王族
王宮で過ごすようになって、私についた通り名は「ディールの姫」。
通り名なんて、あだ名のようなものだから別に何でもいいんだけど。
姫って…。
そんな年齢ではないのですが…。
童顔だからか、実年齢を伝えるとこの王宮の人達皆に驚かれた。
使用人でいいと断ったけど、王様の命令で私は客人扱い。
王宮の立派な一室を貰っている。
私付きの侍女さんまでいたりして、なんか本当にすみません…。
なんで、ディールの姫なんて呼ばれるようになったのかというと。
この世界で貴重な動物である翼竜。
その翼竜は、頭が良くていわゆる自分が主人と認めた人間でないと、懐かない。
で、さらに名前を付けることは翼竜にとって行動を支配されることと同じだから、余計に許さないらしい。
この世界広しと言えど、翼竜に名を付けて支配している人は数える程しかいないのだとか。
名を付けられた翼竜はその命が尽きるまで、主人の支配を受け入れ、命の限り主人を守る。
その上、私が名を付けたクウちゃんは、翼竜の中でもかなり力の強い竜のようで。
何せ、赤ちゃんのくせにあんな攻撃力&破壊力だったからね。
それは、ここ数百年生まれていないという最早伝説となっている最強竜=ディールではないかと疑われているらしい。
ディールとは、数百年前にこの世界がまだ、混沌とし戦乱渦巻く世の中だったころ。
人々は今のように知能が高くはなかった翼竜を使い、殺戮を繰り返していた。
そんな中、ある一人の人物が巨大な翼竜と共に現れ、圧倒的な強さでこの世界を鎮圧したという。
それから、ディールとその人物は「竜の里」を作り、人間がむやみやたらに自分達の都合で翼竜を使役しないように、翼竜が自分で認めた主人にしか懐かないように、彼らに知恵を授けた。
…らしい。
…いやいや。
そんな、立派な竜なの、クウちゃん。
ひざの上にいるクウちゃんは今日も機嫌が良さそうに鼻をスピスピさせながら寝ている。
可愛いけど、そんな風にはとても見えないなぁ。
まぁ、そんな疑いのあるクウちゃんを使役している私は、だからディールの姫。
ひとえにクウちゃんのお陰です。
「うーん!おいしいっ!」
麗らかな日差しが差し込む午後、私は王宮ご自慢の庭園を眺めながらクッキーを頬張る。
「ふふ。良かった」
そんな私に微笑みかけるのは、この世の者とは思えない程の美少女。
彼女の名前はリリアーヌ。セリンガムの第一王女様。
そして、ルイのお姉さん。
あのとんでもないクウちゃん事件から数日。
私は、リリアーヌこと、このリィと仲良くなった。
というより、リィが可愛い弟の命の恩人である私を慕ってくれてるって感じ。
こんな美少女に慕われて、嫌がる人間がいるもんですか!
ふわふわの金色に近い茶の髪。
長いまつ毛が縁取る大きくて形の良い青い瞳。
肌は透き通るように白くって。
ほんと、恵まれた容姿の兄弟よね。
「ユキ?どうしたの?」
テーブルに両手で頬杖をついて、じっとリィを見つめる私に王女様は首を傾げる。
「ううん。ほんと、リィって可愛いなぁって思って」
おっと、つい本音が漏れてしまった。
こういうの、セクハラ発言?女同士だから許してもらえる??
「えっ……」
途端にリィの頬が赤くなる。
こんな言葉、リィなら耳にタコができる位、聞き飽きてるだろうに。なんて可憐なんでしょ。
リィは今16歳だから、可愛さが際立ってるけど後数年したらきっと絶世の美女になるんだろうなぁ。
「私、旅の間ずっとルイのお姉さんみたいな気分でいたけど、本物のお姉さんであるリィに心の底から謝りたい」
「何、それ」
くすくすと、リィは笑う。
「ほんと、美形兄弟だから。まぁ、私とルイが一緒にいても誰も兄弟だとは思わなかったみたいだけどね。遠い親戚の2人って感じで」
と、その時
「ユキ!!」
後ろから可愛らしい声がした。
「また、姉様と一緒にいる!!今日の午後は僕の所でお茶を飲むと約束したでしょう!?」
頬を膨らませながら、やって来たのはルイのミニチュア版。
第三王子のレイボルト。通称レイ。
10歳の可愛らしい王子様。
リィとルイも似ているけど、ルイとレイの方がまるで、双子のようにそっくり。
違うのは金髪のルイと茶髪のレイ。そこだけ。
ほんと、恵まれた容姿の…(以下略)
「ごめんごめん。でも、レイの所に行ったら午前中の勉強がまだ残ってるって言われたから」
サラサラの髪を撫でながら言うと、レイは眉をハの字に下げる。
本気で機嫌が悪い訳ではなさそう。
このレイは、こんな王子様のような顔立ちだけど、中々に悪ガキで。
出会って早々、私にイタズラを仕掛けてきたので(まぁ、それが一歩間違えればかなり危険なものだったから)雷を落とした。
ほら、私って弟がいるからね。
イタズラを叱るのに、慣れてるの。
そしたら、なぜだか翌日から懐かれて。
こうして、ちょくちょく一緒にお茶を飲んだりしている。
「じゃあ、レイも一緒にお茶を飲みましょう」
そんな弟を見て、穏やかに笑いながらリィが声を出す。
「はい!!」
にっこり嬉しそうに笑って、レイも席についた。
「ねえ、ユキ。クウは?」
席について、侍女さん達にお茶を運んでもらうのを待つ間、レイが尋ねる。
「お昼寝してるよ。後で見に来る?」
「うん!!」
レイはディールの疑いがあると言われるクウちゃんに興味津津で。
私に会うというより、クウちゃん見たさによく私の部屋を訪れる。
クウちゃんも私が危険な目に遭ったり、そう命じない限りは無暗に人を攻撃したりはしないので、レイお付きの人達も不承不承ではあるけど了解している。
その後しばらく、お茶を飲みながら3人で話して、レイの午後の鍛錬の時間になった所でお開きとなった。
「リリアーヌ様はお小さい頃から、体が弱くて同年代のご友人がいらっしゃらなかったものですから、ユキ様というご友人ができて、本当に毎日嬉しそうにされています」
自分の部屋に戻る途中、侍女さんがそう言って微笑む。
あぁ。リィにはそういう背景があるんだね。
私も彼女のことは一目見た時から好きなので、私なんかで良ければ仲良くしてもらいたい。
リィにルイにレイと、何だか見目麗しい兄弟ができてほんと、眼福です。
まぁ。リィとは同年代ではないけどね。
そんなことを思いながら、歩いていると前方にすらりとした人影を見つけた。
「ユキ」
その人は、私の姿を見つけるとにこりと微笑む。
そんな微笑みに私も引きつった笑いを返す。
「ゴキゲンヨウ…ディル王子」
彼の名前はディルバード。この国の第一王子様。
年齢は19歳。
琥珀色の髪と瞳を持つ、儚げな美貌の王子様。
ルイ達とは、母親が違うようで顔は似ていない。
まぁ、美形であることには変わらないけどね!
私、ほんとこの世界に来てから目ばっか肥えてる気がする。
結婚願望はあるので、婚期が遅れたらどうしてくれよう…(怒)
そんな冗談は置いておいて、やっぱり一番美人なのは身内のよく目でルイかなぁ。
(女の子のリィは除外して考えるとね)
最近、感覚が姉っていうより、母に近いんだけど…。
うん。やっぱり、うちの子が一番可愛い!
「ユキ?」
現実逃避してそんなことを考えていたら、ディル王子に声をかけられた。
ここは、私の部屋からほど近い庭園のベンチ。
私が帰ってきたのが分かったのか、部屋から出て来たクウちゃんが膝の上にいる。
「ディル王子、今日はどんなご用で?」
「あなたに逢いたくて」
にっこり微笑みながら言う王子に、私の顔は思いっきり引きつる。
「ソレハソレハ…アリガトウゴザイマス」
王子と一緒にいると、いつもこんな感じ。
王子は決して本心ではないのに、こういうことをさらりと言う。
この国の女性達はこんな口先だけの言葉に喜ぶのだろうか。
これだけの美形だから、本気で言われたら私だってどきっとかするのかもしれないけど、明らかにお世辞ということが分かってしまっているので、背中がむず痒いというか、何というか。
だってね、言葉の割に瞳に力がない。
にっこりとしたその笑顔だって、絶対に本心からのものじゃない。
そんなことを冷静に観察できるくらいには、私も男性に免疫があるからね。
何しろ、こう見えて私は王子よりも年上!
だから、いつも私は困ってしまう。
王子にどう接したらいいのか分からなくて。
「ユキが好きなものを教えてください」
当たり障りのない話をした後、王子がそう尋ねる。
「クウちゃんです」
即答する私に、クウちゃんは嬉しそうにきゅいきゅい鳴き、王子は苦笑する。
「何か他にありませんか?」
「…甘いもの?」
さっきリィの所で食べたクッキーを思い出して、言う。
「では、今度菓子を持って遠乗りにでも出かけましょう」
いい所があるんです。と続けて王子が笑う。
あ。ほら、また無理した笑顔。
「ディル王子」
「何です?」
「どうして、私を誘うんですか?」
「決まっているでしょう?一緒にいたいからです」
「それは、嘘でしょう?」
うん。これはいい機会かもしれない。
しっかり話をしようじゃないの。
「嘘?」
首を傾げる王子にこくりと頷く。
「嘘です。王子は何の目的があって、私を誘うんですか?」
「目的など…」
きゅっと眉根を寄せて話す王子様は、本当に綺麗で女の子みたい。何だか小動物を追いつめている気分になる。
「私に近づくメリットは何ですか?」
王子だけじゃなく、最近私の所に人がたくさん来るようになった。
そのほとんどが貴族のオジサンばっかりで。
何も説明されていないけど、私というより「ディールの姫」に何かしら政治的な利用価値があるということなのだろう。
「直接的ですね」
王子は苦笑する。
「回りくどいのは、好きではないんです」
真面目な顔で答えると
「あなたが、ディールの姫だから」
ふっと溜息をついて、諦めたように王子は言う。
「王子は無理しています。無理してまで近づきたいと思う『ディールの姫』の利用価値とは何ですか?」
「私にそれを聞きますか?」
苦笑しながら言う王子に、ピンとくる。
「違う人に聞いた方がよさそうですね」
「その方がいいでしょう。宰相ルドルフあたりが適任でしょうね…」
「覚えておきます」
「…でも、私があなたに近づこうとしたのは母上の希望だからです」
「王妃様の?」
先日会った、年齢不詳の王妃様の顔を思い出す。
うん。ディル王子はお母さん似だ。
「母上は私が王となることを強く望んでいます」
ぽつりと零れた言葉に私は首を傾げる。
確か、ディル王子のお母さんは初めは王の側室だった筈。
前王妃様が即位されてからしばらく、子どもができなかったのでディル王子のお母さんが側室としてあがって、ディル王子を産んだそうだ。
だけど、その後、前王妃様がリィを産んで。程なくして、ルイとレイという王子を産んだ。
あまり体が強くなかった前王妃様はその後は体調を崩して、亡くなったとか。
それで、ディル王子のお母さんが王妃様として即位した…っていうのは聞いていたけど。
順番でいったら、王子が次の王でしょ?
その言い方は、よく見かける後継者争いなんかがあるの?
「私の意志など関係なく物事は進んでいきます。それも、この立場であれば仕方のないことですが。だから、ルイシークには感心しているんです」
「ルイに?」
私の言葉に王子はこくりと頷く。
「ルイシークはすごい。今回のことも決して私を責めようとはしない」
「今回のこと?」
「命を狙われたことです」
さらりと言われた言葉に血の気が引く。
今、王子は何と言った?
「どういうことですか?」
「ご存知無いのですか?ルイシークの命を狙ったのは母上の手の者達です」
「ど…して…」
「彼は優秀だから。彼が生きていれば私が王になることは叶わないから」
自嘲的な笑いを貼り付けて、王子は言う。
私達の近く、気にならない程度の位置には王子や私の近衛兵がいる。
普通に話していれば彼らに聞かれてしまう声で、淡々と言う王子にこれが周知の事実なのだと悟る。
自分が襲われたことに関して、ルイは何も言わなかった。
何か言えない理由があるのだろうと、私も聞かなかった。
それが、こんな理由だったなんて。
ルイは知っている。
自分の命を狙った人達を。
「ディル王子は…知っていて止めなかったんですか…?」
「私では母上を止められません」
当然のように、さらりと王子は言う。
「質問を変えます…。ディル王子自身はルイを殺してまで王になりたいのですか?」
「…それには答えられません。…ただ、もう少し穏便な方法があってもいいかと思いますよ」
にこりと笑ったその表情に、私はキレた。
もう、ここ数年こんなに怒ったことはないという位、キレた。
クウちゃんの名前ミス直しました!
ご指摘ありがとうございます