第4話 「婚約者候補」
こっそりと城に戻り、部屋の扉を開けるとリアナが少し慌てた様子で近づいてきた。
「リオ!大変なことになったわよ!お父様がリオの婚約者を見つけるために公爵家以上の地位か権力を持っている家の令嬢を城に呼びつけたのよ!」
あの馬車たちはそういうことだったのか…
「…はぁ…父上の機嫌がいつもよりいいなとは思っていたけど、そんなことになっていたとはね。令嬢たちは今どこに?」
「応接室にいると思うわ。お兄様を迎えに来たお父様付きの騎士にお兄様が外出していることを話したら、あとで応接室に来るように伝えてほしいと言われたから。」
「分かった。今から行ってくる。その間にリアに少し頼みたいことがあるんだけどいいかな?」
その内容を手短に伝え、僕は応接室へと重い足を動かした。
♢
ノヴァリスティア王国には四つの公爵家があり、そのうちの二つの公爵家に直系の娘がいる。だから二人は確定で応接室の中にいるはず。そして、城下で見た隣国のアレンティア王国の馬車。あの中に乗っていたのは王女だろうか?そうだとしたら、おそらく第一王女のエリスティア殿下か。第二王女と第三王女はまだ年端もいかない子どもだから、僕への婚約者として父上が選ぶことはないだろうし。だとしても、だ…エリスティア殿下は5年前に公的に婚約を発表していたはず。アレンティア王国は20年前の大戦でノヴァリスティア王国の属国となったとはいえ、わざわざ婚約者のいる王女まで城に呼びつけるとは…
いずれ王太子の座を誰かに譲るつもりだったから、迷惑をかけないため、婚約者選びを先延ばしにしていたつけがまわってきたのか…
彼女たちには本当に申し訳ないな。
そう思いながら応接室の扉を開いた。僕の胃を表すかのようにギィーという鈍い音が鳴り、中にいた令嬢たちが一斉に僕の方を見た。どうやらここには父上の騎士はいないようだ。
初めに席を立ち、挨拶してきたのはエリスティア殿下だった。
「お初にお目にかかります。アレンティア王国第一王女エリスティアと申します。この度は婚約者候補としてこのような場にお招きくださりありがとうございます。」
綺麗なカーテシーを披露されるが、そのドレスを持つ手が微妙に震えていた。
…隣国まで轟く僕の悪名って相当やばいものなのかもしれない。そうでなければここまで震えることはないだろう。
それから順に自己紹介が続いた。
「ご無沙汰しております。ヴァルデン公爵家が長女、セルフィーナ・ヴァルデンと申します。このような席にお招きいただき光栄に存じます。」
ヴァルデン公爵家は西部を支配する大領主で、ヴァルデン公爵夫妻と僕の母上には親交があり、セルフィーナ、、フィーとは昔よく遊んでいた。
「お、お初にお目にかかります。オルフェリア公爵家が次女…の、フローラ・オルフェリアと申します。」
目に見えるほど震えている…。当然だ、フローラ嬢はまだ13才。公爵夫妻もこんな場所に送りたくなかっただろうに。
だが、オルフェリア公爵家は東部を支配する大領主で、領地にたくさんの鉱脈があるため、四大公爵家の中では一番経済力がある。経済力は権力に直結するため、オルフェリア公爵家であれば反抗しようと思えば反抗できたはずだ。それなのに娘を送ってきたということは、オルフェリア公爵が娘を売ったのか、陛下が僕の知らない間に何かやったかの二択だな。そういえば、陛下は最近オルフェリア領に行っていたような…
…いや、待て。そんなことよりフローラ嬢にも婚約者がいたはずでは??僕の記憶が正しければ婚約者がいないのはフローラ嬢の双子の妹のフラー嬢の方だったはず。
婚約者候補の三分の二が婚約者のいる令嬢だなんて、僕を最低なくず野郎に仕立て上げたい誰かの陰謀だろうか?もはや笑えてくるレベルだな。もしこの状況を知っていて止めなかった者がいたら声を大にして言ってやりたい。君はバカなのかと。
「…遠くからよく来てくれた。私はエリオス・フォン・フローズンだ。父上の命により、そなた達にはしばらくの間、ここに滞在してもらうこととなっている。不便な思いをすることがないよう、取り計らう所存ではあるが、何かあれば遠慮なく言ってくれて構わない。」
そう言ってパンっと手を叩くと、6人のメイドが入ってきた。
「殿下以外を部屋にお連れしろ。エリスティア殿下、貴女には少し話がある。少々お時間よろしいか?」
「はっ、はい!もちろんでございます。…ただ、私ごときがエリオス様のお時間をいただくなど、恐れ多いことかと…」
「そう自分を卑下なさらないでいただきたい。貴女の御噂は我が国まで届いている。」
そう言ってちらりと扉に目をやった。完全に人が立ち去ったのを確認して言葉を続ける。
「まずは、婚約者がいる身にも関わらず、このような遠い土地まで、『アレンティア王国の使者』として来てくださり感謝する。」
僕がそう言うと殿下は目を見開いた。
「あのっ、それってつまり…」
「この茶番が終わり次第になると思うが、貴女を王国へ帰せるよう力を尽くすと約束しよう。」
「いいのですか?これは陛下のご命令ですよ。」
「問題ない。それに、私の母は貴女の父の妹。つまり、貴女は僕の従妹にあたる。そもそも貴国の文化では結婚すること自体難しいはずだ。」
「ありがとうございます、本当に…ありがとうございます…」
あふれ出る涙でどれだけ心細かったかが伝わってくる。
「リアナ、入ってくれ。」
僕の言葉でリアナが入ってくる。
「お初にお目にかかります。ノヴァリスティア王国第一王女、リアナ・フォン・フローズンでございます。」
この城では殿下は普通に過ごせない。なぜなら、先ほども説明した通り、彼女は属国の王女だからだ。使用人になめられいじめられる可能性が高い。それならば、リアナと仲がいいふりをしてもらって、誰も手が出せないようにしたらいい。我ながら他人任せで酷い方法だな。
「リア、殿下のことを頼んだよ。」
僕はリアナにしか聞こえない声でそう言って、陛下の部屋に行くため足早にそこを立ち去った。




