第2話 「父上からの呼び出し」
一度深呼吸をしてから重厚な扉を叩く。
「遅くなりました、父上。エリオスでございます。」
中から「入れ」という言葉が聞こえたので指示通り部屋の中に入った。
そこには偉そうにソファに座っている陛下と血を流して地面に倒れている侍従がいた。
部屋もぐちゃぐちゃになっているし…風魔法を使ったのか…あの侍従、はやく治療しないと死んでしまう。
「よく来たな、エリオス。お前の成人式の服装を決めるために呼び出したのだが、この者が台無しにしてしまってな。」
テーブルの上に置かれているカタログにお茶をこぼしたのか…
「あれが僕の着る服が載っていたカタログですか?」
「そうだ。だから、新しいカタログが用意されるまで少し待ってもらうことになる。忙しいところすまないな、エリオス。」
「いえ、父上がお気に病むことはありませんよ。そこの侍従は僕が回収しても?」
「ああ、いいとも。お前の好きにするがいい。そうだ、ライアンがお前の言葉を遮ったようだが、あとで躾けておこう。王太子の言葉を遮る者にはどんな罰がいいだろうか。」
僕の言葉を遮った?遮られた記憶はないけれど…
ちらっと陛下の後ろに立っている護衛へと視線を移すと、ニヤッと笑っているのが見えた。
…もしやあの護衛、褒美が欲しいからってライアンの行動を捻じ曲げて報告したのだろうか?汚いな。それがいい年した大人のすることか。
「あれ、父上…ライアンは確かに僕とルーカスとの会話に口を出しましたが、僕の言葉を遮るなどしておりませんよ。それに、その後、確か僕はライアンを許したはずですが…報告は受けておりませんか?」
「許した?聞いてないな。」
「ライアンが僕の過ちに気づいて、正してくれたんです。ライアンには感謝してますし、、その…罰なら僕が…」
そう言いながら、申し訳なさそうな顔をして少しうつむいた。
「何を言う!大事なお前に罰など受けさせるわけがないだろう?エリオス、愚か者の話を鵜呑みにしてしまった父を許してくれ。」
今日はなんだか機嫌がよさそうだな。何かあったのだろうか?
「いいんです、父上。それより、一緒に朝食を食べにいきましょうよ。今日はいい天気ですよ。」
そう言って笑みを浮かべながら陛下の気をそらす。
相手が全面的に悪いとはいえ、僕のせいで誰かの首が物理的に落ちるなんてそんな寝覚めが悪そうなこと、起こらないにこしたことはない。
「分かった。じゃあ今から行こうか。」
上機嫌になった陛下とともに部屋を出る。その時に少し後ろを振り返り、部屋に控えていたメイドに合図を送る。これで陛下はライアンのことも侍従のことも…ついでに護衛の過ちも、しばらくは忘れるだろう。僕の平穏な朝食が犠牲にはなったが人の命と比べたら安いものなのでよしとしよう。
そう思って、いまだに胸の奥でドクンドクンと脈打つ鼓動を押し殺し、陛下の隣を笑顔で歩いた。
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ペンを動かす手をいったん止めて、部屋に居座り茶をすすっているリアナを横目に、はぁ…とため息をつく。
「さっきからその調子じゃない。少し休んだら?どうせそんな様子じゃ仕事なんて手につかないわよ。」
…たしかにさっきからこんな感じだもんな…
「そうだね。リアの言う通り少し休憩することにするよ。」
そう言ってリアナの正面の椅子に座った。
「お父様から何を言われたら、リオがそこまで思い悩むのか少し気になるわね。」
「……いや、これは父上がらみじゃないんだ。ルーカスの誕生日プレゼントについて悩んでいて。さっき執事から手紙をもらったんだけど、そこには…まあ意訳するとなんでもいいって書かれてあって、結局ルーカスが何を欲しがっているのか分からずじまい。その上やはり気をつかわせてしまったという後悔が頭にちらついて離れなくてね。」
もう14時なのに朝から全く仕事が進んでいない理由が弟の誕生日プレゼントで悩んでいるからだなんて…リア以外には言えないな。
「ちなみに私は仔馬をプレゼントするつもり。戦闘馬として名高いルレイヴの子どもを手に入れたの。」
ルレイヴっていったら物凄く希少な馬だったはず…よく手に入れられたな。ていうかどうやって手に入れたんだろ?オークションでも滅多にでないだろうに。…相変わらずの伝手の広さだ。
「ルレイヴか…それには何をあげても勝てそうにないな。」
「ドラゴンなら勝てるわよ。捕まえてきたらどう?」
「リア、ドラゴンなんているわけないだろう?おとぎ話にしか出てこないんだから。」
「あら、リオはドラゴンを信じていないの?」
「信じるとか信じないとかそういった類の話じゃないと思うよ。存在したらしたで厄介だからそもそもいないということにしているんだ。そうでもしないと…大変なことが起こるからね。」
ここだけの話、実際にはドラゴンというものは存在していた。その証拠に王宮の地下にドラゴンの首が飾られている。地下は宝物庫とつながっているため、国王もしくは王太子しか入ることはできない。だから今この国でドラゴンが存在したことを知っているのは僕と陛下しかいない。
下手にこのことを公表してしまえば、国中に不穏な種を蒔いてしまうことになるだろう。ただ、それをどう伝えればいいだろうか…
「どうして?ドラゴンがいれば国民の移動も楽になるだろうし、いいこともたくさんあると思うけれど。」
国民の移動が楽になるほどの数のドラゴンって…いったい何匹を想定しているんだろうか?
「…リア、伝説上の生物にそうポンポンと出てこられたら国がめちゃくちゃになってしまうよ。そもそも飼いならせるかどうかも不明なわけだし。」
「リオならきっとできるわよ。」
「どこからそんな自信が出てくるのか不思議でならないな。」
「だってリオは強いじゃない。この前だって騎士団長を模擬戦でボコボコにしていたって聞いたわよ。」
「あれはたまたまだ。……そう、たまたまだよ。」
本当にたまたまなんだ…なぜか騎士団長が何もないところで転んだから…なんて彼の名誉のために言えないけど。
そう思いながらグイッと冷めたお茶を飲み干し、テーブルにティーカップを置く。
「頭を冷やすついでに城下に行ってくる。誰か訪ねてきても通さないで適当にごまかしておいてくれないかな?」
「妹とはいえ、兄の部屋を陣取るのは少し気がひけるのだけれど。」
そう言ってリアナはにこりと微笑む。
いつも僕の部屋に勝手に入っては入り浸っているくせに、、
「…リアが欲しがっていたブローチを買ってあげるから。」
「しょうがないなぁ。私がちゃんと誤魔化しておくから安心して。」
…まったく現金な妹だ。
そう思って僕は金庫の鍵に手を伸ばした。