晴れの日のお昼
灯が泣いている。
日菜は、卵を焼いていたフライパンを置いてコンロの火を消す。
サンダルをつっかけて外に出る。いい天気。涼しい風が風鈴を揺らして、かわいらしい音を立てている。こんなによい日なのに、灯は泣いている。何があったのだろう。
庭に、灯は居た。着物をたくしあげて箒を握っている。灯は六歳だけど、しっかりものの和服美人だ。
「どうしたの?」
見ると、掃いた塵の中に小さな小さな虫さんがいた。
「わたしが、死なせてしまったのです」
悲しそうに囁いた灯に優しく微笑みかけ、日菜はそっと虫さんをつまみ上げた。木の下の土を軽く掘り、虫さんを埋めて弔ってやる。
「灯ちゃんは悪くありません。仕方のないこともあるんですよ」
灯はまだ鼻をぐずぐず言わせていたが、小さく頷いた。しゃがんで、虫さんのお墓に手を合わせる。
「さあご飯ですよ。恭介さんはどこですか?」
「恭介はさっき、焼き芋屋さんを追いかけて行きました」
そういえば、日菜もさっき買いに行こうと思ったのだ。フライパンから離れられずに泣く泣く諦めたあの素敵なトラックを、恭介が引き受けてくれたなんて。思わず顔が綻ぶ。
「お芋も食べられますし、元気だしましょうね」
日菜が言うと、灯は微かに笑った。灯の笑顔は不思議だ。心にぽわっと温かさが広がる。まさに、火が灯るように。
「では灯ちゃん、ご飯の支度を手伝ってください」
元気よくいこう。今日は本当にきれいに晴れて、よい日だから。こんな日にくさくさするのは勿体ない。
テーブルにお茶碗とお箸を並べていると、恭介が帰ってきた。同時に、少し焦げたいい匂い。
「お帰りなさい!」
恭介は照れくさそうに微笑みながら、焼き芋をテーブルに置く。
灯が常に着物を着ているのと同じように、彼は一年中黒いスーツに身を包んでいる。ふたりがなぜ正装を崩そうとしないのか、日菜はよく知らない。初めて出会ったときからそうなので、特に疑問にも思わなかった。
とはいえスーツ姿で焼き芋屋さんのトラックを追いかけるのは、何ともおかしな光景だ。日菜はくすくす笑い、それでもお礼を言って焼き芋を紙袋から出す。
「美味しそうですねえ……」
灯が目をきらきらと輝かせる。
「焼き芋屋なんて今どき珍しいですから。いや、年甲斐もなく追いかけてしまいました」
「ありがとうございます。たまに恋しくなりませんか?焼き芋」
日菜は上機嫌に焼き芋をお皿に移す。甘い匂いに混じるつんとした焦げ臭さも、空腹の今では魅力に変わる。
「そういえば、高梨さんも買いに来ていましたよ。お嬢に、と飴をくださいました」
そう言って、恭介は灯に飴玉を渡す。灯は受け取り、にっこり笑った。高梨さんは近所に住むおばさんで、いつも何かと良くしてくれる。
「日菜さんには伝言を頼まれました。焼き芋を食べ過ぎて太らないように。そろそろ男の子の目も気にしなさい、だそうです」
「な!」
日菜は顔を真っ赤にし、
「恭介さん、少しは気を使った言い方をしてください!」
「いや、これは俺の言葉では……」
「そういう場合男のひとが気を使うべきです!」
ぷんぷん怒って焼き芋にかぶりつく日菜。灯が非難の目を恭介に向ける。
「恭介、日菜さんを怒らせてはいけませんよ」
「いえ、怒らせる気は毛頭……参りましたね」
せっかくよい日になりそうだったのに。日菜は焼き芋を口に詰め込み、ごくりと飲み込んだ。