第6章 Prince and Princess【親の敷いたレール】
露木に触られれば、怒りは静まった。
しかし、触られる度に露木への執着が増している気がする。
こいつが俺以外の人物に関心を持つのが許せない。ヤキモチみたいな可愛いもんじゃない。
神経ごと別の生き物に乗っ取られたように、身体が拒絶してしまう。
「あんたら何時までイチャついてるの?」
築30年越えのアパートの寂れたドアが音を立てて開いた。繊維から悲鳴が聞こえそうなTシャツ姿でお母さんは俺たちを見ている。
「!!違う!!こいつがしつこいだけ!!」
「こんばんは、お母さん」
「こんばんは。雷くん、ご飯たべてく?」
「あ、はい。食べます」
俺を無視して2人は淡々と意見を合わせ、
部屋の中に入っていった。
意識しているのが俺だけみたいで余計に恥ずかしい…。
***
「ふーん、柏木くんがね…」
缶ビールを口にしながら今日のバイト先で起きた話をお母さんはうんうんと聞いている。
龍だとか、選別については上手く端折る。
お母さんに話していいもんか迷ったが、俺はとにかく吐き出したかった。
特に露木に聞いて欲しくて。
生々しい話とはかけ離れた、温められた肉じゃがの香りがリビングに広がる。
腹は減っているけど、バクバク食べる気分でもないな。
「で、星ちゃんはその話聞いてどうすんの?」
母は真剣な顔に切り替わる。
こんな顔出来るんか、お母さん。
「どうって…。人の色恋に首突っ込みたくはないけど、今付き合ってる西高の子がまた同じ被害にあったら嫌だよ」
「…鈴川さんか。彼女、西高でいつも5位以内の成績だ。元カノのお嬢様タイプとは違って、文武両道の強気な女だな」
露木がまた人のプロフィールをデータのようにペラペラと公開する。
はあ、またイライラしそうだ。落ち着け俺。
「鈴川…」
母が斜め上に目線を上げて、うーんと唸る。
「もしかして、鈴川さんのお父さんって景徳会の病院の院長じゃない?」
「まさに。鈴川の親戚網で、ここらへんの総合病院と、介護施設と運営しているはずだ」
おいおい、露木。ファンタジー白龍の力で全て知ってるならさっさと俺に全部言えよ。
いちいち小出しにするな。
「やっぱり!私も西高出身だからね!
鈴川って言ったら代々子供は西高なのよ。
鈴川仁志って私3年で同じクラスだったけど、東大医 学部ストレート合格だったな」
記憶が蘇り、同級生の栄光にうんうんと母は頷いた。
「なるほど…現院長だな。まさに。鈴川仁志。西高から医学部に行くのが鈴川家のルールなんだな」
露木は肉じゃがを口に含むと、味が気に入ったのかそのまま何口も口にほおり込む。
染みててうまいだろう?俺が作ったからな。
***
「お前…ナチュラルに今日も泊まるんだな」
暗闇の中で、天井に向かって話しかけると
ベッドの下に敷かれた布団の中から露木の低くて優しい声がした。
「俺は、高校生の人格として動いているだけだからな。家族がいるわけでもない。自由だ」
「なぁ、柏木の事はちゃんと考えるけど…
お母さん。お母さんは何処まで知ってんの?
お母さんも龍なわけ?どう見ても普通のおばちゃんなんだけど」
「…お前は今はまず、目の前の仕事を処理しろ」
優しかった声色は、少し固くなる。
話す気がないと遮断するように。
「はあ?言えよ!京都に行くとか言ってたけど、お母さんはどうなるんだよ。大学は!?」
「…諸々検討中だ。進学したいなら上に相談する」
「…なんだそれ」
正直柏木の事なんて知りたくもないし、首突っ込みたくもないのに。
自分の素性についても教えて貰えない。
親のことも…
こいつと居ると、直接心臓を揺さぶられるみたいだ。優しくされたり、突き放されたり。
苦しい。
苦しい。
苦しい。
寂しい。
「…泣いているのか?」
露木が、布団を剥いで起き上がる。
暗闇だが、優しい露木の匂いで近づいてくるのがわかる。
ああ、そうだ。俺は泣いている。
「悪かった…段々と解決していくから。
今日は眠ってくれ」
香りはふわっと目の前に現れると、全身で身体包み込んだ。
俺は香りを胸いっぱいに吸い込むと、深い眠りに落ちていった。
◻︎◻︎◻︎
暗い暗い深い穴。
また誰も助けてくれない。
寂しいよ…怖いよ…
お願い、置いていかないで…
グルルル…白く大きな龍が寝息を立てて隣に丸くなっている。
暖かい…
もう暗くても怖くないね。




