思いだし、日菜は急に心細くなった。

自分がここにいる間、あちらの世界は……あかり荘のある世界はどうなる?


朝ごはんも作っていない。灯にも恭介にも、何も言わずに来てしまった。きっと心配する。


薄井さんは……?


彼の記憶を取り戻してあげたい、と願ってここに来たのに。彼に会えなければ、どうしたらいいのだろう?


突然体を寒気が覆い、日菜はたまらずしゃがみこんでしまう。

セネリーが心配そうに覗きこんでくる。


「あなた、大丈夫? 具合悪いの?」

「平気、です」


大丈夫。大丈夫。こちらの世界から薄井さんはやって来たのだから、日菜があちらの世界へ行くことだってできるはず。

だから、大丈夫。そう自分に言い聞かせる。


心配なのは、灯のこと。恭介は大人だから、流石に泣いたりしないだろうけど、灯は小さな女の子だ。

突然いなくなった日菜のことをどう思うだろうか。どうか泣きじゃくるのはやめてほしい。灯には笑顔がよく似合うのに。



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