009
ドールと私との共同生活が始まってから、三か月ほどが経った。ドールが自分で移動する頻度はわずかづつだが、確実に増えていった。しかし、どうやって移動しているのかは未だにわからなかった。私といる間にドールが少しでも動くことはなかった。しかし、ほんの数分目を離したすきに、いつのまにかいなくなっていたりすることが、最近ではほぼ毎日数回は起こるようになっていた。仕事部屋にある、彼女専用の椅子からリビングのソファへ、あるいはリビングのソファからキッチンの椅子へ、ドールは気まぐれにその居場所を変えた。
その日は、ソファに座ったドールの横で、買ったばかりの本を読んでいた。『エドガー・A・ポー全集第2巻』だった。私は「メルツェルの将棋指し」を読み終え、しおりをはさんでから本をテーブルに置いた。私は毎日一度はこうしてドールと並んでソファに座り、本を読んだりスマホを見たりして過ごしていた。しかし、その日はなんとなく、ドールに対して不思議な違和感を感じていた。私は横に座っているドールを見た。いつものように、きちんと両手を膝の上にそろえて置き、まっすぐ前を見ている。私が彼女を眺めていた数分の間に、私が何度瞬きをしたのかは数えていなかったが、ドールの方はたしかに0回だった。ドールの眼は、どんな材質でできているのか知らないが、白目の部分は清朝末期に制作された白磁のように白く透明で、黒目の部分は太古の闇の中で育まれた黒真珠のように黒く透明だった。
私は首をかしげた。ドールの瞳の色はたしかに黒かった。しかし、「最初から」黒かっただろうか。私は初めてドールの眼を見たときのことを思い出そうとした。やはり黒だった気がする。しかし、それは今のドールのイメージに影響されているだけかもしれない。私は思い出せないにもかかわらず、なんとなく「違ったかもしれない」という妙な感覚を拭い去ることができなかった。
「というか」私は声に出して言った。「ポイントはそこではないんだよね」
私はさきほどから、ドールにまた変化があることに気づいていた。しかし、どこが変わったのかがわからなかった。私はソファから立ち上がり、新聞の間違い探しを解くようなつもりで、ドールを様々な角度から調べた。
しばらくしてから、私はドールから少し離れ、全体を見た。私にはどこが変化したのかわからなかった。ずっと見ていたせいか、もはや変化したような気がしたのは私の勘違いだったようにも思えてくる。私はあきらめてキッチンに行き、コーヒーを淹れて、またリビングにもどると、再びドールのとなりに腰をかけた。そのとき、ようやくわかった。
私はドールの方を見た。ドールは私には何の関心もないように、前方を見ていた。
ドールの身長は今や、ほとんど私と同じくらいだった。
あっさり在庫がなくなって、続きを書く暇がなくて停滞中。
ようやく最後までの構想は立ったんですが、目標の4万字には届かないかもしれない。
ふつう、気楽に一度で読めるのはどれくらいなんでしょうね。