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第3話 あなたの名前

「ここにくる前から、私は……」


「ずっと物のように扱われたのよ……!!」


ベルベットが強く手を握りしめる。


「なのに……!!」


「なんで、あなたは……!」


「ーーそんなの知らないよ」


クララが私を見る。


「でも」


「マーシャを傷つける理由にならない」


チッ……


ベルベットの舌が鳴る。


次の瞬間、


クララの身体が弾かれた。


小さな身体が宙に浮く。


次の瞬間、

床に叩きつけられた。


空気が詰まるような声が漏れた。


怖い……

息がうまく吸えない。

足が動かない。


私の代わりにクララが、

倒れた。


私はただ、見ていることしか出来なかった。


それでもクララは笑っていた。


––大丈夫だよ


クララの口元は、

そう言っているようだった。


その笑顔が、

なぜだか少しだけ怖かった。


「あなたを見ると、苛立たしいわ」


ベルベットがクララに近づく。


「可哀想な人……」

「あなた、人が信じられないのよ」


クララがそっと呟く。

その目はどこか空虚だった。


ベルベットの手が動いた。


次の瞬間、

クララの頭が地面についた。


「その顔をやめなさい……!!」


「何笑っているのよ」


「……だって」

「笑わないと……」


その声は、泣いているのに笑っていた。


赤い色が広がる。


「あいつに守る価値なんてないのよ」


ベルベットの靴が動く。


私は、目を逸らせなかった。


何度も何度も、

クララの身体が揺れた。


その度に、

口元の笑みが歪んでいく。


目だけが、

笑っていなかった。


ベルベットは止まらなかった。


「どうして……」


「どうして元貴族なんかを守れるの……?」

「私たちはなんだったのよ!!!」


勢いが強くなった。


止めないと。

クララが……


そう思ったのに、


足は動かなかった。


クララが守ってくれる。

そう信じていた。


「あなたにマーシャの何がわかるの?」

「何も知らないくせに」


クララは歯を食いしばった。


「分かっていないのはあなたの方よ……!!」

「苦しみを、痛みを知らない……!!」


「その上、そいつを守るなんて!!」


さらに強くなる。


ベルベットの腕が大きく振りかぶった。


その瞬間、


「わ……」

「私は……」


ベルベットはクララの目を見た。


そこには怒りも恐怖もなかった。

ただ、何かを守ることしか見えていない目だった。


「––マーシャ……」


掠れた声だった。


血が流れているのに、

クララは笑っていた。


その目が、

私だけを見ていた。


逃げられないと思った。


「……気持ち悪い」


そう言って、ベルベットはその場から消えた。


ベルベットの足音だけが遠ざかっていった。


沈黙。


足の震えが止んだ。


ようやく体が動いた。


クララの元へと駆け寄る。


––離れたくなかった。


クララが立った。


顔はぐしゃぐしゃになっていた。

それが血なのか涙なのか分からなかった。


それでも、私に向かって微笑んだ。


「……私は大丈夫だよ」


嘘だ。


それが嘘だと分かっていた。


それでも、

私はクララを信じた。


そうしないと、

立っていられなかった。


部屋までの廊下は空気が重かった。


クララの隣は、

暖かいのか、冷たいのかよく分からなかった。


「マーシャ……」


クララが口を開ける。


「私ね、謹慎になっちゃった」

「一人でも大丈夫?」


ぼろぼろの顔で私を見つめた。

 

その視線は温かかった。


「うん、頑張ってみるよ」


そう言わないと、

クララが壊れてしまいそうだった。


「よかった……」

「じゃあね」


「また」


扉が閉まった。


その向こうで、

何かが壊れる音がした。


私は、

その前から動けなかった。


侍女達の足音が近づく。


私を見る。


私がまるでそこにいないかのように、

侍女達は去っていった。


廊下には、

私の影だけが残った。


視界がだんだんぼやけていく。


体がふらつく。


あぁ……

立っていられない。


私はその場に倒れ込んだ。


冷たい床が頬に触れた。


意識はあった。


けれど、

起き上がろうとは思えなかった。


クララの扉に手を伸ばした。


届かなかった。


しばらくして、

足音が近づいた。


「……立てるか」


聞き覚えのある声だった。

けれど思い出せなかった。


口が開かない。


その人はため息をつく。


「仕方がない……」


そう言うと、

私の体は浮いた。


誰かの腕が背中に回った。


揺れとともに、

私の意識は沈んでいった。


気がつくと、

私の部屋に戻されていた。


整えられたベッド。

本もない。


クララのくれた花は枯れている。

少し触れると、

花が落ちていく。


生きた気配がしなかった。


誰が運んだのかは、

最後までわからなかった。


––大丈夫?


大丈夫じゃないよ……


クララがいない世界では、

私は存在できない気がした。


嫌だ。

嫌だよ。


胸が痛かった。

息が浅くなる。


身体がどこか欠けたようだった。


目から溢れた涙が布団に染み込んだ。


目を閉じた。


隣に気配がした。


「マーシャ」


声がした気がした。


振り向いた。


誰もいなかった。


けれど、

まだ隣に誰かがいる気がした。


––朝日。


眩しい。


私はとっさにカーテンを閉めた。


行かないと。


どうしてかは分からない。


足が動き出した。


クララの部屋の前に立っていた。


扉に触れる。


冷たかった。


生きた気配がしない。


耳を澄ます。


すすり泣くような音がした。

気のせいかもしれなかった。


ドアノブを握る。


開けようとした。


けれど、

いつまでたっても手が動かなかった。


私はクララに会う顔がなかった。


クララを信じた。

クララを助けなった。


その扉が遠く感じた。


私は部屋に戻った。


背中に、

すすり泣きだけが残った。


どうしたらいいの……


教えて、

クララ……


私はただ俯くことしか出来なかった。


「名前……」


「呼んであげればよかったなぁ……」

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