第1話 処刑場の誓い
冷え込む牢獄の中で、
私は凍えることしかできなかった。
私ともう1人、
牢獄には老人がいた。
髭が生えた今にも死にそうな見た目だった。
「わしは反逆罪で、
この牢に放り込まれたんじゃ」
「年のいった老人にとっては辛い場所じゃのう」
「お前さんは?」
老人は私の不安を消し去るように、
気さくに問いかけた。
「エリーゼ=ウィングス」
私はそう名乗った。
「……第二王女です」
「姉のスザンヌ第一王女の策略によって処刑を言い渡されました。」
私がそう言うと、
老人はたいそう驚いた様子で私のことをじっくりと見た。
「ああ……」
「お前さんはカルディウスの娘であったか」
老人は私の顔を見る。
「その赤みがかった金髪、知性を感じる青色の目、やつにそっくりじゃのう」
「第二王妃様のことがあってから王家は大変だったであろう」
「お前さんに一体何があったのかね」
少なくともこの老人は、私の味方でいてくれそうだ。
老人の放つ気迫に圧倒されながらも、
どことなく優しさを感じた私は、
全てを話すことにした。
「私..ママが死んだ日から暗闇のような人生でした」
「第一王妃やお姉様は私をまるで汚いもののように扱ったんです……」
「部屋はただトイレや古いベッドが置かれた簡素なもの、食事はカビの生えたパンがほとんどでした……」
「時には水さえもくれない時もあったんです……」
「……でも私はそんな中でも諦めなかったんです」
手が震える。
「ママが持っていた本を隠し持って、毎日勉強を続けました……」
声が少しづつ強くなった。苦しい、喉が痛いのに止まらなかった。
「お姉様は……そんな私を見てこう言うんです…」
「『まだそんなことをしてるの?』って」
「その目は冷たくて……怖くて……」
「お姉様は私が勉強を続けて、少しでも賢くなったことを脅威に思ったみたいです」
「私はただみんなの役に立ちたかっただけなのに……」
涙がゆっくりと頬をつたう。
私は大きく息を吸って、老人を見上げた。
「お姉様は……私を裏で国を操ろうとする魔女とみなして罪をでっち上げ……反逆罪と魔女罪で私をここに閉じ込めたんです」
涙が止まらなかった。
五年間、誰にも言うことができなかった気持ちが、溢れ出てくるようだった。
老人は私の話を聞いた後ゆっくりと息を吐いて、薄茶色の目で涙で濡れた私の顔を見つめる。
やがて、低く落ち着いた声で優しく問いかけた。
「お前さんはどうしたい?」
その言葉は牢獄の空気を切り裂くようだった。
老人の威厳のある声に、
初めて本気の問いかけが混じっているように聞こえた。
「復讐か?それとも………ただ生き延びたいのか?」
「わしはお前さんの生き方に興味があってな」
「………答えを聞かせてくれぬか?」
老人の言葉が、心の奥に刺さった。
そんな言葉を投げかけてくれる人は、誰もいなかった……
「…ママはお父様と一緒に国を豊かにすることを誓いました」
「でも今は……本当に酷い有様で……民は飢えに苦しんで、街では盗みや殺人などで溢れかえってます」
「私が……」
思わず口出る。
「…ママに変わって」
私は涙を拭った。
「私が……」
「この国を豊かにしたいんです」
老人は満足そうに私を見つめていた。
……どうして。
どうして見ず知らずの私に、
そのような顔ができるのだろう。
「あなたは……。」
声が震えた。
喉が詰まって言葉が続かない。
そう言いかけた途端––––
鉄の扉がこじ開けられる音が響いた。
外から差し込む光が、牢の暗闇を切り裂く。
衛兵たちだ。
衛兵の1人が剣の柄に手をかけ、苛立たしげに吐き捨てた。
「時間だ。」
「エリアス=ヴェイルヘイヴン、外へ出ろ。」
その言葉が牢に落ちた。
その名前を聞いた瞬間、
彼の全てがわかった。
エリアス=ヴェイルヘイヴン。
ヴェイルヘイヴン公爵家の当主にして、
カルディウス王の宰相。
最強の魔法使いだった男だ。
衛兵たちが彼を連れていくその時、
彼は私に一言だけ残した。
「お前さんはお前さんのやりたいことをやればいい」
「このエリアス=ヴェイルヘイヴンが保証する。」
そう言って彼は連れ去られて行った。
私は鉄格子に額を押し付け、
ただ見送ることしかできなかった。
……保証する、って。
どうやって?
……もうあなたは死ぬのに……。
衛兵たちがエリアスを連れ去った時、
牢は再び静けさに包まれた。
静かすぎて、
……かえって怖かった。
鐘の音が鳴り響く。
……処刑の合図だ。
エリアスの声が、
耳に残っている。
涙がまた溢れた。
どうして彼が死ななければならないの?
外からは悲鳴と歓声が混じった音が聞こえた。
悲しみにくれる中、
ふとポケットに何か固いものが当たった。
……ペンダント?
震える手で取り出してみる。
小さな銀のペンダントだった。
表には紋章。
これは……
ヴェイルヘイヴン家のものだった。
裏を返した瞬間––––
息を呑んだ。
––「自分を信じろ。」
その一言があった。
私はペンダントを強く握りしめた。
彼がそう言ってくれたなら、
きっと……できるのかもしれない。
でも、
その希望は長く続かなかった。
––––数日後。
再び扉が開き、今度は私の名前が呼ばれた。
「時間だ」
「エリーゼ=ウィングス。外へ出ろ。」
衛兵に両腕を掴まれ、
牢の外へ引きずり出される。
足は震えていた。
けれど、
不思議と怖くなかった。
遠くから、
民衆のざわめきが聞こえてくる。
……処刑場だ。
広場に出ると、眩しい陽光が私を照らした。
群衆が私を指指し、
罵声を浴びせる。
「魔女の娘!」
「反逆者め!」
私は上を見上げた。
処刑台の上には姉のスザンヌが立っていた。
アルカディアの端正な顔立ちが、
冷たく私を見下ろしていた。
……お姉様。
彼女はゆっくりと口を開いた。
「エリーゼ」
「お前は政治を裏で操り、禁忌の魔法を使い、
王位を簒奪しようとした罪で、ここに引き出された」
「……お前の最期を、
民に見届けてもらいなさい」
その顔は笑っていた。
剣が振り上げられる音がした。
私はペンダントを握りしめたまま、
静かに微笑んだ。
……ママ。
……ごめんなさい。
私、まだ何もできなかった。
最後に、
ペンダントの裏に刻まれた文字が頭に響く。
「自分を信じろ。」
……信じたい。
自分を信じたい。
剣が落ちた。
世界が暗くなった。




