第8章 his return【火の鳥】
「星様?いかがですか?」
襖の外から蘭さんの優しい声が聞こえる。
だいぶ時間が経過してしまったようだ。
待っていてくれているのに…申し訳ない。
「すみません…すぐ着替えます…!」
力を込めて一気に立ち上がったが、新しく生えた自分の一部のせいかグラりと視界が歪んだ。
「うわっ……!」
べしょっ。
俺は赤子がつかまり立ちを失敗したようにその場に崩れ落ちた。
な…情けない。体育5なのに。
「星様!?」
蘭さんが襖を開けた。目を見開いて俺を見つめた。目ん玉が飛び出しそうだ。
「星様!お美しいですが、私は仕込みなもので!!お気持ちにはお答えできません!!」
開けた襖を勢いよく締め直した。
最悪だ。俺捕まったらどうしよう。
混乱していると、廊下が壊れるんじゃないかというくらい音を立てた。
誰かが走ってきたのか?
「星様ァァァア!!!!」
また襖が開いた。
襖も可哀想に。痛いだろう。
蘭さんは顔に手を当てて震えている。
現れた露木は、蘭さんに下がれと伝えると中に入り、今度は静かに襖を閉めた。
「星様……どういう事でしょう」
露木を見上げれば、顔に黒い霧がかかっていて目が見えない。
単純に言えばめちゃくちゃ怖い。
「いや…蘭さんに肌着を渡されたんだけど、なんか力入らなくって」
手で身体を隠しながら露木から目を背けた。
「…すみません、私がもう少し配慮すべきでした」
露木は俺の脇を抱えて立ち上がらせると、片手で支えながら器用に手を動かした。
肌着を着せてくれているんだ。
「尾はしばらくしまえないでしょう。じきに自分でコントロール出来るようになります」
蘭さんが言っていた尾のスリット部分を下からきゅっと結べば、俺の頭を優しく撫でた。
「ありがとう。露木」
照れくさいけど、今の俺が頼れるのはこの白龍だけだ。露木からも白檀の香りがする。この置屋全体からするけど、露木本人が大元の様に感じた。
「いいえ。着付けしますので、少しの間立てますか?辛ければ、言っていただければ支えます」
露木の手が着物を取るために少し俺から離れた。それは永遠の別れのように切なく胸が疼いたが、目をぎゅっと閉じて耐えた。
***
「星様が入られる。」
俺は露木に着物を着付けられ、身体を支えながら長い廊下を歩く。
長い廊下を越えた所に、中庭が見えた。真ん中には花は咲いていないが趣のある木が1本植えられていた。
慣れない着物だが、着付けがしっかりしているのか着心地は悪くない。
黒い着物は無地のように見えるが、流れるような光が動く度に煌めいた。
露木は白龍だからか、白に近い銀色の着物を身にまとっていた。帯は黒く、俺の着物に似て角度によって囁かに光で揺らめいた。
木の向かい側の大きな襖に露木が手をかけ、
中を見ると15名程の、両手と頭を畳に付けた人間が見える。
「星様。お待ちしていました」
真ん中には質のいいスーツ姿の黒髪ショートの女性が声を上げた。
「顔を上げて構わぬ。市川」
女性が露木の発言通り顔を上げた。凛とした顔つきの中年の女性。
何処かで見たような…
「えええええええ!?!?」
俺はワードが脳内に浮かんだ瞬間に悲鳴をあげた。
この人…この人は…
「露木様、ありがとうございます。星様、お目にかかれて光栄でございます。第108代内閣総理大臣、市川佳乃でございます」
……なんで総理大臣が…俺に頭下げてんの…。
成績はずっと良い方だったし、最近の意味のわからない出来事も受け入れつつ適応してきたつもりだ。
しかしこればかりは…。
「…あの…その手も普通にしていただいて。他の方も…なんかすみません…いや、あの…畏れ多いです」
「星様の方がお偉い方ですのでお気になさらず。さぁ、どうぞどうぞ」
俺は差し出された露木の手を取ると、他の人にはついていない肘掛付きの席に案内された。
殿様みたいに皆を眺めるスタイルの席。
めちゃくちゃ嫌なんですけど。
冷や汗をかきながら席に着くと、目の前には旅館の宴会席で見るような小さな台に乗せられた食事が置いてある。
お腹は空いてるけど、首相より偉そうな席で食っても味しねーよ。
露木はとなりの席に座り、ニコニコと俺を見つめている。カオス。カオスだ…。
ざっと見渡すと見たことある政治家がチラホラいるし。みんな龍の存在OKなの?日本史にも現代史にも載ってなかったよこの状況。
「待たせたな〜。お疲れ〜!!」
金色の袴を身にまとった、冽が襖を勢い良く開けた。なんだろう…成人式で暴れる名物ヤンキーみたいだ。
冽が扇子で仰ぎながら席につけば、後を追ってもう1人中に男が入ってきた。
「星。久しぶりだな」
低くて甘い声が耳に響く。露木、冽より大きいかもしれない。女中さんたちがヒソヒソと楽しそうにその男を見つめていた。
「おいコラ!ジジイの分際でモテようとしてんじゃねえ!!」
「…モテようとしてない。アホだな相変わらずこの白猫は」
橙から赤へと燃えるような色味の着物を着た大きな男は手を広げて俺の前に立つ。動作が上品なせいか派手さを感じさせなかった。
広げた手は瞬く間に、後ろにいた人間を隠すほどの翼と変化した。
「…朱雀…?」
「正解だ。察しがいいな。青龍白虎とくれば、残るは玄武…そして朱雀だ」
羽は燃え上がるような赤だ。いや、燃え上がるようなじゃない。実際に燃えている。
羽が落ちればシュッと音を立てて灰になった。
「…星。探すぞ。さもねーと京都は壊滅だ。ゾンビが徘徊する都になっちまう」
男は羽を仕舞うと、ドカッと音を立てて俺の右隣に座った。




