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第6章 Prince and Princess【幼なじみ】

「星様」


露木は、俺の顔を覗き込むがそれ以上何も言わない。手だけが龍の姿に変化している。

声色は絹のように滑らかで、瞳には電流が流れているのに陽だまりの様に優しい。


感じる暖かさとは裏腹に、俺の首筋がズキンと痛む。首だけではない。身体全体から鱗が剥がれ落ちそうなもどかしさを感じる。


「…っ。決めたくない!!」


腹の底からふつふつと湧き上がる黒い煙。

目を閉じると、黒く深い穴が浮かび上がる。


真っ暗の空間の天井には丸い穴が空いている。

何度も見た。寒くて暗い穴。


これは…俺の胎内だ。


身体の中なのに、その穴は深く深く永遠に続いている。


«……はぁ……はぁ……»


小さな少年が蹲っている。


«お兄ちゃん…苦しいよ…もうやめたい…»


何をやめたい?


お前は誰だ?


«僕が…お父さんみたいに…お医者さんになるから…泣かないでお母さん…»


小さな少年は泣きながら笑っている。

ヘラヘラと笑いながら、涙を腕で拭い更にヘラヘラと笑う。


ヘラヘラと笑うこの顔。

見た事がある。明るくて場の空気を明るくするこの声色も。


«星ちゃーん!ノートみせてっ!»


«星ちゃん!これ美味いよ!食ったことある?»


«星ちゃんはさぁ…優しいよな。ありがと!»



柏木だ。

この子は…柏木だ。


ヘラヘラ…?ヘラヘラしてるんじゃない。

柏木は…笑顔がわからないんだ。

何で笑えばいいのか。

寂しさを隠すためにしか笑ったことがないんだ。


目を開けると、試合は終盤戦に差し掛かっていた。2点差まで相手チームに追い詰められているが、逃げ切れば西高の優勝が決まる。


前方を見ると、鈴川さんが観客席の手すりから身を乗り出し、柏木に向かって今日1番大きい声を出そうと息を吸い込む。


俺は肩に置かれた露木の手を振り払い走る。

観客席の手すりから、身体が落ちそうなほど身を出して肺がはち切れるほど酸素を吸い込み、叫んだ。


「柏木〜!!!!やめろ〜!!!!

もう全部やめちまえ〜!!!!」


柏木は一瞬俺を見た…気がする。

予測出来ない自分の行動に俺自身が驚き漠然としていた。

露木が俺に追いついて、手すりに手をかけた。

鱗はなく、人間の手の甲が見えた。


「裕太〜!!負けていい〜!!もうやめて〜!!」


露木の隣から、今日1番大きな声援が響き渡った。負けろと言っているのに、その声は柏木を応援していた。


ピピーッ

試合終了の笛が鳴る。

俺たちの声は虚しく、湘西高校は神奈川県大会優勝を収めた。


三島ちゃんは笛の音と同時に我に返った。

そして、一緒に来ていた華奢な女の子に手を引かれ会場から居なくなった。俺には手を引かれたのではなく、無理やり連れて行かれたように見えたが。



***


夜の公園の俺と露木はベンチに座っていた。

露木は、俺にお茶とおにぎりを差し出して頭を撫でた。


「腹が減ったろ。」


「朝から何も食って無かったしな」


おにぎりの包みを開けたが、口にする気にはなれずお茶をひとくち飲んだ。


「そのせいもあるが、お前は青龍として夢を見た」


露木は袋に入ったホットスナック、サンドイッチ、おにぎり、次々と口にほおり込んでいく。

相変わらずよく食うな。


「夢?」


「ああ、自分の胎に人の苦しみを夢として映し出せるのは青龍だけだ」


黒い穴にいたのは…幼い柏木。

確かにあの夢は俺が昔から見てきた夢だ。


「おめでとう、胎に人を映せたのは成人した青龍になったからだ」


「おめでとうだと!?ふざけるな!!

……柏木は……三島ちゃんは…」


GW明けの夜の空気は心地よい温度なのに、

震えが止まらない。


試合が終わってから、夜まで水の一滴も飲めなかったのは訳があった。

目を閉じれば、体育館の湿度と歓声が鼓膜にこびりついて離れない。


「おめでとう…柏木」


表彰が終わり、興奮冷めやらぬ体育館は西高の生徒の歓喜で湧いていた。

俺は精一杯の笑顔で柏木の勝利を祝った。

会いたくなかったが、呼び止められてしまったから。


「ありがと!星ちゃん!露木も!」


明るくて楽しい声は、俺の心臓をぎゅっと掴んだ。


「裕太〜本当にカッコよかった!最高!

これで、慶祭大学もスポ推だね」


柏木は、栄光の羅列みたいな言葉を発する鈴川さんを見て一瞬だけ固まる。

試合中にも見た、構えだ。


柏木。お前が今まで女性に仕出かした事は最低だ。けど、それは…お前の苦しみが生み出している行いだ。


俺はお前を…その苦しみから助け出す。

ごめん。柏木。


「…いや、俺は推薦じゃなくてさ…」


柏木がベタベタ張り付く鈴川さんを引き剥がしながら、苦笑いする。


一瞬のことだ。


「危ない!!」


露木の大きな手が俺の腕を掴み、抱きしめられた。急に手を引かれたから痛い。


「何すんだ……」


キャアアアアアアアアアアアアア


鈴川さんの悲鳴が会場に響き渡る。

俺は露木を引き剥がし、声の発生源を見た。


柏木が…柏木の脚にナイフが刺さっている。

ナイフを刺した手は、華奢で白い。袖は四ツ葉学院の制服のマークのクローバーがキラリと輝いた。


「リカ…ちゃん…」


柏木は震えながら、自分の脚を見ていた。

刺されているのは自分の脚なのに、ただ漠然と見つめていた。


俺は目を開けた。脳裏に昼間からの事件が、目を閉じるだけで鮮明に映し出されてしまう。

これが、きっと露木の言う成長なのだろう。


「悪い、配慮が足らなかった」


露木は食べるのを中断し、頭を下げた。


「…いい」


俺はお茶を飲み干すと、停止させていた思考を無理やり働かせた。


「俺が…もっと早く柏木を選んでいたら…

柏木は刺されなかったか?三島ちゃんも怪我をしなかったよな…」


「…いや、どちらにしろ刺されていた可能性が高い。三島さんもだ」


「三島ちゃん、いくら親友だからってナイフ持った人を止めにかかるなんてさ。俺には…できないよ」


露木は俺の項を触る。目を細めると、少し笑みを浮かべた。

こいつ…人間の姿でも笑うのか。


「柏木と三島さんは幼なじみだ」


「え?」


「四葉女学院は、幼稚舎までは共学なの知っているか」


「知らね…富裕層の事情なんて」


「柏木は、四ツ葉学院卒園から公立小学校へ入学し、中学も同じく。高校は西高だ」


「へえ」


「四ツ葉学院卒園後に私立へ進学しなかったのは当時1人だけだそうだ」


それは…柏木?あいつお金持ちなのか?

いや、西高にも富裕層はいるけど、西高にくる富裕層とはルートが違うな。


「その子の名前は、真中裕太」


「柏木の…旧姓?」


夜の公園には湿度を含んだ生暖かい空気が流れる。自分の手を見ると、黒と青どちらかわからない色の鱗が浮き出ていた。

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