優秀な生徒
今年もラカユ国軍学校の卒業式が近づいた。
今年は二人の少女が首席を争っていた。二人の共通点は孤児出身ということ。一人は13歳、もう一人は12歳、どちらも普通ならば卒業どころか、正規の卒業年齢である16歳にすら達していない。年に5人程度は飛び級するが、これほど早い卒業はなかった。
単に頭がよくても、軍隊だから実技がある。それを含めて首席だからたいしたものだ。
二人の共通点は女性であり、国軍学校のカリキュラムを1年で終えたことだ。
校長の話ではどちらも甲乙つけがたく最後は私に決めて欲しいということだったので、お忍びで見学をすることになった。
13歳の子は、セニア・タラソアといい、私の昼食を盗んだ手口がすばらしので、ヘルシス宰相に預けたら才能を見出し、彼女が家庭教師もしていたらしい。
12歳の子は、キカゼ・クジョウといい、ヘルシス宰相の弟のエリツオ少将が教えているらしい。ムムム? 気になる!
今日は、剣の実技訓練らしい。セニアとキカゼの相手になる者がいないため、二人が戦うようだ。
お互いに礼をすると、キカゼは下段に構えた。通常中段に構えるが、私の知っている人で下段に構えるのは一人いる。でも……。
先行はセニアだった。突きでキカゼを仰け反らせ、袈裟懸けに振り下ろすが、キカゼは読んでいたようで、一歩下がり軽く躱すと、下段からセニアの剣を受け、そのまま突進し、小手を狙ったが、セニアも読んでいて、剣で受けていた。
息が詰まる一戦だったが、キカゼの剣技は確かに見覚えがある。あれは『雪ちゃん』が得意とする戦法だ。雪ちゃんであれば、最初の一撃で片付けていた。まだ荒削りだから詰めが甘いけど、あの腕ならば、間違いなく首都警備隊の中でも上位にくる。両名とも金髪だが、なぜあの子が?
そういえば、ひねりのない名前に早く気づくべきだった。クジョウは母方の名字で、『楓』を分解すれば『木』と『風』だから『キカゼ』となる。
二人はまだ戦っているが、私は校長に今年の首席にキカゼがなることはないと宣言した。
キカゼは金髪にしていますが、カツラでしょう。あの子は私の妹です。名簿の書換をしてください。二人を同率首席とします。キカゼ・クジョウは『鹿野楓』として卒業証書に書いてください。
あれだけ女王の部屋に入り浸っていた楓があまり来なくなっていたのは通学があったからなのね。知らなかったわ。雪ちゃんは私に害のないことはいちいち報告しない。たぶんヘルシス宰相は知っているわね。その上でライバルとなるセニアを教えたと思われる。エリツオもそれが分かったから『楓』の家庭教師を引き受けた。そう考えるとしっくりくる。
セニア・タラソア少尉はヘルシス宰相付き補佐官補助となった。つまりエリツオ・ホヒリエ少将付補佐官だ。彼女には英才教育を受けさせるようだ。
ヘルシス宰相はラカユ国がもっと大きくなると考えている。そのための人材育成に力を入れている。
私は、この大きさでも十分なのだけど、ヘルシス宰相に言わせると、ラカユ国は大きくなったが、他国が侵略するにはほどよい大きさらしいのだ。
これまでザバンチ王国は他国から侵略を受けることはなかった。それはザバンチ王国に魅力が無かったからに他ならない。
ところがラカユ国は開墾を進め、農地改革も行ったことで穀倉地帯を増やし、大干ばつによる飢饉などものともせず、その食糧をシドル連邦に輸出したことを、他の大国は知っている。
シドル連邦も大国だが、ラカユ国とは離れているため、ラカユ国と軍事同盟を結んでも全く脅威にならない。グラン大公国、ミゼット神国連邦、ミリトリア王国、ガザール国はラカユ国と国境を接しているため、いつ牙を剥いても不思議はない。
最近国境地帯が騒がしいみたいで、隣接国がプチ国境侵入を試みている。抗議をすると、返事はどこも同じく、「元々そこは我国の領土だ」と小国を脅してくる。
これは、旧ザバンチ王国が分裂した他の国も同じ状況だった。
大干ばつが世界の成り立ちを変えた。これから旧ザバンチ王国だけではなく、ゴルデス大陸の国々が国盗りを始める。今ある国々は一昔前の世界大干ばつで生まれた国がほとんどだ。食糧危機は世界地図を塗り替える。少ない食料の奪い合いが起こる。大国に比べ、人数の少ないラカユ国としては一人一人能力を上げないといけない。とにかく人材の育成が急務だ。
今、ラカユ国は人材育成に力を入れている。他のどの国よりも力を入れているはずだ。才能がある者はその出自は問わない。国を守るのはコネ採用ではない。女王が孤児だから垣根は低い。みんながんばれ。
△△△
~セニア・タラソア~
私は飢えていた。だから女王の昼食を狙った。どうせ死ぬのなら、女王の食事を盗んで贅沢をしてから死にたい。彼女はまだ女王になりたてだったから周囲に無警戒だった。
女王のメイドが昼食の重箱を広げた。
あの中にはきっと豪華な食事が入っている。ふふふ、これで夢に見た貴族の食事を食べることができる。最初で最後の食事になるだろうが、それでいい。
私特製の蜘蛛の糸を織り込んだ網を投げる。この網は特殊な編み方をしている。私が編み出した秘奥義だ。雪ちゃんと呼ばれたメイドは突然消えては、その度に新鮮な果物をもってくる。
あのメイドがいるうちは危ない。かわいい顔をしているが、孤児の私にはわかる。あれは豹の目だ。いつでも獲物を狩ることができる。あんなのがいる間はとても無理だ。
また消えた。これまでの経験からメイドが消えて、果物を持ってくるまで3秒くらいだ。その間がチャンスだ。だから蜘蛛の糸を織り込んだ網を投げ重箱をこちらに寄せる。
女王はバカなのだろうか。全く気づいていない。
成功した。さあ重箱を開けて豪華な食事を食べるぞ。はははは、私が勝った。
「なに――――――!!!! これは一体何なのよ――――――――――!!!」
私はつい声を出してしまった。豪華な重箱はどの箱も中味は『焼き芋』だった。
「ごめんね。それ、食べてもいいよ。私の昼食だけど、一緒に食べる? でもあなたすごいわね。まだ11歳でしょ。チャンスは3回もあったのに、よく我慢して一番大きなチャンスを待ったわね。偉い偉い。雪ちゃんもシンパチより気配の消し方がうまいと褒めていたわよ。それにその網は蜘蛛の糸ね。その粘力と特殊な編み方が瞬時に重箱を手元に寄せたわね。感心するわ」
女王は私が主食としている貧民の食べものといわれ、平民すらめったに食べない『焼き芋』を食べていた。それに私の行動はすべて感づかれていた。何なのこの女王は?
私はヘルシス宰相に預けられた。あの人は物知りだった。聞きたい、習いたい。私の欲求は止めどなく湧いてくる。ヘルシス様の側でもっと習いたい。だけど、私は孤児、そんなこと夢の又夢だ。
女王は孤児でも学校に行けるようにしてくれた。しかも宿舎付きで食事付きよ。学校は無料で卒業後は職業の選択は自由だという。
私は1年ほど立つと飛び級してラカユ国軍学校に入学できた。そこには私より1歳年下の子がいた。彼女は優秀だった。
負けたくない。
私は剣も勉強も人の数倍頑張ったつもりだ。だけど彼女は私のように毎日来ないのに私と成績が変らない。彼女は天才だ。私はまだ努力が足りない。
私も彼女も飛び級をし、1年で卒業することになった。私は16歳で卒業するところを14歳で卒業した。
私はラカユ国軍学校を卒業したから少尉となった。
卒業と同時にエリツオ・ホヒリエ少将付補佐官に任官された。ヘルシス宰相の弟であり、天才ヘルシスと同等の頭脳があると言われている。そのエリツオ様を家庭教師にしていたのが彼女だった。どおりで頭がよかった。
卒業時判明した。九条木風は『鹿野楓』様だった。私など話すこともできない雲の上の人だ。
今彼女はエリツオ様の側にいる。家庭教師のような恋人のような二人だ。私の入る隙はない。そもそも私はそのような目でエリツオ様を見たことはない。親愛する上司だ。私は早くエリツオ様のいる位置に行きたいだけだ。
「あの~、楓様、そこの計算間違っていますよ」
「セニア・タラソア少尉、あなたは女心を学んだ方がいいわよ。私がこんな簡単な計算を間違うわけないでしょ!」
「でも……違いますよ」
「わからない人ね。わざと間違えているのよ」
「どうしてですか」
「だって、全問正解したら、もう家庭教師をしてもらえないじゃないのよ」
「そ、そうなのですね」
「学校では私と互角だったけど、女としてはまだまだね」
「私は、彼女から女の武器の使い方を学ぶことにした」