第8章 his return
京都は何年ぶりだろうか。
中学の修学旅行は沖縄だったし…。
昔お母さんとUSJに来た時に寄ったような。
「たこ焼きを食いたい」
「はあ?大阪じゃねーし無理だろ。
九条ネギどっさりのラーメン食おうぜ」
白龍(いまは普通の人間だが)と白虎が食い物の事で騒いでいる。新幹線でもずっとグルメインスタグラマーのページを読み漁っていた。
「で?俺はどこに滞在すんだよ」
数日分を入れたスーツケースを引きずりながら京都駅を歩く。
というか、神とか龍とか言ってんならもっとすげえ移動出来なかったのか?瞬間移動とか、空飛ぶとかさ。
普通の新幹線だったぞ…。
まあ、グリーン車は有難かったけど。
冽はアロハシャツを身にまとい、サングラスを頭に載せている。いや、まだ夏じゃねーし。
「5月でこんな湿度たけーんは、夏が心配だなぁ」
呑気にスタバのアイスコーヒーを吸って、京都駅の店を物色している。
露木もだけど、こいつら食いしん坊だな。
「あ、言い忘れたが、学校は大丈夫だ」
「大丈夫ってなにが」
「お前の平均した日常生活を計算してお前を知る奴らの脳内で時を過ごさせている。だから、まあ、大学受験の推薦も大丈夫だろ。特別良い事もしなけりゃ悪い事もしないお前が学校に行ってる。みんなの脳内でな」
「え?じゃあ今も俺学校行ってんの?」
「厳密には行ってねえ。だけどまあ、お前を知る人物の記憶を改ざんしてる」
「うわ、不正」
「うるせえ!お前は龍なんだから本来大学なんぞ必要ねーんだよ。だけど、100000歩譲ってこっちは対応してんだよ!クソガキ!」
冽の唾が俺に飛ぶ。汚ねー。
不快な顔をしていると、露木がハンカチを取り出し俺の顔面をゴシゴシ拭いた。
「んぶっ!痛い!優しく拭けよ!」
「悪い。コイツの唾は色んなメスの唾液が混ざっている可能性がある」
「そりゃそーだ。メスが寄ってくるんだから。優秀な子種を与えてるだけだ」
露木と俺は冽を静かに見つめた。
こいつは真昼間から自慢げに話しているがただのやりチン猫野郎だ。
京都駅は妙な活気がある。新大阪駅も活気があるが、京都を訪れる人は、少し上品でみんなが流行る気持ちを少し我慢している空気だ。
抹茶を売り出すグリーンが心を落ち着かせるのかな。
「買うか?抹茶ソフト」
「え?あ、うん。ごめんごめん、なんか京都って大して思い出無いはずなのに懐かしく感じちゃってさぁ」
「……龍の故郷だからな。」
露木は抹茶ソフトを買って俺に手渡した。
上品で鼻から抜けるお茶の香りが、また心を落ち着かせた。
「ぎさも抹茶好きだったな」
ぎさ?ぎさって誰だ?
ボソリと冽が露木に呟きかけたが、露木はふいと無視するように前をスッスッと歩いていった。
***
京都駅からタクシーに乗り込み、祇園の街中を抜けていく。
修学旅行生や、外国人観光客で溢れる街は外から見たら小さな箱庭を見ているようだ。
みんな何処から来たのだろう。
生きているのに、人形が遊んでいるように見える。
ボヤっとしていると、タクシーが大きな門構えの前で止まった。
⬛︎ 建仁寺⬛︎
目に文字を写した瞬間、身体が飛び上がった。
ドクン…ドクンドクン…
キィィィイイイイーッッ!!
口から心臓が吐き出されるかと思うほどの鼓動と同時に耳鳴りが俺を襲う。
「秦野!」
露木は俺を抱え込みタクシーを降りる。
抱き抱えられているが、鼓動と耳鳴りが止まらない。
「…やばい。我慢出来ない。我慢?何をだ?」
身体から込み上げる。何かが。
嘔吐、排泄、どちらとも言えない願望が脳内を支配した。足指の先から、手の指先まで鳥肌が一気に沸き立った。
バリッバリバリッ…
「うわぁぁぁ…ああああああああ…痛い痛い痛い痛い痛い…っっ!!」
腰が引き裂かれ、骨が割れた。
本当に割れたかは分からないが、ウチガワから尖った肉が身体を引き裂く。
その裂ける音は脳裏に響き渡り、痛みを伝えた。
露木を見ると、頭から角が出ていた。
目の中電流を見つめると少し安心する。
「おめでとう、星。予想外のタイミングだが、立派だぜ」
冽が俺をのぞき込む。コイツも頭から白虎の白い耳を出してニヤリと笑い、牙を見せつけた。
「何がだ…」
「お前には刺激が強すぎたな。還ろう、社に」
冽は汗ばむ俺のおでこに張り付く前髪をかきあげると、露木の前に立ち歩き始めた。
露木にお姫様抱っこをされているが、抵抗する気力もない。
「星様。ご立派になられましたね。あぁ、黒から青に…美しい。角は…琥珀色…あぁ…なんて高貴な」
露木はゴクリと唾を飲み、俺を舐めまわすように見つめる目元は涙ぐんでいる。
「こんなに溢れ出て…素晴らしい…」
俺を支える露木の手は粘ついた液体で濡れていた。手を広げたり縮めたりして粘り気を確かめて微笑んだ。
なんだろう…尻が重い。肉の塊が身体の中から溢れ出したようだ。ずっと我慢していたのか、肉は歓喜を感じた様に、左右に揺れた。
一瞬地面に引きずられた様な感覚もあったが、
確認するのも面倒くさい。
揺られながら街並みを見る。
軒先の提灯に火が入り、石畳がオレンジ色に照らされていた。
俺は還ってきた。




