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優柔不断な迷子

※実在する都市伝説を題材にした小説ですが、私個人の解釈を加えた創作設定が混じっていることと、本家とは無関係の創作キャラクターが登場するため、検索汚染を防ぐ目的でカタカナ表記にしています。もし検索に引っかかってしまっているのを確認した場合は、非公開にする予定です。

駅のプラットホームにて。

オレンジ色のレトロ調なワンピースを着た女性がホーム上の小さな売店で両手にキャンディを持ちながら長時間考え込んでいる。

表情はひどく沈んでおり、この世の終わりのような、悲しげな雰囲気が漂っていた。

彼女はしばらくそのままうんうんと悩んでいたが、電車到着のアナウンスが鳴ると、彼女は迷いながらも結局手に持っていた棒付きのキャンディを全部購入した。そのまま急ぎ足でホームに滑り込んだ電車に乗り込む。

まばらに空いた車内の中を歩いく間も彼女の暗い表情は晴れぬまま、手近な席に深く座り、ゆっくりと目を閉じた。


■■■■■


目を開けたら車内は誰もいなくなっていた。

窓の外が暗くて何も見えない。トンネルの中にいるようだ。

困惑するのも束の間、車窓の景色はすぐにトンネルを抜けた。

窓の外は眩しいくらいの深い赤色に染まっていた。

いつの間にか夕方になっている。電車に乗る前はまだ昼過ぎだったはずなのに。

車内の行き先表示を見ようと上を見上げると、電光掲示板は故障しているのか何も表示されていなかった。念の為隣の車両にも行ってみたがやはり電光掲示板は消えていた。おかしい。その後も数車両移動して見てみたが全て消えていた。

少し歩き疲れ、しばらく窓の外を眺めて立ち尽くす。

全く知らない場所だったが、とてものどかな田舎の景色だと彼女は思った。静かでのんびりと、思うままに暮らすことができそうな景色だ。こんな場所で暮らせたらどれだけいいだろう…。

そんなふうに考えていた時、まるで見透かしたのかと驚くほどにちょうどよく電車が減速を始め、その町並みを過ぎ去る前に完全に停車した。

すぐに誘うようにドアが開く。

停車した場所もどこかの駅のようだが、車内のがらんとした雰囲気と同じく、誰もいないようだった。その事にうすら寒さを感じ、足が重くなる。

未だ電光掲示板は消えたまま、車内アナウンスもない。

このまま乗り続けてどこかへ行ってしまうのもまずい気がしたが、降りるのも気が引ける。

暫く選べずに迷い続けていたが、気づいたことがあった。

電車の停車時間が長すぎるのだ。

急行と各駅停車の合流や間隔調整の待ち時間で長めに停車することはあるが、それでも異様に長かった。

進みそうには思えない。

自分の今の状況を把握するためにも、降りてみようか。

乗り続けていても、車内から得られる情報はもう殆ど無いように思えた。電光掲示板も映らず、車内の内装はいつも乗っている電車と変わりがないから。

少し緊張しながらも、とりあえず電車の外へと足を踏み出す。

(一番端まで行って運転席を確認しても良かったかもしれない)

降りてからふとそう思った。その瞬間、外の空気と、地につけた足に強烈な違和感があった。

冷蔵庫の中に入ったかのように、爪先が触れた瞬間、そこからひやりとした空気が彼女の全身を駆け抜けた。思わずビクリと硬直する。

その隙に、いつ閉まるのかもわからなかったドアがピシャリと閉まった。

彼女は思わず振り返る。どこからどう見てもいつも自分が通学のときに利用している、オレンジと緑のラインの入った電車だ。行き先の表示だけは普段と違い真っ暗だったが…。その電車はすぐに進み出し、すぐに遠くへと駆けて見えなくなってしまった。まるでずっと、車内から人がいなくなるのを待っていたみたいだ。

彼女は一人、無人駅のホームに取り残された。


■■■■■■



道に迷った、と思った。


気が付いたらひどく乗り過ごし、遠くに見える景色も全く知らない場所。電車を降り、しばらく散策して見つけた駅名も覚えがないものだったから。

お昼頃に電車にのったはずが、居眠りして随分と長い間電車に揺られていたらしい。空の色は毒々しいほどに強烈な茜空だった。

降りた駅には電光掲示板が無く、次にいつ電車が来るのかわからない。時刻表も見つからない。

突然迷子になった大学生の九条茜(くじょうあかね)は、一通りあたりを見回して状況を確認すると、暫しぼんやりと立ち続けていた。

駅で困り事があったときの記憶を思い起こし、無人駅にしか見えないが、探せば駅員がどこかにいるかもしれないため改札を探すことにする。肩掛けの鞄の紐をギュッと握りしめ、プラットホームの端を目指してどことなく不気味な見知らぬ駅の中を歩き始めた。

それほどプラットホームは長くなく、すぐに改札らしきものが見つかる。その隣には誰か人の気配がありそうな建物があった。

ノックする。返事はない。物音は一切聞こえてこない。

「どなたかいませんか」

しばらく待って再びノックするも、静かだ。

踵を返し、再び見知らぬ駅のホームを歩き始めた。五歩ほど歩いたところで、背後の引き戸がガタガタと音を立てて開く音がする。

「はーい」

振り返ると、少しだけ開かれた引き戸の奥に、異常なほどに見開かれた目だけが、暗闇からギョロリと光りこちらを見ていた。

九条は一度立ち止まる。暗くて目しか見えないとはいえ、かなり強烈な印象を残す目だなとぼんやり考えていた。

「あの、道に迷ってしまって…今臨際(こんりんざい)駅に行きたいのですが、ここはどこでしょうか?」

「その駅に帰りたいんですねー」

「ええ、そうです」

引き戸の奥から目だけを覗かせていたその人は瞬きもせず喋った。ほとんど何も見えない暗闇からぬらりと白い手袋をした手が現れ、引き戸に手をかけてガラリと引き戸を全開にする。

暗い部屋からのそのそと出てきたその人はスーツ姿で左腕には腕章、頭には駅帽がしっかりと被られていた。九条は人違いだったらどうしようかと不安に思っていたが、駅員で間違いないようだ。

「ここの駅の看板はもう見ましたかー?」

「はい、キサラギ駅ですよね」

「キサラギ駅はご存じですかー?」

「いえ、今日初めて来ました。有名な駅なのでしょうか?」

「まぁ、それなりには有名ですねー」

その駅員は黒いマスクをしていて、目以外派は隠れていた。そのせいか、なおさら大きく見開かれた目が際立って見える。

「今臨際駅とはどれくらい離れていますか?」

「うーん、とても遠いし、でもすぐに行けるくらい近いとも言えますねー」

「…?」

駅員は突然なぞなぞみたいなことをいう。九条は困惑した。表情に出ていたのだろう、駅員は九条の顔を覗き込みながら首を傾げる。至近距離に彼の顔が来ると目の下に深いクマが刻まれていることに気づいた。彼はちゃんと寝ているのだろうか。

「本当に知らないんですかー?キサラギ駅のことー」

「はい…恥ずかしながら…無知で申し訳ありません」

「困ったなー、存在を認知してない人は来れないと思ってたんだけどなー」

何一つ困ってなさそうな無関心な声音で、駅員はワシワシと己の後頭部を擦る。

その間、ギョロギョロと動く目玉はあまりにも見開かれすぎて、もしかしたらポロッとこぼれ落ちるんじゃないかと心配になる程だった。

「お客様、途中で降りて良かったですねー。そのまま乗ってたら死んでましたよー」

「死ぬんですか…?」

「聞いたことありませんかー?あの世に続く駅とか、死者が乗る列車とかー。ここもそういう、あの世に続く駅ですよー」

九条はぽかんとした顔のまま動かない。心当たりが無いか記憶を探っていた。

「本当によく知らないのに来ちゃったんですねー、珍しー」

駅員の男は特に何も感じてなさそうな様子のまま、棒読みで話を続ける。

「ここはもう、お客様の元いた場所とは全く違う世界ですよー、帰り道もありません」

「帰り道、無いんですか?」

「来た道を引き返す、みたいなことはできませんねー。お客様はここまで道なりに進んできたわけじゃなくて、うっかり別世界に飛ばされた…って感じなのでー」

「別世界に飛ばされた…」

あまりにもピンとこない。飛ばされるって何だろう。

「元の世界に戻る方法が全く無いわけじゃないですよー、歩いて帰ることができないだけで、現世でやり残したことや後悔とか、未練を思い浮かべたら大体の人は帰れますー」

「……」

駅員は、九条が安心してくれるかと思ったが、九条はその言葉を聞いても表情は晴れなかった。

「ちょっと今思い浮かべてみてくださいー、ほら、目を閉じてー」

九条は言われた通りにそっと目を閉じる。棒読みだった駅員の声が心なしか優しく聞こえる気がした。

「お客様が“どこで”、“なにを”したいか思い浮かべてくださいねー、その“どこで”の部分があなたが帰りたい現世のことですからー」

九条はやりたいことを考えてみた。どこで、何をしたいのか。

「………………」

「うーん、帰れませんねー」

何も浮かばない。自分で悲しくなるくらいに。

「すみません…」

「流石に死にたいってわけではないんですよねー?生きたいんですよねー?」

「うーん…そうですね…でも帰り道がないのなら、死ぬのも仕方ないと思えますが…」

「帰り道があれば帰りたいですかー?」

「………」

黙って考え込んでしまった九条に駅員は少し驚いていた。普通はここに迷う要素なんてどこにもないと思っていたからだ。

優柔不断らしい。優柔不断と言えるのか?無欲なように思える。問答無用で死ねと指示をしたら言われるままに死んでしまいそうだ。

出会ったばかりの駅員から見ても彼女は随分と自分の意志がなさそうに思えた。

「これは長くなりそうだなー、あっちに座って考えましょー」

駅員が少し離れた場所のベンチを指差し、歩き出した。九条もそれに付いていく。

支持され、誘導されるのは九条にとって好きだった。従っていれば間違いはないと安心できるからなのか。

そのせいで今、自主的な考えが出せずに、元の場所へ帰ることができずにいるが。

「お客様ー」

「はい」

「お名前教えていただけますかー、おそらくあなたが帰る際に役に立つのでー」

胸ポケットから小さなメモ帳とペンを取り出し、ペンをカチカチノックしながら古異図が尋ねる。

「九条茜です」

「はいはいーえっとー」

「九条ねぎの九条に、茜空の茜」

「ありがとうございますー」

その名前を駅員がメモ帳に書き記した。破天荒そうな彼の外見とは想像もつかないくらいに、意外にも字はきれいだった。

「駅員さんのお名前は?」

「キサラギ駅の駅員なので、キサラギでいいですよー、同僚がそう呼んでくるので」

「では……キサラギさん…」

「あなたの持ってる鞄の中には、手がかりになりそうなものは無いんですかー?」

言われるままに九条はカバンを膝の上に載せ、開いた。

開いた途端、真っ黒い包装紙に包まれた棒付き飴がコロリと転がり出る。

「イカスミ味?すごい味の飴ですねー」

横からのぞき込んでいた駅員が棒付き飴に小さく欠かれていた文字を読み上げる。

「駅の売店で、期間限定だと書かれていたので、つい買ってしまったんです」

「へー、美味しそー」

「よろしければ一つ差し上げますよ。まとめ買いだと安いと宣伝されていて…三つも買ってしまったので」

「いいんですかー?」

「色々と今お世話になっていますから」

「ありがとうございますー」

駅員は飴を九条から受け取ると、すぐに食べるわけでもなくしばらく手に持って眺めていた。

「見つかりそうですかー?あなたのやりたいことー」

「……………いえ………特には………」

突然、アナウンスもなく電車がホームに滑り込んできた。

「あー、お迎え忘れてたなー」

駅員が「あとで怒られちゃうやー」と後頭部をポリポリと掻いた。本来なら電車到着のアナウンスを、この駅員が流す予定だったようだ。

九条は自分の相談に乗っている間に仕事のミスをさせてしまったことに、申し訳無さが押し寄せてくる。

(ここで考え続けていても、無駄に駅員さんを拘束し続けるだけだ)

自分自身の事よりも、誰かへ誠実な対応をする方が九条にとって選びやすい判断基準だった。

「あの…私もうこれに乗ります。ご迷惑をおかけしました」

「えっ」

駅員が驚く。すでに彼の目は開ききっているため、表情はそのままにただ固まってしまった。ドアが閉まる前に、九条は急ぎ足で乗り込んだ。

「電車が来て、ちょうど良かったです。気にしないで下さい」

感謝を込めて深々と頭を下げる。

しばらくして顔を上げると、駅員がこちらに手を伸ばしたまま、固まっている。

ドアが閉まっていく間、暫く見つめ合うも、すぐにお互い遠のいていった。

「…………」

なんでだろう。

最後に見たその駅員の表情が、何故か可愛く思えた。

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