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都会のすずめ  作者: わた
少女と少年のお話
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不思議な扉

日菜は夢を見ていた。


あかり荘の門の前に、扉があった。小さいころ読んだ絵本に出てきた、お菓子のお家の扉のようだ。小さくて、可愛らしくて、きらきらしている。


砂糖で出来ているような赤い扉。それを飴細工のように金色の筋が彩り、ドアノブは透き通って輝いている。


素敵な扉。

日菜はその扉に魅いられ、なんの躊躇もなくドアノブをひねった。


中は真っ暗。怖くなって引き返そうとしたけれど、扉は銀色の光になって、はらはらと消え失せてしまう。


いきなり、ぱっと明かりがついた。


「ようこそ、お客人」


そこは広い広い、黒い部屋。

ほわほわと白い光が宙を漂っている。光のシャボン玉。部屋の中いっぱいに、ぼんやりと輝くそれは幻想的で、綺麗だった。


中央にソファーがひとつ。そこに、男のひとが腰かけていた。


「こんにちは、お嬢さん」


そのひとは優しく微笑む。


確かに、微笑んだのだけれど。

日菜には、そのひとがどんな姿なのか、よくわからなかった。若いのか、歳をとっているのか、背が高いのか、低いのか、痩せているのか、太っているのか、よくわからない。


ただ、少し寂しげな男のひと。

それだけは理解した。


「私の姿は君が好きに決めていい」


そう言われた瞬間、日菜はそのひとの姿をよく捉えることができた。


くたびれた服に身を包んだ、疲れた顔の青年。すらりと長い手足をもて余して気だるそう。ただ、翡翠のような瞳はいたずらっ子のようにいきいきと輝いていた。


「君は変わった目で私を見ているんだね」


男のひとは楽しそうに言う。


「あたし、どうしてここにいるんでしょう」

「私が呼んだからさ」

「あなた、誰ですか?」

「私は世界の繋がりを整理する者だよ」


日菜はぼんやりと、おかしなひと、と思う。


「あたしは、篠屋日菜です」

「そうか。なら私のことは平八とでも呼んでくれ」


平八。まるで似合わない名前だ、と思った。


「世界の繋がりって、どういうことですか?」

「君はもうわかっているはずだよ。世界はひとつではないことを」


日菜は驚いた。

このひとは、恭介のことを言っているのだろうか。それとも、薄井さん?


「もともとひとつひとつの世界は、決して混じりあわないよう私が管理していた」


平八はゆっくり立ち上がり、日菜のもとまで歩いてくる。

ひょいとかがんで目を見つめられ、日菜は言いようもない居心地の悪さを感じた。なんだか心の底まで見すくめられているような気がしたのだ。


「けれど私の力は日に日に弱まっていてね。今では世界同士の隔たりはかなり曖昧になってしまった」


平八は日菜の手をとって引っ張り、ソファーまでエスコートしてくれた。

ふかふかのソファーに並んで座り、平八は続ける。


「君は、君の世界の住人ではない者を匿っているね」

「……はい」


平八は微笑んだ。心からの笑顔ではない。顔にぺたりと貼り付けたような、乾いた微笑みだった。


「君はいい子だね。ただ純粋に、その者の本質を愛している」

「……家族ですもん」


平八の薄っぺらな笑顔に腹が立って、日菜はむきになる。

笑って。心から笑って。嘘みたいな笑顔を向けるくらいなら、頭ごなしに怒鳴り付けてよ。


「家族を愛するのは当たり前です。あたしがいい子なわけじゃありません」

「皆を家族と思える君は、いい子だよ」


日菜の思いをわかっているくせに、平八は不愉快な笑顔をやめてくれない。


「大事なのは血の繋がりではない。魂のつながりだ。君はよくわかっている」

「……そんなの、わかりません。あたしは灯ちゃんが好きで、恭介さんが好きで、薄井さんが好きなだけです」


平八は細めていた目を開いて、穏やかに日菜を見つめた。今度は、心から安心させてくれるような、あたたかな眼差しだった。


「違う世界の住人と、心を通わせることができるのは稀有だよ。どうしたって馴れ合えない連中もいるだろう?」


怪物の、ことだろうか。


「私は君が気に入ったから、力になってあげたいのだけれど。あいにく私の力はほとんど残っていなくてね」


平八は日菜の頭に手をまわし、優しく引き寄せる。


「だから、君自身の力を、道案内してあげる。それしかできないからね。さあ、君の望みを聞かせて」


彼の顔は、すぐ近くにあった。翡翠色の瞳は透き通っていて、日菜の姿を映している。


「あたし、薄井さんの記憶を取り戻してあげたいんです」


平八は満足そうに口元を引き上げた。更に日菜と顔を近づけ、ゆっくりと前髪をかきあげる。


そっと、その唇が日菜の額に触れた。


途端、世界が崩れる。


地面がぱっと消え、景色はどろどろと溶けだして暗闇に向かって落ちていく。それは底なし沼のように日菜の体を引き込んだ。

ぐちゃぐちゃに混ぜ合わされた絵の具のような世界に捕らわれ、日菜は底の見えない暗闇から逃れようともがく。けれど世界はとろけるのをやめない。


平八だけは変わらない格好で、落ちていく日菜を見下ろしていた。


「あとは、君の力が助けてくれる」


日菜はどんどん崩れる世界にのまれていく。次から次へどろどろになった世界が降ってくる。

やがて視界すべてを覆われ、日菜は暗闇に落ちていった。


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