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第2章 adopted child

目覚めると俺は泣いていた。しばらく見なかった、深く暗い穴から出られない夢を見たからだろう。


薄暗い中に光るスマートフォンを見ると、六時のアラームがなる二分前だった。さすが俺。体内時計はどんなに疲れていても狂わない。


いつもと変わらない朝だ。俺は、布団を捲ると無意識に鱗が落ちていないか丁寧に見た。

これも習慣化してしまった。


「今日は落ちてない。良かった」


ホッとして胸を撫で下ろすと、いつもと変わらない朝に安堵した。

 

「すみません、こんな朝早く」

 

変わらない…?


母の声と聞いたことある声が、壁一枚挟んだ居間から聞こえる。

 

「いいのいいの気にしないで。今日私、徹夜明けで飲み相手探してたから。でも朝六時から相手してくれる人は中々いないでしょ?」


「徹夜明け…大変すね。お仕事は何をされてるんですか?」


ドタッ!!バンッ。

ベッドから飛び出した俺が勢いだけで雄叫びを上げた。

 

「漫画家です!!!!」


こんな大きい声を出したのは、小学生時代の体育祭以来じゃないか。

 

「星、おはよ〜」


母がヒラヒラと缶ビール片手に手を振る。


「おはよう、秦野。すまん、勝手に上がり込んで」


勢いで母の職業を叫んでしまった。


「漫画家。どんな作品を…」


「えへ、読む?ティーンズラブってやつ?」


母はビールを飲み干すと、上機嫌で露木にキラキラした表紙の本を差し出した。


「露木、あんま読まない方がいいぞ。」


俺は母を睨みつけると、冷蔵庫に作っておいた作り置きの白和えを小鉢によそって机に置いた。母は新しいビールを開けるとすぐ白和えを口に含んだ。


「せぇちゃん、ほんとに天才!素朴な栄養素が身体に染みる〜」


「全く…それ飲んだら寝ろよ。そんで、なんでお前は朝から俺ん家来てんだよ。俺ん家知ってるし…あ、ストーカーだからか」


「……!?スッ、ストーカーではない!!お前が昨日、ちゃんと帰れたか心配して見届けて、帰宅して……話したいことがあったから、いてもたってもいられなくて、気がついたらお前のうちの前にいたんだ」


「それをストーカーって言うんだろ」


露木は聞こえないフリをして母から受け取った漫画をパラパラと読み始めた。


「アンタら、仲良しね。あ、雷くん朝ごはんは?食べて行ってね。星が作ったやつだけど」


母は冷蔵庫を開くと適当にタッパーを選び電子レンジに放り込んだ。


「食わなくていいぞ。露木。俺はシャワー浴びるから。話は学校行く時に聞きながらな」

 

露木は母と朝食の準備を進めていた。話聞いてんのかよ。

熱いシャワーを浴びながら首筋を触る。


昨日、露木に薬を塗られてから痒みは落ち着いている。ホッと胸を撫で下ろしたが、昨日からの出来事が頭の中をグルグルと駆け巡る。


龍……。

 

ん?龍ってことは、お母さんは?うちのお母さんも龍なんか?俺にずっと隠して普通のシングルマザーのフリした、ちょっとえっちな漫画描いてるメス龍?


いやいやいや。それはないだろ。あの人、隠し事出来ないタイプだし。隠して食べたプリン、食べてないからね?って自ら発言しちゃう愚か者だし。


俺はそんなポンコツお母さんだからこんなしっかりしているんだし…。うん、母に似ずいい子に育ったもんだ。


……母に似てない……?



似てない。いや、似てるだろ。顔はお互い塩顔だし、楽観的なところとか。甘いものが好きなところ。父親がいないだけで、普通の家庭だ。


おじいちゃんおばあちゃんは東北の田舎だから、頻繁には会わないけれど小さい時数回会ったことあるし…。


父については、結婚せず逃げられたって言ってたから会ったことはない。だけどそんな家庭日本中ゴロゴロあるだろう。


俺が龍なら母も龍なんだろう。時が来たら言おうとか、言えずに苦しんでるとかそんな所だろう。うん。まあ、俺が龍かどうかもまだハッキリしたわけではないし…。


なんだろう。眩しい。

家の中にいるのに。暗闇の中で光を見たような。


鏡に映る俺を見ると、瞳の中に小さな光が幾つも写っていた。点が複数散りばめられていて、満点の星空の様だ。

 

「うわあああぁぁぁ!!」


俺は自分の瞳に驚いて、目をゴシゴシと擦って叫んだ。痒くは無いが、首筋はチリチリと熱く疼いた。皮膚の下から外へ出る事を望む何かが蠢いている。

 

「どうした!?」

 

露木が、浴室のドアを勢いよく開けて、座り込んでいる俺の腕を掴んだ。

 

「なんでも…ない」


俺は立ち上がって、露木の手を払い除けた。


「なんでもない訳ないだろ。何があった」


露木は洗面所に戻り、タオルを手に取るとワシャワシャと無造作に俺を拭いた。


「薬を塗ろうと思っていたんだ。丁度いい。このまま塗る」


俺は露木が甲斐甲斐しく世話を焼くのを何故か抵抗出来なかった。抵抗するどころか心地よく、そのまま薬を塗られると安堵し、涙が溢れそうになる。


髪と身体を拭く動作は荒々しいのに、首筋に薬を塗る仕草は壊れ物を扱うように丁寧で、俺を崇拝するような目で見つめていた。

気がする…。


リビングから、大丈夫〜?とほろ酔いの母の声がして、俺は元気そうに聞こえるように大きな声で大丈夫と返事をした。

  

***

  

俺と露木は、学校に着くまで何も話さなかった。話があると言っていたのに。露木は時折俺を見ては、体調を確認していた。


「おはよ〜星。あれ、露木じゃん!」


柏木が俺に近づくと、露木を見上げてニコニコと微笑み肩を叩いた。


「星とは仲良くなれたんだ?」


「ああ。色々と協力助かった」


ん?協力ってなんだ。俺は不思議そうに柏木と露木を見ると、柏木はさらにニヤニヤした。


「露木が、お前の事を知りたがってて。どこでバイトしてるとか。誰と仲がいいとか。あ、どこに住んでるとか!」


「はぁ!?何教えてんだよ!」


「あは、ごめんごめん。だけど…露木くん…隣のクラスじゃん?女子とのランチ会とかカラオケとか組んでくれてさあ。そのお陰で彼女出来たし…まあ、ウィンウィンな正当外交よ」


呆れた…柏木が俺の個人情報を売っていたとは…。


「お、付き合ったのか。良かったな。おめでとう」


露木は柏木と握手をすると腕時計を見て自分の教室へ戻って行った。


露木の後ろ姿を見ると、胸がざわついた気がしたが、いつも通りの毎日を始めた。逃げる事は無意味に感じたからだ。


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