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第7章 departure【懐かしい記憶】

冽の爪は酷く冷たかった。

真冬の真夜中に外だ。息を吐いても吸っても呼吸を阻害される。


「冽くん!痛い事はやめて!」


お母さんが後ろから大きな声で、冽に意見した。

冽はわかってると俺の目をみたまま返事をして、俺の頬を爪でなぞる。


露木は…俺を見ているだろうか。


意識が遠のいていく…息が出来ない。


人が近づく気配を感じる。


「星様。大丈夫です、傍におります」


あぁ、露木だ。良かった。これで安心して…眠れる。


***


まただ。暗いくらい穴の中。

俺はこの穴が苦手なんだ。


前を見ても後ろを見ても永遠に続くこの穴。


なんでこんな場所に1人でいなくてはならないのだ。

俺には迎えは来ないのだろうか。


そうだ、俺は待っている。だから何度も夢を見る。


必ず来ると知っているのだ。

でも誰が来るのだろう。誰を待っているのだろう。


俺は暗くてただ暗いだけの前を歩いた。

ゆっくり。ただ何かを探すように。


暗闇の先は何もないのに声が聞こえる。

俺は知っている。この声を。


迎え待つことをやめられないこの声。

暖かで、優しくて、愛おしくて。

ただ柔らかいずっと欲しかった2人の声。


『見て…星の笑った顔。天にそっくり』


『我ながらよく似ているな。でもこの綺麗な黒髪は渚ゆずりだ』


『日本人らしい美しい黒髪でしょう?』


『あぁ、瞳は…青龍になる頃、夜空が広がるだろうな』


『天の目とは違うの?』


『俺が生きていれば、違う夜空が作られるだろう』


『やだ、死んじゃったら?』


『はは、死ぬわけないが…私は命尽きる時にきっとこの子に送るだろう』


『何を送るの?』


『俺と同じ。天の川から流れる無数の星が流れちりばめられた瞳だ』


この声だ。俺がずっとずっと待っていたのは。

この声はどこから来るんだ。


前に進んでも、振り返っても声が小さくなる。


嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

置いていかないでくれ……!


寂しい。寂しい。寂しい。

お願いだ。


走り続けて、息が苦しくなった。

速度を緩めたが俺は立ち止まることは出来ない。


『星様』


後ろから、聞き覚えのある優しい声が聞こえる。振り向くと、足元が明るい。


白い鱗が落ちていた。


パチッ


鱗を拾うと、静電気のような痛みが指先に広がる。目の前には、白い鱗が点々と何枚も落ちている。


まるで、道を引き返せと知らせるように。


鱗のお陰なのか真っ暗ではない。

だが、あの声はどんどん遠くなる。

嫌だ。寂しい。あの声は……!


「お父さん……!お母さん……!!」


絶叫すると、目の前には美しい顔で微笑む露木がいる。俺は無意識に手を上に向かって伸ばしている。伸ばした手の甲は、深い青の鱗で覆われていた。


「おはようございます、星様」


俺は手を引っ込めて、抱え込む様に自分を抱きしめたが腕にも深い青の鱗が広がっていた。


「…何をしたんだ。そこのおっさん」


腕を抱えたまま起き上がり、露木の目覚めの挨拶は無視した。


「んー?さあ、俺は青龍様じゃねーからな。

なんの夢を見たかまでは知らねーよ」


……お母さんの顔を見ると、目を伏せているが俺を見ていた。

なんだよ、その顔。いつもみたいにヘラヘラしろよ。


「…ごめんね、星ちゃん」


お母さんの頬に1粒涙が落ちた。

1粒は2粒になり、降り始めの雨の様に止まる様子はなかった。


「…謝るな。」


「ごめんね、星ちゃん。お母さん本当は……」


「…やめろ!!……やめろ……」


俺はお母さんの話を聞きたくなかった。

明確な理由がある訳でもないのに、お母さんの次の台詞が予測できてしまったのだ。


「美しい別れの最中に申し訳ねえが」


冽とだか名乗る男が立ちすくむ俺に近づき

睨みつけた。


「お前、自分が何者なのか自分の胎で理解したんだろ?なら話は早え。ここまで育ててくれた母親に反抗してんじゃねーよ。ガキ」


悔しい。言い返せない。

冽の言う通り、俺はあの暗い穴でなんとなく、状況を把握してしまった。


「美琴。お前のした子育ては失敗だ」


「…ごめん、冽くん」


お母さんは泣き止んだが、肩を震わせていた。

こんなやつにラーメンを振舞っていたくせに。


……違う。

明るく振舞っていただけだ。

わざとだ。


俺との日々も嘘だったのか?

どこから?小さい時の楽しかった記憶は?


友達に虐められて慰めてくれた。

好きな女の子が出来たのがバレて恥ずかしかった。

お母さんの漫画が単行本化した日、一緒にお祝いした。


……失敗なわけあるか。

お母さんとの日々が失敗なわけ!


「ふざけんな!お前!お母さんに謝れ!!」


冽の胸ぐらを掴み、俺は唾が飛ぶくらい顔を近づけて威嚇する。

ビクリともしない。寧ろ興奮したかのように、瞳は瞳孔が開いていた。暗闇に身を潜める猫の様な瞳だ。


「わかってんじゃねーか。青龍の星様よォ。

じゃあ、お前の大切な母親の子育てが失敗じゃねーなら…京に還れ」


俺の手は震えたままだった。

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