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蟻の巣  作者: Alan Ingres


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11/12

011

 私が目を開けると、薄暗いの寝室の天井が見えた。ゆっくりと起き上がり、サイドテーブルの上のスマホを手に取った。時計は午前11時23分を表示していた。カレンダーアプリを開き、今日の予定を確認する。今日納品の仕事がひとつあった。私はベッドから出て着替えると、仕事部屋へ向かった。

 作業机の前に座り、一息つく。最近、からだが重く感じる。そのせいか、寝室から仕事部屋まで来るのに、いつもより時間がかかる気がした。このところ、食欲もあまりないから、あるいは風邪をひいたのかもしれない。もしかしたら、もっと悪い病気にでもかかったのだろうか。

 私は作業が完了して納品待ちのファイルを保存してある「終了」フォルダを開き、今日納品予定のファイルを探した。ファイルには納品予定日をタイトルにしているので、それはすぐに見つかった。

(たしか、次の締め切りもすぐだったな)

 私はカレンダーアプリを開き、納期の予定を確認した。あさって納品予定のものが1つ、来週のものが2つあった。私は「作業中」フォルダを開くと、マウスをもった手が止まった。

 あさって納品予定の作業途中のファイルが消えていた。一瞬ぞっとしたが、一方で、そのファイルをさっき見た気もしていた。私は「終了」フォルダを再び開けた。やはり、そこに次の締め切りのファイルがあった。

 私は顔を上げて、天井を見た。それから、そのファイルを開いて中を確認した。現在、デジタルのテキストで個人の筆跡を再現する技術はまだないはずだが、仕事で書いたものなら、自分の「文体」らしきものはなんとなくわかっている。ファイルの中のテキストはたしかに私が自分で書いたもののように思えた。しかし、書いた覚えはまったくなかった。書いたことをすっかり忘れていたとしても、テキストを見てもまったく思い出せないということはあるだろうか。

 私はふらりと椅子から立ち上がると、仕事部屋を出た。とりあえず、思ったより仕事が片付いているのだから、それでいいじゃないか、という気がした。逆の状況よりはるかにいい。

(それに…)

 私はなんとなくそんなことを考える気がしなかった。ドールが家に来てから、自分では理解できないことや不可解なできごとに対して、私はずいぶんと寛容になった気がする。ふと、私はまわりを見まわした。乱雑に積まれた本や書類が床のほとんどを覆い隠している。書棚はもちろんいっぱいだし、ドール専用の椅子の上にも数冊の本が置いてある。

 私は立ち上がって、椅子の上の本を一冊手に取った。モンタネッリの『ローマの歴史』だった。最近読んだおぼえはなかったが、私のお気に入りの一冊だった。しかし、こんな風に本が置いてあったとすると、ドールは最近ここに座っていなかったのだろうか。この椅子に座ったドールの姿が、私の脳裏にぼんやりと浮かんだ。

 私が振り向くと、さっきまで私が座っていた仕事机の前の椅子に、ドールが座って私を見ていた。


最近、投稿頻度が落ちましたが、神経痛で右手に常時激痛が走ってまして、手書きではなくとも、まあものを書くのはなかなか大変です。

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