応募資格通知
朝は和食でも洋食でも、”朝ごはん”として何かを食べないと一日のハジマリとしてどこか物足りなく感じてしまう。
ピロン。
昨日の夕方に届いていた一通のメールが、俺の人生を変えることになるなんて、この時の俺はまだ知らなかった。
――三月九日。
「ん~~♪……ジャー!」
陽気な鼻歌を口ずさみながらシャワーを浴びる。
もっとも、その声は勢いよく流れるお湯の音にかき消され、浴室の外まで届くことはない。
朝のシャワーを終えると、水滴を拭き取りながら制服に袖を通す。
夏でも冬でも、朝にシャワーを浴びるのが俺の日課だった。
「真斗ー! 朝ごはんできてるから早く食べちゃってー!」
母さんの声がリビングから響いてくる。
「はーい! 今行くー!」
髪を軽く整えながらリビングへ向かうと、父さんと姉さんはすでに席について朝食を食べ始めていた。
「おはよ~」
「おはよう」
食卓には湯気の立つ味噌汁に焼き魚、卵焼き、それから炊きたての白ご飯。
昔からうちの朝は和食だ。これを食べると「ああ、一日が始まるな」と自然に思える。
「おはよ。アンタ最近、夜更かししすぎじゃない? ちゃんと寝てる?」
味噌汁に手を伸ばそうとしたところで、姉さんから痛いところを突かれた。
「う……寝てるよ……?」
「はい、嘘。なんだっけ? セン……なんとかってゲーム。短縮授業だからって毎日遅くまでやってるじゃん」
「ちょっ、姉さん!」
慌てて止めようとした時には、もう遅い。
「真斗」
母さんが静かに俺の名前を呼ぶ。
「短縮授業だからって、ゲームばっかりして夜更かしするのはダメよ? ちゃんと生活リズムは守りなさい」
怒鳴られたわけじゃなくむしろ声は穏やかだった。
だからこそ、こういう時の母さんは一番怖い。
高校一年最後の三学期。
最近は午前中だけの短縮授業が続いていて、昼過ぎには家へ帰れる。
だから最近は、昼飯を食べてから夜まで『センターマイン』三昧だ。
「……いや、昨日はちょっとキリが悪かっただけだし」
誰に言い訳するでもなく、小さく呟く。
昨夜も「あと一戦だけ」のつもりだった。気付けば日付が変わっていたのだから、姉さんに言い返せる立場じゃない。
それに、勝った時や目当てのアイテムを手に入れた時は……少しくらい騒いでしまっていた自覚もある。
……まあ、少しくらい。
そんな言い訳を頭の中で並べながら、俺も朝ごはんを食べ始めた。
「いただきます」
焼き魚をほぐして一口。
味噌汁をすすり、ご飯を頬張る。
「……うん、やっぱ美味いな」
何気なくテーブルの端に置いてあったスマホへ目をやると画面に映る多くの通知の一件が目に留まった。
昨日の夕方、俺宛てに届いていたメールだった。
「……あれ?」
今まで全然気付かなかった。
まあ、スマホなんて目もくれずにゲームをしていたんだから、気付かないのも当たり前なんだけど……。
いつも新作ゲームの情報やいろいろなゲームニュースを確認するのは朝のこの時間や学校の合い間だ。
だが、そのメールは見慣れたゲームニュースでも、運営からのお知らせでもなかった。
差出人も、件名も見覚えがない。
(なんだろう……)
少し気になり、スマホへ手を伸ばす。
その瞬間――。
「真斗~?」
母さんの穏やかな声が飛んできた。
「真斗~? ごはん中はスマホいじらない。できるわよね~?」
「っ!! ……はい」
伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。
……あぶなかった。
メールの内容は気になる。
だけど、今ここで確認したら母さんにもう一度注意されるのは目に見えている。それなら登校中か、学校の休み時間にゆっくり見ればいい。
そう自分に言い聞かせながら残っていた朝ごはんを食べ終え、食器を流しへ運んだ。手早く歯磨きを終わらせてから制服を軽く整え、鞄を肩に掛ける。
「行ってきまーす!」
「いってらっしゃい」
「寄り道しないで帰ってくるのよー」
母さんに見送られながら玄関の扉を開けると、春が近づいてきたことを感じさせる柔らかな風が頬を撫でた。
(……さて、あのメールは何だろう)
本文を読むより先に、俺はメールを一気に最後までスクロールした。
普通のゲーム会社なら、運営名は最初に書いてあることが多い。なのに、このメールは最後まで読まないと送り主が分からないようになっていた。
「……オビタル!」
その名前を知らないゲーマーは、おそらくいない。
三年前、世界初のフルダイブ技術を実現したと発表し、一夜にして世界中の注目を集めた企業。
それまで無名だったにもかかわらず、その革新的な技術力で業界の常識を覆し、今ではニュースやゲーム番組でその名を見ない日はないほどになっている。
その中心にあるのが、オビタルが開発を進める世界初のフルダイブ型VRゲーム――《Project AXIS》だ。
もっとも、発表当初こそ世界中を驚かせたものの、その後は開発状況がほとんど明かされることはなく、世間に伝わる情報もごくわずかだった。
だからこそ、「本当に開発は進んでいるのか」「計画そのものが頓挫したんじゃないか」といった憶測まで飛び交うようになっていた。
そんな沈黙が続く中、最近になってようやく飛び込んできたのが『Project AXIS』クローズドβテスト実施のニュースだ。
しかも、その参加方法などは公表が一切なく噂では、限られたプレイヤーだけに応募資格が与えられるという。
「……なんで、俺のところに?」
思わずそんな言葉が漏れた。
世界中のゲーマーが注目しているオビタル。その開発チームから、よりにもよって俺宛てにメールが届くなんて考えたこともない。
しかも、宛名は本名ではなくゲーム内で使っているユーザーネーム『KaGuMa』だった。
俺はオビタルのゲームサービスを利用するために、普段から『KaGuMa』の名前でオビタルIDを登録している。
『センターマイン』もオビタルのゲームプラットフォームに対応したタイトルの一つで、ログインにはそのIDを使っていた。
だから、ユーザーネームやメールアドレスを知っていること自体は不思議じゃない。
「……それでも、俺のところに来た理由は分からないけどな」
そんなことを考えながら歩いていると、気付けばいつもの通学路を抜け、学校へ着いていた。
昇降口で上履きに履き替え、そのまま教室へ向かう。廊下では友達同士が楽しそうに話し、教室の中も朝の賑やかな空気に包まれていたが、今の俺にはその声がほとんど耳に入ってこない。それくらい、さっき見つけたメールのことが頭から離れなかった。
自分の席へ鞄を置くと、周囲を気にしながらもう一度スマホを取り出す。
送り主は間違いなくオビタル・システムズ。
それなら残る疑問は一つしかない。
「……何の用なんだ?」
胸の鼓動が少しだけ速くなるのを感じながらメールを一番上まで戻り、小さく息を吸って本文へ視線を落とした。
そこに書かれていたのは――。
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Project AXIS
クローズドβテスト応募資格通知
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プレイヤー名:『KaGuMa』様
突然のご連絡をお許しください。
私たちはオビタル・システムズ『プロジェクト・アクシス』開発チームです。
この度、貴方を『プロジェクト・アクシス』クローズドβテストの応募資格者として選出いたしました。
『プロジェクト・アクシス』は、現在弊社が開発を進めている世界初のフルダイブ型VRゲーム『アクシス・アース』のプロトタイプゲームです。
本テストでは一般公募を行わず、開発チームによる独自調査のもと選定されたプレイヤーのみに応募権を送付しております。
私たちは様々なゲームタイトルにおけるプレイヤーデータ、戦績、攻略履歴、コミュニティ活動などを長期間にわたり調査・分析してきました。
その中で、貴方がプレイする戦略シミュレーションゲーム『センターマイン』に注目いたしました。
貴方は同ゲーム内において、
・通算平均評価【AA】
・最高評価【S】
・高難易度マップ攻略実績
・少人数編成での攻略成功記録
・複数の未発見ギミック発見
・独自戦術の構築および実証
などの実績を残しています。
しかし、私たちが評価したのは戦績そのものではありません。
既存の攻略法に依存せず、自ら観察し、検証し、答えへ辿り着こうとする姿勢。
未知の問題に対して柔軟な発想で挑み続ける思考力。
そして、誰も見落としていた可能性を発見する探究心。
それこそが私たちが求める資質でした。
今回の応募資格通知は、貴方一人だけに送られたものではありません。
各ゲームタイトルにおいて優れた成果を残した戦闘プレイヤー、探索者、生産職、指揮官、研究者、検証者など、多様な才能を持つプレイヤーへ同様の通知が送られています。
私たちは最強のプレイヤーだけを集めたいのではありません。
未知の世界を攻略するために必要な人材を集めたいのです。
もし貴方が参加を希望される場合は、下記専用URLより応募手続きを行ってください。
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【Project AXIS】
クローズドβテスト応募専用ページ
認証コード:
AX-********
応募期限:
2040年3月15日 23:59
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まだ誰も見たことのない世界が、貴方を待っています。
オビタル・システムズ
『プロジェクト・アクシス』開発チーム
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「……すご」
最後まで読み終えた瞬間、思わずそんな言葉が漏れた。
ここまで細かく自分のプレイを見られていたなんて思ってもいなかったし、AA評価やギミック発見といった実績を一つひとつ挙げられると、やっぱり悪い気はしない。
「やば……めっちゃ褒められてる」
思わず頬が緩む。
もちろん、テスターへ応募してもらうための文章なのだから、多少は大げさに書かれている部分もあるだろう。それでも、自分が積み重ねてきた時間や考え方を誰かがちゃんと見て、評価してくれていた。その事実だけで胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
自然ともう一度メールの最後へ目を落とす。
『まだ誰も見たことのない世界が、貴方を待っています。』
その一文を読んだ瞬間、不思議と胸が高鳴った。
まだ誰も知らない世界で、まだ誰も攻略していないゲーム。その最初の一歩を自分が踏み出せるかもしれないと思うと、期待と高揚感が胸の奥からじわじわと込み上げてくる。
「……まぁ」
自然と口元が緩んだ。
「断る理由なんて、ないだろ」
迷う理由は一つもなかった。
俺は応募ページを開き、必要事項を確認しながら認証コードを入力していく。一つひとつ間違いがないことを確かめると、最後に表示された応募ボタンへ指を伸ばし、そのまま迷いなく押した。
画面には『応募を受け付けました』という文字が静かに表示される。
その表示をしばらく見つめたあと、ゆっくりとスマホの画面を閉じた。
この時の俺は、まだ知らなかった。
今日、何気なく押したその一回のクリックが、これから先の俺の人生を大きく変えることになるなんて。
マイペースに更新していきます!




