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第4話 光の前の眠り

眩しい光につつまれて、思わず目を閉じた、


しばらくして、光が止む。

恐る恐る目を開けると、揺れる天井があった。

座席が高く、足が床に届かない。


目を開けるとそこは馬車の中だった。


「安心せえ、ここはわしの馬車じゃ」


向かい側には公爵が座っていた。


一体何が起きたのだろう。

無事に抜け出せたのだろうか。


困惑した私の顔を見て、公爵は言った。


「いいか、お前さんは死んだ。」


意味が、分からなかった。

膝の上に置いた手が、動かなかった。


そんな私を見て、公爵はわずかに笑った。


「……冗談じゃ」


「心臓も、ちゃんと動いとる。」


「わしの魔法でな。お前さんが死んだように細工しておいた」

「あやつらの目は、しばらく欺けるじゃろう。」


ほっとした。

胸の奥に溜まっていたものが、ゆっくりと落ちていく。


そのとき、馬車が門をくぐった。


王都を抜け出したんだ。


遠くから見える王都は明るく、賑わっていた。

外から見ると、こんなふうなんだ。


その光を見た瞬間、

ふと、あの部屋を思い出した。


光の届かない部屋。

窓はあっても何も見えなかった。

ただ、暗かった。


もう一度、馬車の外を見る。


灯りがあった。

人の気配があった。


息が詰まった。


どうしてか、涙がこぼれた。


公爵は、私を見つめていた。

怒られない、と分かっていた。


私の涙が止まる頃、公爵は口を動かした。


「お前さんに、新しい名を与える」


「それはーー」

「お前さんが強くなる、その時まで守る名じゃ」


その意味を、すぐには理解できなかった。


気がつくと、あたりの雰囲気が変わっている。


馬車の揺れが変わる。

石の硬さが消え、音は静かだった。

窓の外の光が徐々に薄れ、王領特有の眩しさが遠ざかっていく。

代わりに、白い霧、冷たい空気。


「ここからが、ヴェイルヘイヴンじゃ」

公爵が、そう言う。


王領は、真ん中にある。

北には、厳しい土地。

西には、霧の谷。


南は、賑やかで。

東には、学ぶ場所があると、読んだことがある。


そして、今

私はその西にいた。


谷が深くなり、霧が道を覆い始める。

木々に絡みついた霧が光を反射していた。


ほどなくして、谷の中に町が見え、

馬車はゆっくりと止まった。

ロウミルと呼ばれる、小さな町だった。


「少し休む」

公爵はそれだけだった。


公爵の後を追い、店へと向かう。

水車が霧の中で回っている。

あたりの人は少なかった。

けれど、霧の中の灯りは暖かく、優しい。



店の中は、外よりも明るい。

霧は扉の向こうに押し戻されて、暖かな空気だけがゆるやかに満ちている。


公爵は席につくなり、店員と短く言葉を交わす。

迷いはなく、声も低い。

この町に慣れているのだろう。


ほどなくして、木の机にスープとパンが置かれた。

その煌びやかな見た目に私は目を奪われた。

あの部屋で食べていたものとはあまりにも違う。


匂いを吸い込んだ瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。


パンは指が沈むほど柔らかく、スープは、冷えきった身体にゆっくりと染みてくる温度だった。


「…これが、暖かさじゃ」


エリアスの言葉の意味は、分からなかった。

それでも、私は黙って匙を動かした。


そのとき、店の隅で、誰かが話し始めた。


「……聞いたか?」

男の声だった。


「王領の話?」

女が少し身を乗り出す。


「第二王女が亡くなったそうだ」

別の男が言う。


「まだ子どもじゃなかった?」

今度は低い女の声。


「病だとか」

「いや、処刑だとも聞いた」


「王家のことは、よく分からないね」

女の声が震えていた。


「どっちにしても…もう、いないんだろう

さ。」


生きているのに

私は、もういないことになっている。


死ぬのは、二度目だった。


「……そういうことじゃ」


私たちは店を出た。


店を出ると、霧がまた足元にまとわりついた。

馬車は、谷の道を進む。

石と土の匂い、水の流れる音。


ふと、何かに視線が引き寄せられる。


谷の奥、霧の向こう。

黒い影が、そびえていた。


塔だ…。


細く、高く、

まるで天を突き刺さすかのように立っていた。


「あれは……」


言葉にする前に公爵が言った。


「魔塔じゃ」


それ以上はなかった。


見てはいけないものを、

一瞬だけ見てしまった気がする。

目を離したときには、霧が魔塔を隠していた。


身体が、重い。


瞼を閉じるつもりはなかった。

ただ、視界が暗くなっていく。


「……休め」


公爵の声は、遠かった。


それを最後に、私は眠りに落ちた。


――目が覚めると、

天井があった。


石の色、距離も、あの部屋とは違う。


身体を起こそうとして、柔らかさに気づく。

ベッドだ。

……こんなにも柔らかいんだ。


しばらくあたりを見回して、ここが城だと分かった。


扉の向こうで、かすかな音。


やがてノックが聞こえた。

返事をしようとするが、その前に扉が開いた。


若い女の人がたっている。

控えめな服。

手を前で組み、少しだけ顔をこわばらせていた。


「……お目覚めですか?」


声は小さくて、慎重だった。


「私は、マーシャと申します。」


一礼するがぎこちない。

視線は合うようで、すぐに外れる。


慣れていない。

それが、すぐに分かった。


「何か、ご用があれば……」


そう言って、言葉を探すように口を閉じる。


私は何も言えなかった。


この城に、私を世話する人がいる。

それだけで、胸の奥が少しざわついた。


「あ……あの…」

「……お名前は、どうお呼びすれば」


少し、間が空いた。


「ベレナ……です」


「ベレナと、呼んでください。」

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