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第9章 Dragon’s Wrath

「早く!早く来てくだせえ!!」


赤沼の後に続いて紅殻格子が続く花街を歩く。

紫の空と紅殻格子が対立しているのか同じ視界に入れると気分が悪くなる。


俺は、尾が地面につかぬよう尾てい骨辺を意識した。すると、少し尾は上にあがり地面を引きずることがなくなった。


「お上手です」


ニコリと露木が微笑み、俺の腰に手を回した。

早くしろと、焔と冽に急かされ俺達もある一角のお茶屋の格子戸を潜った。


置屋と同じ長く長く続く廊下を小走りで走る。

中に入ると、白檀の香りはなく無臭なのに胃液が込み上げるような不快感に襲われる。


腐った炊きたての米の湯気を吸い込んでいるようだ。


息を止めながらさらに奥へ進むと、お座敷の襖が開けられていた。


「こちらどす!!」


赤沼に招き入れられると、中には…

芸妓だろうか。白く塗られた顔をした女が畳の上にだらりと足を広げ小さく息をしていた。


ひとめ見ただけでわかる。ひどく痩せて憔悴している。


「あーぁ、赤沼の管理下にも飴ちゃんくばられちゃってたかあ」


女は脚を広げてはいるが、拳を固く握っている。冽は拳の中を知っているかのように、女の指を解いた。


白く小さな手のひらには、緑色の飴玉が現れた。

緑は煌めくような爽やかな色味はなく、藻に近い地味な色で静かに、ひっそりと芸妓の手のひらに収まっていた。


海松色みるいろの飴?」


意図しない言葉が口から出てハッとした。

なんだ、海松色って。


「こりゃあ、一級品だな」


「…祇園、花街かがいは結界がありますさかい、被害はないと思うておりました」


赤沼は震えながら芸妓の手を握り、自分の頬に擦り付けた。

後ろで何人かの舞妓が姉さん、姉さんと声を出しながら泣きじゃくっている。


ドタバタとまた廊下を走る音がすると、

白衣を着た中年男性と、医療着を着た中年女性が入ってきた。


2人は俺を見ると、ビクリと肩を震わせ深くお辞儀をした。


「…!俺はいいので早く!とにかく早く!!」


恐らく医者と看護師だろう。

俺は自分の立ち位置が分からないが、とにかく芸妓の容態を見て欲しかった。


医師と看護師は焔、冽、露木に頭を下げれば

畳にしゃがみこみ、風呂敷を広げ医療鞄を置いた。看護師は、手際よく着物と帯を荒々しく解いていく。


「度合いはわかりませんが薬物中毒ですね」


隣にいた露木が呟く。


「…薬物って。テレビで騒いでたやつと関係あんのか?病院に連れていかないのか!?」


俺は畳み掛けるように問うが、露木は首を振った。


「四神を知り、京都の事情を知る血筋でしか扱えません。歪みが出ます。この医師は、代々祇園に仕える家系の医師ですから」


「…でも…苦しそうだ」


芸妓は乱雑に白塗りを落とされ、あっという間に点滴をされた。


「星。こりゃあ、浄化できんのはお前だな」


焔が俺の隣に立ち、手を広げた。

手の中に、ボウッと音を立てた火が立ち上がる。


「俺は?ねえ!出番なくない!?」


冽が白いしっぽを立て、ふぎゃふぎゃ騒いでいるが露木が微笑むだけだ。


…わかる。

何をしたらいいのか。

むしろどうして今まで普通に暮らせていたのか。


どうしてわからなかったのか。


俺は昔から龍だった。

龍として空を駆け巡り、空から散りばめられた輝きの雫を浴び人間を修めてきた。


舞う。光が舞う。雪のように降り続ける。


光の粉を、身体に擦り付けるよう泳いでも無限に舞い続ける。


人間を守り導く。


その空があんな毒を塗った色ではならない。


焔の出した炎を見つめると、自分の瞳の瞳孔がバチンッと音を立てて開くのがわかる。


見てはいないのに、前後左右上下の映像が見える。

バッと振り向けば、あとから到着したであろう看護師が俺の姿を見てヒィィと声を上げ震えている。


その怯える姿は、俺が前から見えた映像と同じだ。


「…星様!!六合りくごうがお見えになったんですね…!?」


露木は興奮した様子で、高い声を出しハァハァと吐息をこぼしている。


許せない。京を汚す愚か者は誰だ。

そいつの首をつかみこの爪で割いてやりたい。

二度と声が出せなくなるようこの手で。


脳裏に白い首が浮かぶ。男だ。

細く華奢だが、喉仏がある。


左手で首を掴み、右人差し指のつめで皮膚をえぐってやろう。

泣き叫び助けを求める声を潰し、汚い口から二度と言葉が出ぬよう楽にしてやる。


「この女を毒したのは誰だ」


腹の底から思考には無い言葉がせせり上がる。


「ははっ。天にそっくりだなぁ。青龍様のお怒りだァ」


高らかに焔が笑い声をあげる。


下品な笑い声はお茶屋中に響き渡り、祇園の静けさをより感じさせた。

焔は両手に炎をともすと、しゃがみこんで芸妓に近づく。ぬらぬらと炎見せつけ、上機嫌だ。口角は上がりっぱなしで、笑いジワがまた増えた。


さては…燃やすのか?この女を。


「…おい、星。お前イッちゃってるぞ……」


冽と目が合えばビクリと肩を震わせ、後ろに一歩下がる。こいつ、覚悟ができていないな。

口だけの子猫が。


睨みつけると、くっと声を上げさらに後ろに下がった。


「京は俺のものだ……!!」


ミシッ…ミシミシミシッ…!!


俺の声に反応するよう、お茶屋の柱が怯えた悲鳴を上げた。

その瞬間、焔が手を握る。一気に炎が畳に燃え移り、炎は待ってましたと言わんばかりに広がった。


芸妓と露木、4人の神を飲み込むように円陣に包み込めば、勢いをつけてさらに高く高く立ち上がっていった。


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