第1話 「怯える兄弟」
朝日が昇る頃、僕はいつものように目を覚ました。コーヒーを空っぽの胃の中に流し込み、強制的に頭を叩き起こす。口の中に広がる苦味に少し顔をしかめた。
僕の名前はエリオス・フォン・フローズン。ノヴァリスティア王国の王太子とは名ばかりの、才覚のない一般ピーポーである。なぜ、そんな僕が王太子になったのかというと、僕の亡き母親が王妃であり、かつ僕が王子の中で最年長、極めつけには現国王の黒い髪と赤い瞳を受け継いでいたため、気に入られたからという単純な理由である。
そんな迷惑なトリプルコンボを背負っている僕には4人の弟と1人の妹がいる。といっても母親が一緒なのは妹だけで弟たちとは半分しか血がつながっていない。しかし、僕や父上とは違って皆優秀で性格もいいため、本当に半分だけでも血がつながっているのか疑いたくなるのは仕方のないことだろう。
いつかは、自分に与えられた王太子という大それた地位を優秀な弟妹の誰かに譲り渡したいと思っているけど、正直に言ってそれは簡単なことじゃない。国王派が僕を王にするために勝手に奮闘してくれているからだ。おかげで僕の機嫌を損ねたらやばいと思ったのか、弟たちからは怖がられるばかり。僕は何もしていないんだけどね…
そんなことを思いながら、遠い目をして窓の外をぼんやりと見ていると、コンコンコンと控えめに扉がノックされる音が聞こえた。
ああ…いつものやつかと思い、ため息をつく。
「…入れ。」
僕がそういうと恐る恐る扉が開き、5人の少年少女が入ってきた。
「朝の表敬訪問に伺いました。兄上におかれましてはご壮健でなによりでございます。」
そう言って頭を下げるのは、王位継承権第2位、ライアン・フローズン。僕と違って勉学の才覚があり、誰にでも優しい自慢の弟でもある。ライアンの母親は南部の領主ヴェルディア公爵家出身のため、ライアンを王太子にという声も少なからずある。まあいわゆる政敵のようなものだ。
「お、恐れながら……兄上におかれましては、本日もご健勝のことと存じます……」
ライアンに続いて言葉を紡いだのは、王位継承権第4位のセドリック・フローズン。セドリックは体が弱いが、その分知識量では誰にも負けない。特に魔法に関しては専門家を超えていて、いくつかの新しい魔法を生み出しているぐらいだ。セドリックの母親は伯爵家の人間で今は病のため自然豊かな実家に帰省している。
「朝のご挨拶に……参りました……。兄上、今日も変わらずお元気そうで何よりです……」
びくびくしながら頭を下げるのは王位継承権第3位のルーカス・フローズン。ルーカスの母親はライアンと同じため、セドリックよりも年齢が低いが王位継承権は第3位となっている。ちなみにルーカスは今年で12才になる。好奇心旺盛でわんぱくないたずらっ子なのだが、僕の前では借りてきた猫のようにおとなしい。面影すらも見えないため、本当はウソなんじゃないかと疑ったほどだ。
「あ、あの……兄上……今日もその……お元気そうで……ございます……」
王位継承権第6位フィン・フローズン。まだ8才のため、特に目立ったものはないけど、末っ子であるためかとてもかわいい。昇天しそうなくらいにかわいい。僕に怯える姿を見たくないので僕から話しかけることはないけど。フィンの母親は踊り子で、フィンを出産した際に亡くなった。そのため、後ろ盾を失ったフィンをライアンとルーカスの母親のアリアン・ヴェルディア妃と、セドリックの母親のルーシュ・セネガルディ妃が後ろ盾として父上やその他の貴族から守っているため、王子として普通に過ごすことができている。本来それをするのを僕の役目だったのだが、まだ10歳だった僕の代わりに動いてくれたのだ。彼女たちには本当に頭が上がらない。
「おはよう、リオ。今日も元気そうでなによりね、ふふっ…」
王位継承権第5位、リアナ・フォン・フローズン。僕とリアは双子で、どちらも陛下の髪色と目を受け継いでいるため、特に気に入られていた。リアは僕のことをエリオスではなく、愛称としてリオと呼ぶ唯一の人だ。
「…ああ。お前たちも元気そうで何よりだ。…ところで、ルーカス。1週間後のお前の誕生日に何か送ろうと思っているんだが、何か希望はあるか?」
僕がそう言うとルーカスは肩をビクッとさせた。
「えっ?いえ!えっと、あの…兄上にもらえるものならなんでも嬉しいです。」
「はぁ…僕は何か欲しいものはあるかと聞いたんだ。」
大臣め、僕の弟に何を吹き込んだらこんなに怯えるんだ。絶対に許さない。
「ひっ…えっ、あっ…「兄上、ルーカスの欲しいものが決まってから後日書面にて兄上にお伝えするというのはどうでしょうか?」」
「ライアン、ルーカスと僕の会話に口をはさむのは礼儀がなっていない。」
「申し訳ございません、兄上。」
本当はこんなことを注意したくはないが仕方がない。陛下の前でこのようなミスをしてしまうと何されるか分かったもんじゃないからね。それに表敬訪問中は陛下付きの騎士が見守っている。少しの失言でも陛下に報告されてしまう。だが、僕がその行為を許してしまえば陛下も手は出せないはずだ。
それにしても、賢いライアンにしては下手を打ってしまったな。ここは早く切り上げるほうがいいかもしれない。
「これから気を付けてくれればそれでいい。…それに、ライアンの提案は聞く価値があった。今ルーカスに答えを迫っても気の使った返事しかもらえないだろう。ルーカス、明日までに考えて直接でも言づてでもいいから僕に伝えるように。」
「はっ、はい!」
「それでは、朝の表敬訪問はこれで終わりにする。」
その言葉を合図にぞろぞろと皆部屋を去っていく。
リアナ以外の全員が部屋を出て行ったのを確認し、僕はソファーに座りなおした。
「リア、こんなところまで何しに来たの?いつも朝の表敬訪問は面倒くさがって来てないのに。お小遣いなら父上にねだりに行ってよね。リアならいくらでももらえるじゃないか。」
「そんなんじゃないわよ。まったく人聞きの悪いこと言わないでくれる?リオ。」
「なら本当になんで来たの?」
「妹が何の理由もなく兄の部屋に来たらダメだっていうの?」
「ダメじゃないけど、こんな早朝に何の理由もなく僕の部屋に来たことは一度もないでしょ?」
「まっ、そうね。実はお父様からの伝言を伝えにきたの。『時間の空いている時でいいから俺の部屋に来い』だってさ。」
…お呼び出し、か。まったく面倒くさい。
「分かったよ。」
そう言って重い腰を上げる。
「あら、もう行くの?」
「父上を待たせるわけにはいかないし、機嫌を損ねたらどこにとばっちりが及ぶかもわからないからね。」
おそらくは、何の罪もない弟たちに飛ぶのだろうが、そんなことは絶対にさせたくない。
「…リオは本当に優しすぎるのよ。あとは皆にも私と同じような言葉遣いと表情で話せたら完璧なのだけど。」
リアナのそんなひとりごとに、僕は聞こえないふりをした。
仕方ないんだ。監視がいる場所では王太子として文句のつけようがない対応をしないといけないから。そうしないと僕じゃない誰かが罰を受けることになる。あの時のように。
そう思いながら僕はリアナを部屋にのこし、陛下のもとへ急いだ。