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【小説】いままでありがとうございました

掲載日:2025/12/16

 公園の入り口に掲げられた張り紙にはそう書かれていた。

 芝生には誰もおらず、ブランコは揺れず、シーソーは傾いたまま、滑り台にもジャングルジムにも誰も登っていない。

「これで良かったのかい」

 わたしは頷いた。

「あぁ、これでよかったのじゃよ」

 虚な公園を見て呟いた。

 聴こえてか聴こえずか、横に並んだ婆さんはそうかいそうかいと微笑んで頷いた。


 そう、公園は虚だった。

 子どもはもちろん、ゲートボールの老人たちもいないし、野良犬や野良猫もいない。

 晴れ渡った空が逆に寒々とした印象を与えているその空間に足を踏み入れる。

「これでわ良かったんじゃ」

 自分に言い聞かせる。


 町は静寂に包まれていた。

 平穏そのものだ。

「でも、公園ですよ」

 婆さんが言う。咎めている感じはない。

「うむ」

「お仕事をなさっていた時は、公園から聞こえる声を微笑ましそうにしてらしたのに」

 その通りだ。

 だが仕事を辞めて家にいる様になると、近所の子供たちが遊ぶ声を煩わしく感じる様になった。

「彼らが将来的に国を支えるとしても、ですか?」

 そうだ。

 それでも耐え難いと思うようになった。




 過去に何度か、役所まで行って相談をした事がある。

 他の自治体で公園を取り潰すと言うニュースを見たりしたからだ。

 しかしまともに取り合ってもらえなかった。

 当たり前だ。

 子どもの存在は重要だ。

 この自治体の方針は老人よりも子どもが優先されている。今までがおかしかったのだ。

 役所の男は袖口が解れたスーツでこう言った。

「あの子供たちがいずれ年金を収める時が来ますから」

 たしかにいまは年金受給者だ。

 しかし段階までで税金を払ってきたのはこの私たちだ。それならば行政は私たちの声を聞くべきではないのだろうか。

 だが解れたスーツは首を横に振った。

「もう、時代は変わってしまいました」

 いっそ本当のことを言おうか?だがボケた老人として施設をすすめられるかも知れない。

 この解れスーツに憐れむような目を向けられたらわたしは耐えられないだろう。



 仕方がない。

 ならば子どもたちが来られないようにしたら良いのだ。



 砂場に犬のふんなどを入れてみた。あまり効果は無かった。むしろ投げ合って遊び出す始末である。

 遊具に工作をする事も考えた。しかし事故になると刑事事件に発展して捜査が及ぶと困るのは私だ。

 いくら静かに過ごしたいと言っても塀の中に入りたい訳じゃあない。

 次に、親が公園に行きたくないと思えばよいことに行きついたわたしは、秘蔵のスケベ写真やポルノ映画ポスター類を張り出す事にした。


 老人特有の早朝、それにしても早く起きた朝にブランコやすべり台にベタベタとポスターなどを貼った。

 家に帰って窓から眺めていると、親子連れが来てはポスターなどに気づき、顔をしかめて離れていくのが見えた。

「これは良い効果があるぞ」

 そう思っていたが、その日のうちに役所の職員がきて全て撤去してしまった。

 そうなると再び公園は活気にあふれてうるさくなる。

 何度か繰り返したが、あまり効果が出なくなってしまった。

 朝の早い他の老人が気を利かせて剥がしていってしまうのだ。

「どっちの味方なのだ!」

 と出て行って殴りそうになったが仕方ない。彼らにとっては孫であろうし、家にいられるよりはマシなのかも知れない。


 もう使わなくなって久しい性的な遊具を置いたこともある。

 役所は不審な男女が出たと思ったのか、自治体が注意喚起の立て看板を設置した。

 しばらくの間は公園から親子連れが消えた。

「これで良かったのだ」

 わたしは誰もいなくなった公園を見て呟いた。

「そんな事を言って、本当は寂しいのでしょう」

 後ろから婆さんが声をかける。

「いいや、これで良かったんだよ」

 わたしは庭にある納屋に向かい、中から大振りのバットを取り出した。

「久しぶりにこれを使う時が来たな」

 バットにはグルグルと有刺鉄線が撒いてある。

 原付のバッテリーを繋いで動きを確かめていると、婆さんが背中で火打石を鳴らした。

「いってらっしゃい」

「ありがとう」

「晩ご飯はすき焼きにしましょうかね」

「年金じゃあ足りないだろう」

「大丈夫ですよ、私たちのは年金基金ですから」

 そうか、と笑って手を振った。


 誰もいなくなった公園に足を踏み入れる。

 ブランコは揺れず、シーソーは傾いたまま。

 誰もどこにもいない。

 子どもも、無職の孤独な中年男も、行き場のない老人も、犬や猫も。

「出て来いよ、いるんだろう」

 わたしは叫んだ。


 公園を大きな影が覆った。

 これと戦うのはわたしが最後でいい。

「こんな公園なんぞ潰してマンションでも建ててくれ」

 わたしは日当たりも気にしない。

 建設の騒音だって構わない。

 この町が平和で安全ならそれで良いのだ。

 この町に過ごす子ども達が安心して過ごせる、それだけがわたしの願いであり、それこそがわたしの祈りなのだ。


 バットを握る手に力が入る。

 勝てるだろうか。わからない。

 それでもやらなければいけない。


 

 公園を覆っていた巨大な影は地面から沸き立つように起き上がり、漆黒の鎧武者になった。

 バッテリーのマイナスから伸びたコードを鎧武者に差し込む。

 鎧武者は差し込まれたコードに何の反応も見せず、抜いた刀を大きく振りかぶった。

「むぅん!」

 わたしは掛け声とともに有刺鉄線バットをコンパクトに振る。

 有刺鉄線のプラス極から流れた電流が鎧武者のマイナス極を通った部分と接触して火花が起きた。

 バシャーーン!!

 強烈な光とともに弾けるような音がした。

 有刺鉄線の隙間に仕込んだ火薬が弾けて巨大な火花が飛び散る。


「ママ、花火だよ」

「なにいってるの、今日はどこも花火なんてやらないわよ」

「でもママいま公園でおっきい花火が見えた」

「はいはい、あそこはしばらく近づいちゃだめよ、危ないからね」

 親子連れが遠巻きに視線をやった公園には建設用の白い壁が設置され、マンションの建設予定とボードが掲げられていた。

 壁際には花がいくつか置かれている。


 婆さんは線香を手向けながら呟いた。

「おじいさん、おじいさんの願い通りになりましたよ。でも私は、おじいさんとすき焼きが食べたかったんですよ本当は」

 白い壁の向こうでは、多くの人たちが忙しそうに働いている音だけが響いていた。


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