第6章 Prince and Princess【小さな頃から】
小さな頃から、俺は全て持っていた。
おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、みんな俺の事が好きだった。
だって俺は、頭が良いし、人気者だし、
優しいし、面白いし…
みんな俺みたいになりたいはず。
女子だって俺と付き合えば自慢だろう?
俺、西高のバスケ部キャプテンだし。
俺は何でも持ってる。
友達、彼女、仲間、顔、頭脳、気配り、
足りないものはない。どんどん増やせる。
人生は楽勝なんだ。
他には…何が出来るだろう。
かけっこも、じゅくのしゅくだいも、おえかきも、あいさつもできる。
《まなかゆうたくん!すごい!まんてん!》
じゅくで100てんをとると、おとうさんはやきにくにつれていってくれるんだ。
おとうさんはビールをたくさんのんで、おかあさんはしんぱいしてるけど。
ぼくもおとなになったら、おとうさんとのみたいな。
おとうさん…?
まなか…ゆうた…。
お父さん…そう、俺にも父はいた。
真中裕一
世界で1番尊敬するお父さん。
俺は、父が建てたあの家が好きだった。
忙しくて全然帰ってこなかったけど。
自分の部屋から窓を開けると、海が見えた。
潮の香りが最初は苦手だったけど、生活に溶け込んだ海の香りは、感じなくなるほどいつも傍にいた。
「ゆーたー!」
隣の大きな屋敷に住む、三島莉央は毎日俺の家に遊びに来た。
幼稚園も一緒だったから、めんどくさいと感じる日があるほど俺たちは一緒だった。
「ゆーたはおいしゃさんになる?」
「なるよ!おとうさんとおなじ、げかい?になる」
「へえー」
「りおはなんになるの?」
「ん〜かんごふさん」
「かんごしな!」
「じゃあそれ!」
「りおはバカだな〜」
「えへへ、じゃあゆうたがおいしゃさんでりおはかんごしさん!」
莉央は顔を赤らめて、モジモジしていた。
俺は当時から人の気持ちに敏感で、子供ながらに莉央が俺に特別な感情を抱いているのを知っていた。
「じゃあけっこんするか!」
「いいの!?」
「りおはバカだからおれがまもるしかないだろ」
本当の俺はわがままで、強欲なただの嫌な奴だ。莉央には何故かそれを隠そうとは思わなかった。何故だろう。莉央は自分のモノだという確信があったのだ。
「ねぇ、そんなに飲んで…明日はオペなんでしょ?」
「わかってる。1本だけだ」
父は総合病院の若手の外科で、日々激務をこなしていた。母は父に家の事はやらせなかったし、医者である父が何より素晴らしい人間だと教えられた。
忙しさが相まって父の飲酒量が増えていったのは俺の小学校受験に備えた塾通いが忙しい頃とかぶった。
幼ながらに、父からいつも香るアルコール臭に不安感を覚えていたが大人はそんなもんだと自分に言い聞かせていた。
お父さんみたいになりたい。
偉いって言われるお父さんのような外科医に。
春から通う私立の進学校進学に心踊らせている頃、俺の持つ完璧な毎日は一変した。
「ねえ、なんでゆうたはひっこすの」
「……」
「いやだよ!いっしょにおいしゃさんとかんごしさんになるんでしょ!?」
「……りおばバカだからむりだよ」
父はアルコールが抜けないままオペをし、
医療ミスを起こした。
幸い、患者の命は助かったが父母と住んでいた海が見える街には居られなくなった。
父は医師免許剥奪となり、九州の田舎へ。
母と俺は、隣町の普通のマンションへ引っ越した。
「裕太、お父さんの事は誰にも言ったらだめ。
裕太はね、真中裕太じゃなくて柏木裕太。
真中は間違いだから、聞かれたら知らないって言うのよ」
海が見える自分の部屋。
大好きな潮の香り。
お誕生日に行くテーマパーク。
友達と同じ制服を着るはずだった未来。
全部無くなった。
貰えたのは、向かい側の団地が見える自分の部屋と新しい苗字だった。
日の当たらない部屋は埃臭い。
「裕太は、お父さんみたいになったらだめ。
沢山勉強して最高の人生を送るのよ。
塗り替えればいいんだから」
***
目が覚めると、病院にいた。
俺、上手くやれなかったんだな。
最低だ。
何もかも手に入らない。
鈴川と付き合えば、父に近づける気がした。
鈴川家が経営する病院。
父が医療ミスを起こした、あの病院。
父が酒を飲まずにはいられなかった劣悪な労働環境を証明できるかもしれない。
そんな安易な考えだった。
父が医療ミスを起こしたのを未だに信じられなかったんだ。酒を飲んだのは父なのに。
まあ、もう考えても仕方がない。
今頃俺の素行の悪さで推薦は取り消されているだろうし。
もうどうでもいい。
「おはよう、裕太」
カーテンの仕切りがシャッと音を立てて開けられた。
「…莉央」
「痛い?脚?」
「痛いよ。俺歩けんの?これ」
「……」
「莉央は?怪我。ごめん…巻き込んで」
莉央は、頬に大きなテープを貼っているが、
他に外傷は無いようだ。ため息を着いて椅子に座った。
「刺されて当然」
本当にそうだ。あのまま死んでしまえば良かった。
「でも…私…裕太が生きてて…良かった…っ」
莉央は大きな瞳に大粒の涙を溜めて、震えながら俺を見ている。
良くないだろう。こんなクソ野郎。
「莉央…なんで会場にいた」
「裕太の…女の子の噂。四ツ葉でも沢山聞いて…仲良い子が被害者だったから。その子はケジメをつけるだけって試合見に行って…嫌な予感して…」
鼻水を垂らしながらくしゃくしゃの顔の莉央が嗚咽を上げている。
莉央はなんてバカなんだろう…たかが幼なじみの猿野郎なんてほおっておけばいいだろ。
「裕太……もうやめて…っ」
「うん…」
「キャプテンも、バスケも…」
「バスケはもう脚が無理だろうな」
「…良い人になるのはやめて」
「バレてるから無理だな。退院したら学校どうなるんだ退学かな」
「なんでもいいから、裕太は裕太でいて」
莉央は身を乗り出して、俺の胸ぐらを掴んだ。
想像しなかった強い力で。
「裕太は、バカだから私が守ってあげる」
目の前にいる莉央がボヤける。
あぁ、涙か。
そうだ、俺は…バカでわがままで…
いつも莉央に意地悪をしていただけの
真中裕太だ。




