晩餐会
「女王陛下並びに王妹楓殿下が入場されます」
ホールは拍手喝采だった。特にシドル連邦側の出席者は、『ヨイショ』している。
あれから『つばさちゃん』には何回も転移してもらい、会場には100名近く軍のお偉方と文官がいる。でも大統領はいない。奥様がいれば、十分らしい。本人は大統領府に引きこもっている。
私と楓はリベッタ様のいるテーブルに行き、挨拶をする。今日は立食パーティー形式を取り自由に食事や飲み物を選べるようにしている。
「やはりあなたが女王でしたのね。あれだけすごい護衛を連れているのは女王ぐらいだと予想していたわ。でも、おかげで話がスムースにいったわ。でもいいのかしら、ラカユ国の備蓄の3分の2を拠出してもらえることになったのよ。これはシドル連邦の1年分の食糧に該当するするわ。おかげで今年の収穫が少なくても、なんとか乗り切れそう。ララ女王様、シドル連邦をお救いくださりありがとうございます。そこで、我国の大使と文官をこの国に置きたいと思っていますが、いいでしょうか?」
「そうですね。ではラカユ国からも数名派遣しましょう。ヘルシス宰相が人選してくれるでしょう。そうそう、大使の人選にお願いがあるのですが?」
「ご希望があるのならば、誰でもいいですよ」
「では、メフィス・ゴルチョフ大佐を指名していいですか?」
「えっ! あの堅物でいいのですか?」
「一生懸命私たちのことを調べていたようなので、宮殿内に大使の部屋を用意しますから、納得いくまで調べてもらえばいいかと……」
「そうですか。そこまで信用していただけるのならば、彼を大使に見合うように、2階級上げてこちらに住まわせましょう」
「メフィス様に奥方がいれば、その部屋も用意しますよ」
「それはありがたいですね。メフィス、ラカユ国のために尽くしなさいよ。もししくじったら、公開処刑ですからね」
「…………うっ…………分かりました」
シドル連邦の人たちは、きっと質素倹約をしてきたのだろう。最初は食事に手を付けなかった。若い文官は涙を流していた。私の米を作りたいという気まぐれだったけど、こんなに喜んでもらって、もらい泣きしてしまった。
特に果物に驚いていた。ほとんどの果実が水不足で実のらなかったらしい。ラカユ国では雪解け水があるから果樹も被害は少ない。それにここにあるのは迷宮ダンジョン産の野菜や果樹だから一般の野菜や果実よりも美味しい。初めての外国要人の招待だから特に気を遣った。
「ララ様、この国は豊かですね。まだできて間がない国なのに兵士はキビキビしているし、文官も仕事が早い。なによりも、国民の食が豊かでした。ララ様の命令で随分前から備蓄に取り組まれていたと聞きました」
「それは、私が孤児だったので、食事は豊に、学問は自由に学べるようにしたかっただけです」
「それは、なかなかできないことですよ」
「いいえ、ヘルシスちゃんに丸投げですよ。それに最近はヘルシスちゃんの弟のエリツオ・ホヒリエくんが頑張っているので楽していますよ。
そうそう、うちの、守りの要の二人を紹介します。リデアちゃん、メルトミちゃん、ちょっと来てよ~」
「「は~い」」
二人は鶏の足を持ったままやってきた。
「こっちの、両手に鶏足を持っているのがリデア・ポミアン元帥で、口に沢山放り込んでいるのがメルトミ・ルドリフ中将です。二人ともこの国の主軸です」
二人はペコと頭を下げて、下がった。無礼だと思うけど、人のことは言えない。私も片手に鶏足を持っている。今日はいわゆる王族の晩餐にしたくなかった。
おやつを出したときに文官は皆泣いていた。きっと自分のことよりも家族のことを思っていたのだろう。
「もう一人軍の要がいますので紹介しますね。ピノ元帥来て頂けますか?」
「はい、少々お待ちください」
ピノ元帥は軍服ではなく真っ黒なドレスを着ていた。今日は黒子に徹して首都警備隊に直接指示をしていた。だから軍服のまま来ると思ったが、ピノ元帥が現れた途端シドル連邦男性陣はその美しさに口が開いたままだった。
「お待たせしました」
「リベッタ様、彼女が最高難度作戦指令長官のピノ・バルセン元帥です」
「お初にお目にかかります。ピノ・バルセンと申します。リベッタ・テスラノキ様にお目にかかれて光栄です。貴国と国交を樹立できて安心しました」
「そうですね。もうミリトリア王国とのことはお互い忘れて、いい関係を築きましょう。あなたに会えて良かったです。ウラベル様、エドモンド様、クロード様には次回ご挨拶させていただきますのでよろしくお願いします。」
「伝えておきます。祖母も喜ぶと思います」
今日は実務協議だから全員通常の服装で来ている。軍人は軍服だし、文官は勤務着だ。私も楓も普段着のワンピースだ。ヘルシスちゃんにはラカユ国が困らない程度で、なるべく多くの備蓄を放出してほしいと言ってある。
「食事をされたままお聞きください。女王からシドル連邦の方にプレゼントがあります」
エリツオくん、司会ご苦労様。あとでゆっくり食べてね。
「オスモイ・テスラノキ大統領にこの剣をお渡しください。一般用の剣の形にしていますが、素材はオリハルコンです。リベッタ様は私と同じ日本刀の大小刀です。それからメフィス・ゴルチョフ中将には100%ミスリル製の大型剣です。お受け取りください」
メフィスは受け取った瞬間、その軽さに腰を抜かした。彼はミスリル5%剣を持っていたから渡して驚く顔が見たかった。
時価に換算すると大統領の剣だけで今回の備蓄が買える。実際は買ってくれないからお金は何の役にも立たない。今は金があっても外国に対して、支払い手段として機能しない。各国ともお金より食糧だ。
リベッタ様は、翌日帰還された。あとは文官が実務を行い、最終調印のときに、大統領と共に来ることになった。といっても『つばさちゃん』が転移魔法で連れてくるのだけど。
△△△
~リベッタ・テスラノキ~
メフィス・ゴルチョフから『越後のちりめん問屋の落とし子』という子が大統領に会いたいからつなぎ役を頼まれたが、どうしたらいいか、判断を求めてきた。
どうも急ぎのようだ。大統領は夫だけど引き込もりで玉座では強がるけど、外ではおどおどしているから、他国の者には会わせられない。
また、私が代わりに会うことになった。落とし子が預けた剣はオリハルコン製だった。こんな貴重なものを預けるなんて、どういう神経かしら?
会ってみると、普通にどこにでもいる少女だった。私の料理を美味しいそうに食べていた。
まさか、自宅の周りを大統領警備隊が囲むとは思わなかった。あの亭主、護衛をつけさせないで来させて大勢で殺そうというの? それは悪手よ。勇者と同じ運命をたどる気なの?
メイドの一人が女王に特殊な伝達方法で囲まれていることを知らせたようだ。ほかのメイドも一分の隙もないほど警戒している。私でも理解した。ここにいる3人のメイドはうちの最強将軍といわれているガスタード元帥であっても赤子のように扱いそうだ。
それに刀を抜いた彼女たちの剣もオリハルコン製だった。ラカユ国は武力も武器も一級品だ。私の本能が絶対に争うなと、告げている。
転移陣を使いラカユ国に行くことになった。ダンジョンの最深層を処女攻略したときはお祝いの転移陣が現れることがある。私はまだおてんばをしていた頃にダンジョン攻略をした。そこは私たちが発見したダンジョンだった。最深層は8階層という比較的浅いダンジョンで、パーティメンバー7名で挑んだが、攻略後にそれこそ直径10メートルはあろうかという大きな転移陣が現れ、転移陣が七色に光ったと思ったら、あっという間に1階層入口に戻った。だが、目の前にあるのはわずか直径3メートルの転移陣だ。この転移陣で8名を運ぶという。疑いたくはないが、信じられない。
転移陣は光らなかった。それでも転移できた。シドル連邦からラカユ国までは距離的にはシドル連邦の東端から西端ぐらいの距離だが、ダグラス神聖ヨウム国からグラン大公国、ゲルス騎士国、デルス国を抜けないとたどり着かない。
転移陣がなかったら国交樹立をしても相互にメリットはない。シドル連邦とラカユ国の最も大きな違いは、シドル連邦は海に面しているが、ラカユ国は内陸のため海がない。海産物はこの苦境の中でも唯一交換できる財産となった。
あの護衛が欲しい。『つばさ少将』はシドル連邦であればあの能力だけで元帥にしてもいい。
食事会のときに、ちょっと誘ってみた。
「今の給料の10倍出すし、元帥にしてあげるわ。うちに来ない?」
「そんなもの何になる? もう一度言ってみろ、お前の首を落とすぞ!」
「…………」
彼女の声は誰にも聞こえていない。声は出していない。だけど私の頭の中に直接彼女の声がした。
私は話題を変えた。
そんな彼女に対して女王は「『つばさちゃん』そんな言い方したら駄目よ。リベッタちゃんが怖がったじゃないのよ。そんなときはね、やさしく言うのよ。たとえば『すぐにでも行きたいのですが、私はララ様の成長を見ていたいのです。この度のお話はとても嬉しいのですが、申し訳ありません』とかね。あとでお尻ぺんぺんだからね」
「すみません。以後気をつけます」
「気にしないで。つばさちゃんの言葉、すごく嬉しかったわ」
「はい」
この少女にどんな魅力があるのだろう。普通の少女なのに、転移陣を操る少将といい、人間離れしているメイドといい、天才たちが集まっていることといい、私には分からない。
私も気づかぬ間に自分の物差しで人を見ていたようだ。
私は、また勘違いをしていた。女王もあの声が聞こえたということは、もしかして……いやいや、そんな情報は得ていない。いや、それでも、女王はとんでも魔法使いなのか?
正直私はラカユ国を馬鹿にしていた。シドル連邦よりも遥かに小さい国がこれほどの備蓄をしていたと思っていなかったし、備蓄の3分の2も放出するとは考えもしなかった。
ヘルシス宰相は30%までが限界と考えていたようだ。それでも最大限の放出だと思う。それをいとも簡単に変更した。
ヘルシス宰相は私に本音を話した。たぶん本当の話だろう。そうでなければ3分の2も拠出するわけがない。もし同じ立場だったら私は最大限15%と答える。
「ララ様が『30%だと、半年しかもたない。それでは次の収穫に間に合わない。次の収穫までの分をあげないと支援にならないよ。もし足らなくなったら私が海でも山でも行って食糧を集めてくるから、私の我儘を聞いて欲しい』と言われたので、了承しました。
私はララ様に助けられたときのことを忘れていました。あのときも決してラカユ国は豊かではなかったのにララ様は自分の食べ物は芋で、亡命した私や孤児にはまともな食事を提供されました。
宰相という立場では、これだけ放出することは失敗なのですが、ララ様が人命を優先すると判断されたのですから、仕方ないですよ。ですから、私からというよりラカユ国民からのお願いです。決してララ様を裏切らないでください」
「勿論よ」
「今はそうでしょう。今までもそうでした。目の前に人参がぶら下がっているのです。それもほぼ無料でいくらでも手に入るのです。そこではなく、味方しろとは言いません。ララ様の敵にならないようにしてください」
「そんなことはしないわ。で、これまでの人はどうなったの?」
「全員もういらっしゃいません。場合によっては一晩で国が滅びます」
「まさか? だって今だってうちとラカユ国の軍事力の差は歴然としているわよ」
「そんなもの、糞の役にも立ちません。必ず滅びますし、私も全力で滅ぼします」
私はシドル連邦の大統領選挙において他陣営を蹴落とした。そんなときいくら脅されても怖いと思ったことはない。でも、今目の前にいる20歳そこいらの娘に恐怖している。
これまで、ララ女王のことは半分信じ、半分お人好しのお馬鹿さんと判断していた。優秀な部下から絶大な信頼のある女王は、私の知らない魅力を持っているのだろう。まだわからないが、ラカユ国とはいい関係を築かないといけない。少なくとも私が統治している間はそうする。
最後まで見ていただきありがとうございました。
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