第10章 Two Sides of the Same Coin【梅雨入り】
京都に来て2週間が経過した。
もうしっかりと梅雨に入っていて、年々上がる気温と湿度は犬猿の仲という程相性が悪かった。
俺は、2週間の間に角と尻尾の出し方を教わったり、青龍が司る神庁の位置づけを勉強した。
しかし、3日ほど前から体調を崩し、少しだけ寝込んでいた。
医者いわく、急な環境の変化と身体の進化でバランスを崩しただけだそうだ。
雨は夜から降っていた様だが、絶えることなく降り続いてる。この雨は誰が降らしているのだろう。どんな意味があって降っているのだろう。
前まで気に留めなかった天候が、恋焦がれる相手の気持ちを伺う様に、急に愛おしく狂おしく感じる。
朝5時、古い作りの薄暗い和室に現代の電子音が響いた。
トットコ
《京都は暑い?体調崩してない?》
お母さんだ。こんな時間まで漫画を描いていたのだろうか?
ご飯大丈夫なのかな。この人飯食わないで酒ばっか飲むからなぁ。せめてスーパーの惣菜でも食べてくれてたらいいんだけど。
まぁ、大人だからどうにでもなるだろうが。
俺は頬を緩めながら、暗闇で当たり障りない返事を打っていたが、本当に話したい事を綴ることは出来なかった。
お母さん、本当の事はいつ話し合えるのかな。
***
もう一度目を開けると、薄暗かった部屋は目を刺すような明るさに包まれてた。
晴れたのか。
梅雨の間に訪れる晴天は、雨が悪者だと証明するかの様だ。嫌気がさすほど空が高い。
散々喜ばせた後、夕方にまた雨を呼び出して悪者にする。
「おはようございます。星様」
今日も今日とて顔が整った白龍が、俺の顔を覗き込んだ。太陽とも相性がいいんだなぁ。
「体調はいかがですか?」
「もうすっかり!てか暑いな〜今から夏の京都怖え〜」
俺が浴衣の襟元を緩めてパタパタと仰ぐと、
露木はピッとエアコンのスイッチを入れた。
「何故除湿をいれないんです?」
「え?エアコンあったの?」
「ありますよ〜いくら昔ながらの置屋と言えども命に関わりますからね」
やれやれと、笑いながらそのまま窓に面している襖を開けて外の光を部屋に直接浴びさせた。
「あのさ、観光してきていい?」
「え?あぁ!是非!ですが、今日私は会議がありますので…夕方からか、明日なら何時でも!今度は川床で食事しましょうか!?あ!嵐山もいいですね!!」
瞳の奥でパレードが始まったのかと思うほど、派手な光で俺を捕らえて圧をかけてくる。
「1人で行ってもいいかな?」
「…へ?」
露木が発したとは思えないほどの情けない気の抜けた声がポツリと和室に置かれた。
「え、だめ?ちょっと1人で外出したいんだけど」
「…だめです。そんなふしだらな!!」
「なっ!ふしだらってなんだよ!」
「龍の姿で歩かれるのは、星様を見えている関係者に驚かれるでしょうし…高校生の姿では可愛すぎて、外国人観光客に誘拐され…祖国に連れて帰られてしまうかもしれません!」
「んなわけあるかい!」
「大阪まで行って新喜劇を見て、たこ焼き食いてーんだよ。それだけ」
「私と行けばいいでしょう!?」
「今日しか好きな芸人が出ないんだよ!」
露木はむっと顔を歪ませ大きく息を吸い込んだ。
「芸人と私どっちが大事なんですか!!!!!!!!!!」
***
俺は祇園四條駅から京都本線特急に乗り、淀屋橋で御堂筋線に乗り換えて地下鉄「なんば」駅を目指した。
平日ラッシュ時間からずらしたせいか、人もまばらだ。
知らない街を通過する車窓からの景色は、異世界のようだ。座っている人も同じ日本人なのに言語が多少違うだけで、異国の人の様に感じる。
1番異様なのは俺なんだけど…。
なんば駅を降りて地上を歩いて、なんばグランド花月を目指す。
途中でたこ焼きソースの香りに負けそうになったが、新喜劇が終わってからゆっくりと味わう事とする。断固たる意志だ。
予約したチケットを発券して、劇場内に入ろうとすると隣の機械前で着物姿で唸っている男がいた。艶やかな髪からは真っ白な顔が覗いているが、真っ白なのは肌だけではない。
顔の半分は包帯で覆われている。
「ちょっとあんさん!これどうやんの!?」
しまった、見ていたのがばれた。
しかし、着物か~。
なんか嫌な予感がするから関わりたくないけどお笑いチケットに罪はないしな。
「えっと…予約番号わかりますか」
「よやく…ばんごう…」
男は、あぁ!と声をあげスマートフォンを取り出しせっせと操作する。
お爺ちゃんの操作くらいぎこちなくて遅い。
「メールボックスみてもいいですか?」
「かまへんかまへん!頼むで!!」
にかっと笑ってスマートフォンを俺に差し出したので、俺は遠慮なくメールボックスから予約と検索し必要な情報を入手した。
笑った時に八重歯が見えたな。この八重歯、どこかしら見覚えがあるような。
「はい、出来ました、もう始まりますよ!」
チケットを渡すとおおきに!と大きな声と大げさなお辞儀でお礼をしてくれた。
なんか可愛い人だな。俺と同い年くらいかな?ちょっと上くらいの大学生とか?
「ほないくで!」
定番の関西弁を発すると俺の腕を掴み、浮かれた足取りでひっぱってくる。
俺もこれから始まる初めての生新喜劇に浮かれつつ、中へ足を踏み入れていった。




