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新居

「「「「「「「お帰りなさいませ」」」」」」」


 幻影の魔女は、学園長室にいた関係者を引き連れ、クロードの囲っていた女に与えたという、屋敷に帰ってきた。


 ララは彼らとはほとんど話すことはなかった。幻影の魔女が子供たちに説教をしていたことも原因だが、正門から歩いて1分の、大きな総大理石造りの家が新居だったから、話すほどの時間を要さず着いてしまった。


 そこはララが校門から見た城と勘違いした大きな屋敷だった。

 入口正面には使用人が列をなして迎えていた。


 横並びしていたメイドの先頭には筆頭執事がいたが、その筆頭執事の前に、クロードがよく知っているメイド姿の女性がいた。



「な、なぜお前がここの主のように、先頭に立っているのだ!!」



「あら? あなたの世話をするより、ララちゃんの世話をするほうが楽しいでしょ。私は幻影の魔女専属秘書ですから、ご本人が戻られたのならば、この居宅に住み込むのが当然でしょ?


 あなたはこの屋敷の元住居人のところにでも帰ってください。生活用具や洋服は元住居人の新しい屋敷に運んでいますし、本宅は娘のマリアに任せましたから安心してください。


 それにしても、よくもまぁ、私に内緒で堂々とこんな屋敷を……ここは前国王様が皇太子のときに住んでいた王族専用の居城よね?


 囲った女に子供ができたら、ここから王都魔法学園に通わすつもりだったのね。ふ~ん。私との子は将来の人間形成と言って、全員寮に入れておいて、こんなことをするんだ。ふ~ん、ふ~ん」


「おかげで、全員就職できたし、今もそれぞれ国の要職にあるだろう。儂の教育は間違っていなかった」


「こんないいお家があるのだから、本宅は必要ありませんね。マリアに住まわせましょう。あなたは幻影の魔女からもらったお家で、優秀な秘書たちと暮らせばいいわ」


「マ、マリアは、エドモンド兄上の第一秘書としての勤めがあるから、わざわざ引っ越しさせる訳にはいかないだろう!!」



「寮住まいは、ご近所さんに気兼ねしながら、暮らさなくてはいけないから、マリアはすごく喜んでいたわよ。さすが私の子よ、もう荷物も入れ替えているはずよ。やることが早いわ。そうそう、事の詳細はエドモンド様に伝わっていて、明日にでも呼出があると思うから、正座の練習をしていたほうがいいわよ」



「…………」


 微笑ましい? 二人の会話を聞いていたララは、客間で使用人の紹介を受けた。一緒に来たクロード、サラ、リリアは食事の準備ができている大ホールに案内されていた。


「30年前から幻影の魔女の金銭管理を含め、専属秘書をしているモニカです。クロードは一応夫です。別居生活が長いので、夫婦生活はかれこれ数十年ありませんが……。これからはララちゃんの家庭教師も兼任します。あなたの洋服や勉強道具は、全部揃えさせていただきました。これからしっかり勉強してください。


 ただ、一つだけ注文があります。幻影の魔女の金銭感覚だけは、マネしないでください。どこから持ってきたのか分からない金貨や宝石を庭に散撒(ばらま)いたり、屋敷のあちらこちらに金塊を置いたり、希少鉱物をゴミ箱に捨てたり、どこかの国の宝物を、ポンポン食卓に置いたままにするとか、使用人に国宝級の宝物を預けるとか、そこいらの床で金塊を枕にして大鼾(おおいびき)で寝るとか……ですね。


 いくら国王より金持ちだからといって、庶民的金銭感覚は身につけないと、寝ている間に襲われてしまいます。それが許されるのは、国王にさえ恐れられている『幻影の魔女』だけです。


 それはもう苦労しました。私が幻影の魔女の専属秘書になって、この10年間が一番落ち着いて秘書らしい仕事ができました。一人は雄叫びの森に()もり、もう一人は行方不明だったのに、それが急に現れた。


 これからはララちゃんがいるので、きっと貴族の見本となるような振る舞いをしてくださるでしょう。ほほほ……」


 ララはモニカの話していることが理解できなかったが、質問することは失礼に当たるので聞き流した。


 モニカもララの能力を知らなかった。魔法だけでなく、魔法学園で覚えるべき教育は、入学時点でジーニアから教えられている。それ以外にも高度な教育を受けているララに、モニカが教えることなどなかった。ララはすでにモニカの知識量を超えていた。


 ララの前ではこれまで優しい母だったから、幻影の魔女が過去に行った、悪魔のような所業を聞いても信じられず、ララの首は不思議と言う意味を込めて『コテッ』となった。



 それから筆頭執事、メイド長、副メイド長、料理長、副料理長から庭番まで100名は超える者が名前と役職を告げた。普通一度に紹介されても覚えられないが、幻影の魔女はララに当たり前のように……。


「全員の顔、声、役職、癖は覚えたね?」と言った。ジーニュアはジーニアの記憶から、ララの偏差値が高く、瞬間記憶力があることを知っていた。


「はい。ちょっと気になる方がいましたから、呼んでいただけますか?」


「誰だ?」



 ララの前に98番目に紹介された下働きの『ミミ』と名乗る、16歳の女性が呼ばれた。


「も、申し訳ありません。私に何か失礼があったのでしょうか?」


「違いますよ。気になったのはその左手です」


「すみません。これは子供の時に火傷をしまして、ケロイド状になってしまいました。こんな醜いものを見せてしまい、すぐに包帯をしますからお許しください」


「全然醜くないですよ。よくがんばりましたね。これからよろしくお願いします。少しお時間をくださいね。これくらいならすぐ治せますから。『ハイヒール、再生』」




 ミミの手首から肘まであった、茶色く薄汚れた火傷痕が、時間を逆戻りするように、数十秒で綺麗な肌に再生していった。その光景を見たモニカをはじめ、使用人たちは驚き、ミミはその場で大声を出して泣いた。これまで苦労したであろうことは、ララも分かっていた。自分もそうだったから。


 指の欠損をしていたら、最高難度回復魔法超グレートエクストラヒールが必要であったが、この程度であればハイヒールで済ませることができる。


 しかし、目の前で見た者は、それが最上級魔法でないと治せないものであることは分かっていた。それが使える者は幻影の魔女以外では三人しかいない。それも120節ある長い詠唱を一字一句間違えないで初めて発動する。


 そんなすぐれた回復魔法士は、有力貴族が抱えている。


 魔力をごっそり持って行かれるから、魔力の少ない回復魔法士は、それから魔力回復のため1週間は寝込むことになる。だからよほどのことがない限り、最上級回復魔法ハイハイヒールは使わない。




 幻影の魔女ジーニュアが連れてきた使用人以外は、モニカが面接をして雇い入れていた。雇入基準は仕事ができることだったから、出自や容姿は無視していた。



 そもそも幻影の魔女に付いてきた使用人は、能力があるのに戦争の後遺症で欠損があったり、重大な疾病があったり、出自が低かったり、といった理由でまともな職に就けていなかった者たちが、『幻影の魔女ジーニア』の回復魔法で地位を得た者たちだから、たとえ火傷痕があろうと、幻影の魔女であれば治すだろうと思っていた。


 だが、幻影の魔女はまったく治そうとしなかった。



 しかし、まだ13歳の子が、古い火傷痕を完治するとは思わなかった。あれほどの火傷痕ならば普通の回復魔法士では無理で、誰もが『幻影の魔女』でなければ治せないと思ったからだ。


 だが、驚いたのは来客だけではなかった。最も驚いたのは『幻影の魔女』ジーニュアだった。記憶転写で部分的にジーニアの記憶を覗いたが、こんな光景は見ていなかった。だからジーニア以上ではないかと思えるララの回復魔法を目の前で見たことで、嫉妬の気持ちより、この子は側において自分の役に立てようと考えた。なぜならジーニュアは回復魔法が使えない。



 ところでミミだが、実は上流貴族であるミカモレント伯爵の三女であった。火傷が原因で自信を持てず、王都魔法学園を卒業後まもなく家出し、王都をウロウロしているところを、モニカに首元を(つか)まれて連れてこられた。年齢の近いララの専属メイドにするつもりだったが、本人が火傷痕を気にして下働きを希望していた。



 幻影の魔女はララを招待客に紹介するため、大ホールの壇上にいた。幻影の魔女の後ろにはモニカ、幻影の魔女の側にはララがいて、ララの後ろにはミミがいた。


 幻影の魔女が一歩前に出ると大ホールは一瞬で静かになった。



「幻影の魔女の養女ララだ。これまで幻影の魔女の生んだ子は、ボンクラばかりだったが、やっと私の跡を継ぐ者が現れた」



 会場に来た者は信じられなかった。何と『幻影の魔女』が、ララを実の子より優秀な子だというのだ。ここにいる者は彼女が、実の子以外を褒めるのを見たのは初めてだろう。長く生きている彼女が最後に人を褒めたのは、10年前の戦争で亡くなった兵士の遺族に、戦死者をたたえたとき以来だ。


 だが、ジーニュアはジーニアの生んだ子はボンクラだという意味で語っていた。



 当初の予定では招待客は、王都の近くに住む親族だけのはずだった。それは至極当たり前のことで、身内に娘を紹介する簡単な食事会のつもりだった。


 ところがその情報を聞いた貴族たちは、大慌てで面会を求めたから、仕方なく大袈裟(おおげさ)になってしまった。


 幻影の魔女が養女にしたということは、当然ながら長男で魔法省大臣のエドモンドも来ていた。大ホールに案内されたクロードは、兄エドモンドから別室に行くように催促され、戻ってきたら顔が青(あざ)で目元は腫れていた。



 それを見たララは壇上からすぐにクロードのとこに行き『ヒール』と唱えると、その姿は一瞬で元に戻っていた。


 近くにいた者は「オ――――――」と(どよ)めいた。


 近くにいた婦人は側に居た夫であろう男性に「ねえ、『ヒール』ってあんなのだった? 確か擦り傷用の詠唱よね? あれはどう見ても最上級魔法の『ハイハイヒール』よ。そんなの最上級回復魔法士しか使えないわ。でも確かに『ヒール』と言ったわよね?」


 壇上に戻ったララは、ペコリと頭を下げ、「ララと申します。これからよろしくお願いします」と言って何事もなかったかのように笑顔でいた。


 大ホールにいた来客は、ララが幻影の魔女の養女だとは聞いていたが、これほどの魔力があるとは思っていなかった。


 ララの容姿は幻影の魔女に似ていない。養女だから当然であるのだが、その一挙手一投足は洗練され、幻影の魔女と違い、どこの上級貴族出身かと思わせた。


 来客の男性の興味は絶世の美女だが、あの『幻影の魔女』を相手にできる強者は誰か?という下世話な話だった。


 大ホールには数百名がいたが、ララは幻影の魔女から全員に挨拶するように言われていた。ララについて回ったのはモニカとミミで、幻影の魔女はララの知らない親族と酒を交わしていた。


 ララの紹介という怒濤(どとう)のような大宴会が終わり、客間にはエドモンド、クロード、サラ、リリアそして幻影の魔女がいた。ララは明日から学校があるから就寝している。



「今日はいいものが沢山釣れた。ララに紹介できてよかったよ」

 幻影の魔女は単に金をせびる相手を物色していただけだったが、他の者は違う意味に捕らえていた。


 それに応えてエドモンドが質問した。


「確かに、内偵中の悪党供も来ていましたが、あれほどの数の来客ではここにいる者くらいしか識別できませんよ」


 幻影の魔女も話が違う方向に向いたことを理解し、他の者の話に合わせた。

「ああ、普通ならばそうだが、お前と違いララはボンクラではないからな」


「伯母さん、これでも私は在学中ずっとトップでしたよ」


「クロードと違いさすが長男だね。引っ込み思案のジーニアに頼まれて、ララの付き添いを頼まれた。ララを安心させるため、このまま母親として過ごすから内緒だぞ。絶対に私がジーニュアだと話すなよ。もし話したらお前であっても、命の保証はしないぞ」


「伯母さんは、昔から怖いですよね。そういう設定なのですね。母さんは雄叫びの森に引っ込んでから出てきませんものね。母が引っ越してすぐに訪ねたのですが、けんもほろろに追い返されましたよ。分かりました。私以外気づいていないようですし、そうしましょう」


「ところで、双子だから似ているが、より似せるため黒子(ほくろ)の位置まで幻影魔法でジーニアにそっくりにしたつもりだが、どうして分かった?」


「ああ、それですか?匂いです。母は香水をつけたことがありませんから。もし香水をつけていなければ、多分わかりませんでしたよ。昔母に聞いたことがあって、絶対につけないと言っていたのを覚えていましたから。それに伯母さんの香水ですが、昔付けていたものと同じですものね」


 このとき、ジーニュアはしまったと思った。ジーニアが香水をつけないことを忘れていた。ジーニュアはその日から香水をつけるのをやめた。エドモンドを殺すことも考えたが、しばらく放置して様子を見ることにした。


「分かったらそれでいい。だが、あの子に比べたら、お前なんかただのボンクラだよ。あの子は全員の顔と声、癖、呼吸、魔形、身体的特徴のすべてを一瞬で覚えるんだよ。お前にできるかい?私も驚いた」



「そんな人間離れしたことできません」



「そうだろう。でもあの子はできてしまうんだ。少しできすぎるのが欠点だ」



「伯母さんも変りましたね。いや、お母さんも変りましたね」



「大切な妹からララのことを頼まれたからな。エドモンドよ、魔法省大臣なんかやっているお前が堅すぎるんだ。いつも人の観察ばかりして疲れるだろうが、もっと自由に生きてみな。お前も変われるさ」



 その日は徹夜で悪党たちの始末と、ガザール国の動向について話合いが行われた。ジーニュアは、自分が主人公として振る舞えるのが嬉しかった。これまではジーニアの影に隠れていた。それももう終わりだ。ふふふ……。




 深夜、一人見えない誰かと話す幻影の魔女がいた。


 ””もっと若くなれるだろ””


「そうね。考えておく……」


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