第3話 「城下町」
少し変装しながら城下を歩く。この国に黒髪の人間はあまりいないし、赤い瞳になると滅多にいないことだろう。
金庫に入れていた変装セットの換えはないから大事に使わないと。
ギィーという音をさせて扉が開く。中からは酒の匂いが漂ってくるが気にせずに入った。探し人を見つけるためキョロキョロと見まわしていると奥から声がかかった。
「うん?誰かと思ったらエル坊じゃないか。そんなとこにつっ立ってないでこっち来て座れ。」
「レオさん、その呼び方はやめてくれって言わなかったっけ?」
そう言って酒を飲んでいる男の向かいに座った。ここではエルという偽名を名乗っており、皆なぜか僕のことをエル坊と呼びたがる。僕は今年で18才なんだけどな…
「まあまあそんな寂しいことは言うなよな。俺とエル坊の仲じゃないか。…それで?今日は何が知りたいんだ?」
そう言ってレオさんはニヤリと笑った。そう、この男、実は裏社会のボス…ということはなく、商会長という肩書きを持ったただの一般人である。一般人といっても、普通の一般人ではない。なぜなら彼は、国一番の成長率を誇るフロージュ商会の商会長だからだ。
どうして僕がそんな人間とつながっていて、その人が城下の酒場で飲んだくれているのか。後者は知らないが、前者は至極簡単な理由があった。3年前に商会を立ち上げるためのお金を僕が貸したからだ。
とんでもなくしつこかったので渋々貸しただけで、まさかそれが一年後に10倍になって帰ってくるとは思わなかった。ちなみにこのレオさんは僕の正体を知っている。なぜなら一度、献上品を受け取る際に会っているからだ。その時に一瞬で見破られたことは今でもはっきりと覚えている。
「三番目の弟が今度誕生日なんだ。何かいいものが入ってきていたりする?」
「たしかエル坊の三番目の弟は今年12才だったな。」
「そうだよ。あっ、できれば馬に勝つやつでよろしく。」
「馬っていうと…ああ、そういえばリアナ様に売ってくれと言われて引き渡したことをすっかり忘れてたな。」
買い取った相手ってレオさんのことだったのか…
「ルーカスは体を動かすことが好きだから広い庭のある別荘とかはどうだろう?」
「…一応言っておくが、俺の店で別荘は売っていないぞ。」
不動産はやってなかったのか…いろいろ売っているからってっきり家も売っているのかと思ってた…
「じゃあ剣は売ってる?」
「それなら売っているが、エル坊の弟が持てるほどの立派なものは数本しかないぞ。」
「その中から選ぶから構わないよ。あっ、一応言っておくけど鑑賞用じゃなくてちゃんと使えるやつね。」
「言われなくても分かってる。」
レオさんはそう言って立ち上がり僕を手招いた。この酒場はレオさん曰く彼の所有物らしく、その地下には巨大な倉庫がある。
「あれだ、あれ。一番左は聖剣ガナールで別名勝利の剣と呼ばれている。」
「聖剣?あれは神殿が管理しているものなのに、どうしてここに…」
「これを管理していた神殿が、孤児を養うお金がないからと、二束三文で売ろうとしているところを見つけてな、適正価格で買い取ってあげたんだ。」
「もうそこまで進んでいるのか…はやく何とかしないと本当にまずいことになりそうだね…」
神殿は神に忠誠を誓っている人達が集まって作ったもので、そこでは無料で治療を行っていたり身寄りのない子どもを引き取って育てたりしている。昔から国や有志ある貴族がお金を出してその活動を支援していたが、陛下が即位してからその支援は全て打ち切られた。
「エル坊のせいじゃないんだからそう気に病むな。」
「そう言われてもなぁ…父上は彼らが跪くまで支援を再開する気がないんだから困ってしまうよ。かといって、神のみに忠誠を誓い跪く彼らにとって、その要求に従うことは神に背く行為になるわけだから、従った方がいいんじゃないかとは口が裂けても言えないし…板挟みにされている僕の身にもなってほしいものだよ。」
「まああの頑固者たちが跪くことは天と地がひっくり返ってもありえないから、この戦いは陛下がお倒れになるまで続くだろうな。…それじゃ、気を取り直して次いくぞ。真ん中のは魔剣オディオで別名深紅の剣といって、多くの場合殺戮に使われていたやつだ。」
魔剣か…これはパスかな…
「最後のは無名の鍛冶師が作った守護剣ガーディアだ。これは俺が掘り当てたから別名はない。ただ、この中で一番性能がいい剣だ。」
「…12才の子どもにあげるのはさすがに危険かな?」
「そんなことを言えば剣は皆危険だろうが。まあ魔剣は子どもに渡すと生命力が喰われてしまうから選ぶとしたら左右のうちのどっちかの方がいいだろう。」
「じゃあ守護剣ガーディアを買うよ。ルーカスには自分と自分の大切な人を守れるだけの強さを手に入れてほしいからね。」
「分かった。あとで包んで城まで持っていこう。代金の3000万リーンはその時受け取る。」
3000万リーン?また割引してくれたのか…
「いつもありがとう、レオさん。」
「…エル坊には世話になったからな。これくらいさせてくれ。もうこんな時間か、、エル坊はそろそろ戻ったほうがいい。」
「そうだね。そろそろ戻ることにするよ。それじゃあまた…」
そう言って僕は酒場から出た。
薄暗い路地裏を通って大通りに出ようとしていたその時だった。
「やめてください!お願いです、やめてくださいっ!!」
女性の声を頼りに大通りとは反対側へ走る。
そこで目にしたのは、一人の女性を追い詰めながらニヤニヤ笑っている二人の衛兵の姿だった。
「…ゲスだ」
そう呟き女性を助けようとした時、男の一人が口を開いた。
「俺らはエリオス王太子の直属の部下なんだ。これもあの方のご命令でな。悪く思わんでくれよ。」
はっ?僕の命令だと?僕の直属の部下などとウソをつくなんて、命が惜しくないのだろうか?それともその行為が王族に対する不敬罪という扱いになって即刻死刑になることを知らないのだろうか?
そんなバカ相手に慌てて剣を抜くほどではない。背後からすっと近づき、短剣の柄を固く握って一振り。男の首筋に当たり、鈍い衝撃とともに呻き声が裏路地にこだました。男は膝をつき、よろめいて倒れる。もう一人も同じように沈黙した。
「大丈夫かな?」
「はっ、はい!ありがとうございます!…あっ、あの…助けてもらってこういうことを言うのはあれなんですけど…王太子様直属の部下の方々を殴っても大丈夫なのでしょうか?」
「…問題ないよ。王太子殿下の直属の部下が衛兵の真似事をしているはずがないから、この二人は偽物で間違いない。」
二人を持っていた縄で縛り付けて、本物の部下にこっそりと合図を送る。
「怖いだろうから大通りまで送っていくよ。」
そう言って僕は女性を大通りまで送ってから今度こそ城へ帰るために足を進めようとしたその時、城の方に向かう豪華な馬車の大群が目に入り、思わず顔をしかめてしまった。
一番前の馬車は隣国アレンティア王国の紋章が入っている。…これはいろいろと厄介なことが起こっているのかもしれない。
そう思って僕は急いで城まで戻った。




