第8章 his return【白檀】
祇園の街をゆっくりとゆっくりと歩いていく。
俺は運ばれているだけだけど。
夜の、京都…花街は綺麗だ…
灯りが灯れば、昼間と景色を変える。
灯りはふわふわと浮遊して、俺たちを守っているようだ。信じられなくて目を擦る。ぼやけているだけだと思ったが、提灯と同じオレンジの灯りが空中を浮遊している。
美しいが、この世の光とは思えない。
運ばれるだけの俺がぼーっと見つめると、ひとつの灯りが俺に近づいた。灯りは静かに上下に揺れた。何かを訴えるように。生きているのか?
「…露木。こいつは?」
「ふふ、花街周辺に浮遊する結界の力のお零れです。出る日もあれば出ない日もあります。
この子は星様の帰還を歓迎しているのでしょう」
小さくて健気な灯りは俺と露木から離れなかった。
舞子さん芸妓さんが俺たちを見ればお辞儀をする。ギョッとした仕草なんぞは見せずに、控えめに頭を下げ各御屋敷へ入っていく。
「おー、あとで顔出すからよ」
冽は馴染みの芸妓に馴れ馴れしく話しかけ、置屋が連なる街並みの右角へ入っていく。
「冽様!露木様!」
置屋の店前には、痩せこけた浅黒い老人が置屋の紋が入った藍染めの半纏を着て深く頭を下げた。
「おー、ジジイ。わりぃがとにかく星を休ませてくれ。湯と寝床を頼む」
老人は冽にかしこまりましたと呟き、俺と露木に近づいた。生ぬるい息がかかる程近づけば、目を輝かせ俺の顔から指先まで舐めるように見る。申し訳ないが不快だ。
「…なんと…光栄な。ご成人直後の青龍様にお目にかかれるとは。星様…私は感激しております」
「赤沼。悪いが早く入れてくれ。星様は今気力を失われている」
露木が唸るような低い声で威嚇した。
殺してやるぞと言わんばかりに。
赤沼という老人は全く気にする素振りをみせず、へぇへぇと中に招き入れた。
その声を聞いて俺は驚いたというよりも、
露木の本当の声色を聞けた気がして嬉しかった。
老人に迎え入れられ、中に入ると露木が足を踏み入れる度、ギィギィと木製の床が悲鳴をあげた。
「星様、大丈夫ですか?眠りたいならば寝床へ。ですが、尾を出されましたので胎の液で身体が濡れております。湯くみなさいますか?辛ければ私がお世話させていただきます」
畳み掛けるように露木が俺に問いかけるので笑ってしまった。
身体は痛くはないが気だるさが残っている。
まとわりつく液体を排除したい気持ちもあるが横にもなりたい。
「雷。俺は一周して、朱雀のじーさんに帰還を知らせてくらァ。星を頼んだわ」
冽がヒラヒラと手を振り置屋から出ていった。
冽様!と何名かの女中が追いかける。こいつ…嫌なやつだ。
「多分だけど…要するに、俺のケツから尻尾が出たんだよな…はぁ…怖。身体ベタベタするからどーにかしてーけど、ダルくて無理かも」
「おまかせください。星様!」
露木はキラキラと目を輝かせ、ズカズカと長い廊下を更に奥へ奥へと進んだ。廊下は白檀の香りで包まれている。目には見えないのにわかる。白い霧が顔を撫でる。俺は霧を吸い込むために深呼吸した。肺から脳天まで柔らかで甘い香りが突き抜け快楽で失神しそうだ。
ガラッ。
露木は片手で扉を開けたのだろう。
俺は残っている力を振り絞ってぎゅっと露木の服を握った。
柔らかくて暖かい湯気が顔にかかる。
風呂場なんだろう。湯気も白檀で出来ているのか?目を閉じれば眠ってしまいそうだ。
「星様…?まだ寝てはいけません」
ちゃぷん。
ちゃぷ…ちゃぷ。
あったけえ……。
身体にまとわりつく様な白い湯に落とされた。
こんな湯船浸かったことない。
抱きしめられるように、湯は俺を迎え入れている。
「脱がせますね。あぁ…胎の雫が流れてしまいますね。仕方がないですが…勿体ない」
露木は俺から開放された自分の腕をべろりと舐め上げる。腕にまとわりついた粘膜をじゅると音を立てて味わい目を細めた。
「ん…露木。色々ききた…いけど…起きたら…な…」
俺は目の前の白龍に手を伸ばし、全てを任せることにした。
沢山言いたい事も聞きたいこともあるけれど…
今はただこの香りに包まれていたい。




