第9章 Dragon’s Wrath【蛇】
露木に言われた通り、腹に手を当てたまま目を閉じた。
胎とは自分のどこに存在するのか。暗くて寂しい場所なのに、何故腹に温度を感じるのだろう。
「おい、何してんだ」
澄の声を目の前に感じて俺は瞼を開いた。
「何って。そこのお嬢様の調子が悪そうなので…星様に状況をみていただこうと」
露木が澄を睨みつけると、澄は目を細めて畳の真ん中に立ち尽くした。
「皆様。茶道は好きですか?」
その目は、クリっとした二重から、細い一重の目に変わり、瞳は金箔で覆われた屏風の様にわざとらしく輝いている。
女性たちは澄の突然の言動に戸惑いながらも、顔を見合わせ、えぇ。はぁ。澄様が素敵ですから。などとポツリポツリとこぼした。
「あぁーあ。澄って本当にバカだな~コントロール力がなさすぎる」
焔が胡坐をかいた太ももに肘をついて盛大に溜息をついた。
心底あきれている賛同のアピールなのか冽もわかるわかると呟いて焔の肩をポンポンと叩く。
「…澄様…今日は体調が悪いので失礼いたし…」
先ほど飴を口に含んだ女が立ちあがりその場を立ち去ろうとするが、瘦せすぎている身体はふらつき畳の上に倒れこんだ。
ヒィィッ…!!女性たちが悲鳴を上げたが誰も手を差し伸べない。
「ちょっと!大丈夫ですか!?」
俺が女性に駆け寄り、抱きかかえるが恐ろしいほど軽い。身体に必要な臓器が入っているのかと思えるくらいの軽さだ。
「水を…水を…」
女は涎を垂らしながら、俺の目を見て訴える。もう理性が働いていない。
冽がやれやれと言いながら立ち上がり、女にペットボトルを渡すと勢いよく奪い取り盛大に口からこぼしながら水を貪り飲んだ。
「澄様!いい加減にしてください!澄様が元凶なのは皆さまわかっています!!」
周りの女性たちは小さくなり、この情景を見て震えている。
純粋にお茶会を楽しみに来ているわけではなさそうだ。
「うるさい!!!!!!!黙れ!!!!!!青龍に仕える事しか脳がない白龍が!!!!」
澄は露木に襲い掛かるため勢いよく、振り返る。
振り返った澄の姿に俺は息をのんだ。
「お前…昔から邪魔なんだよ…っ。いちいち正義感振りかざして神様に指図してんじゃねえ…」
澄は露木の首を両手で掴むと、馬乗りになって無我夢中で首を絞めている。
「うぐ…っ」
澄の手は鱗にびっしりと覆われていて、俺と露木が龍になった姿に似ていた。
鱗は外で見た毒々しい空の色と同じで、毒々しい紫色をしていた。その色を見た瞬間俺は胃からこみ上げてきそうな不快感を覚えた。
「やめろ!!澄!!!お前星より年上だろ!?本当にクソガキだな」
冽が澄の着物の衿を掴むと、乱暴に振り回し華奢な身体を畳の上に投げ飛ばした。
仕舞っていた耳も尻尾も本能のままにむき出しになっている。
「露木…!大丈夫か!?」
俺が露木に駆け寄ると、露木は咳をしていたが深呼吸をして口元の涎を手でふき取った。露木も、バリ…バリバリ…シュル…シュルシュルと音を立てて白龍の姿をむき出しにした。
「ふふ、ご心配ありがとうございます。あぁ、せっかく入れて差し上げたのに…」
露木を抱き寄せ、腰をゆっくりと撫でる。
俺は気が付いた。俺も尻尾が出ている。もちろん角もだ。
「あーぁ。澄ちゃん、詰めが甘いんだよ。はははっ」
焔が高笑いすると、しゃがんで女性に顔を近づけ手を広げた。
女性は焔の姿を見ると、ガタガタ震えながら鞄やポーチ、ポケットの中から飴玉を次々と取り出した。
ジップロックに入れたり、缶に入れたりと様々だが、ひどく痩せた女はむき出しのまま飴を震える手で畳に放った。
放たれた飴は音を立てる事もなく自由に広がっていった。
「飴ちゃんで儲けたお金はどうしたの?出せる?」
粘膜に刺を刺すような笑顔で冽も女性に向かって手を広げている。
確実に笑っているのだが、白虎の牙を見る女性もまたガタガタと震えながら札束を次々と取り出した。
抹茶の香りが漂う市役所の茶室の畳で、ゴロゴロと札束が空しく転がっていた。




