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とりあえず、いつまでもここに寝かせておくわけにはいかない。ドールだけならば、リビングまでなんとか抱えていけるかもしれない。私はドールの頭の方に回り、体をかがめた。蓋を上げたときと同じ花のような香りがまた微かに感じられた。ドールの背中側から脇の下に手を入れる。ドールの体はなんともいえない感触がした。手から伝わる柔らかさ、その奥にある実質の手応えは、人間のそれと全く同じだった。しかし、ぬくもりは一切感じられない。今まで人のなきがらに触れたことは一度もなかったが、こんな感じなのだろうか。だが、そんなことを考えつつも、不快に感じないのは自分でも不思議だった。そのまま脇の下に手を入れてドールを持ちあげると、ドールの上半身はすんなり持ち上がった。大きさは小柄な小学生くらいだが、それでもこんな大きなものを抱えたのは生まれて初めてかもしれない。
なんとかリビングのソファに寝かせると、ほっと息をついて、ドールの足元に腰を下ろした。
後は箱も片づけないと。あんなに大きな箱を置く場所なんて、さして広くもないこのマンションのどこにあるだろう。それに本体もどこに置こうか。
私は植木鉢や写真立てが並んだ棚にめをやった。
あそこに載せて飾れる大きさじゃないしな。
私は隣に横たわるドールの方を見た。小さくて柔らかそうな足の裏が見え、その奥に⋯
私は思わず目をそむけた。足を閉じた状態だから、はっきり見えたわけではないが、足の付け根の、いわゆる「大事なところ」がちらりと見えた。そこも「精巧」に作り込まれているように見えた。私はもう一度ドールの方を向いて、思わず苦笑いを浮かべた。
ドールの裸に動揺するなんて、いい年してバカみたいじゃないか。
私はぞんざいにドールの左足を持ち上げ、ひざを曲げさせた。足の自重で左足が少し外側に傾き、両足の間がよく見える体勢になった。私は顔を近づけ、ドールのその部分の作り込みを観察した。そのとき、私は基幹病院のベテラン医師のような顔をしていたに違いない。「本物」をこんなにしげしげ見たことは実際なかったが、たしかにそれは人間のものとそっくりにできているように見えた。目の前にある無毛の白い割れ目は、触らなくても、そのなめらかな感触や柔らかさが感じられるようだった。しかし、さすがに手を出すことはためらわれた。
私はソファに座り直し、ほっと息をついた。
箱は仕事部屋の隅に立てかけておけるだろう。
私は立ち上がって、ドールの寝ていた箱を取りに行った。