後始末
リデア・ポミアン元帥がグラン大公国軍と戦っていたそのとき、私、ヘルシス宰相、雪ちゃん、つばさちゃん、セラーヌの5人はケトン王国王城に忍び込んでいた。ケトン・ベイチェク国王の顔を知っているのは雪ちゃんだけだ。雪ちゃんがザンバの頭を覗いたときに国王の顔も出てきた。ザンバは下っ端だったので遠くから見ていたが、自然とともに生きた目のいいザンバははっきりと覚えていた。
ケトン・ベイチェクはザバンチ王国では元帥をやっていた。彼の顔は元ザバンチ王国の軍人であったヘルシス宰相やリデア・ポミアン元帥も知っているが、彼女たちが知っている顔とザンバの見ている国王の顔は違っていた。雪ちゃんがヘルシスとリデアから得たケトン・ベイチェクとザンバが見た国王の顔は似てはいたが、歯並びと耳の形が完全に違っていた。
王城の入口は3千人の護衛兵で固められていたが、城内は閑散としていた。主立った将軍は皆出て城内を護衛する兵士は数十人しかいない。しかし護衛官が密になっている部屋が1つあった。私たちはそこに目をつけ、護衛官を倒し中に入った。
部屋の中ではケトン・ベイチェク国王と思わしき男が酒を浴びていた。雪ちゃんに確認すると、確かにザンバが見た男だが、ヘルシス宰相はケトン・ベイチェクではないと断言した。
そこには震えながら酒を浴びている男がいた。髭は伸び放題で、やや異臭がするから、風呂にも入っていないのであろう。男が私たちを見る目はうつろだった。
護衛官はこの男を守っていたのではなく、逃げないように見張っていた。
この男は国立歌劇団の団員でバベル・ホイットと名乗った。ケトン・ベイチェクに似ていたから影武者をやっていたが、ケトン・ベイチェクが死亡した後は本人を演じていた。それからは本気でケトン・ベイチェクに成りきっていたが、新政府軍が蜂起した当たりから宰相と軍が彼の言うことを聞かなくなり、宰相がそそくさ逃げようとしたバベル・ホイットを幽閉していた。
その理由はあっけないもので、本人はすでに亡くなっていたからだ。それもケトン王国が建国されて3日目に心臓発作で亡くなっていた。これを下世話では別名腹上死と言っている。
ケトン・ベイチェクに権力が集中していたため、宰相と将軍たちはしばらく生きていることにしてやりすごしていたが、ヘブリス王国を手に入れたことで、ケトン国王が死んだことをいつ発表するかで内部が揉めていた。宰相はバベル・ホイットをそのまま自分の傀儡にして統治するつもりだったが、内情を知る将軍たちが言うことを聞かなかった。
絶対君主制のケトン王国で軍の一部とはいえ中間派(兵力2万人)が国王の命に従わず、王都に集結しなかった理由も、中間派の上層部がこのことを知っていたからである。
目の前にいる男はケトン・ベイチェクではないが、兵士も国民もこの男を本人と信じている。バベル・ホイットがこれまでいい思いをしてきたのは、あの書簡から十分に伝わる。
雪ちゃんは、替え玉だったバベル・ホイットの首を刎ね、剣に刺し王城から外部に向けて掲げた。ケトン・ベイチェクは絶対的権力をもっていたから、その男の首を刎ねたことで、国王軍は自分たちが負けたことを悟った。
替え玉のことを知っている将軍たちが『あれは替え玉だ。騙されるな、あの女を殺せ!!』と騒いでいたが、一般将校や下士官、国民は本人だと思っているから信じない。
あの女を殺せと言った将軍たちの首を雪ちゃんが王城のバルコニーに吊した。その首は全部で26首もある。けっこうな数の者が知っていたんだ。これじゃ内乱が起きたら国王を見限るはずだ。
さすがにバルコニーから壁を伝い垂れる血が涙のように流れている様子を見た兵士は武器を置いた。他国だから私たちは一応謎の少女として仮面をしている。
一番前には、ヘルシス宰相とブリグシア峡谷から帰還したアレツワンドル・ザバリエク新政府代表がいる。後ろにはブリグシア峡谷から戻ってきた楓、華ちゃん、小町ちゃん、私の真後ろには、雪ちゃん、つばさちゃん、セラーヌがいて、アレツワンドル・ザバリエクのすぐ後ろにはヘルシス宰相がほとんど間を置かずにいる。
楓がやや威力のない『紅蓮の火炎弾改』を空に打ち上げた。カスカスになった魔力をこのために残していたようで、どうしてもセレモニーでやりたかったようだ。
王城前の兵士や国民は爆音で静かになった。
アレツワンドル・ザバリエクは、魔道拡声マイクに向かって話し始めた。
「ケトン・ベイチェクは死んだ――――――! もう悪政は終わった――――――!」
「「「「「「「「「「「うぉ――――――」」」」」」」」」」
歓声は途切れることなく、しばらく続いた。
「ここにある首は悪党将軍たちだ。食糧を独り占めして国民には回さなかった。国民には餓死した者もいる。親が死んだ! 子が死んだ! 罪のないものが死んだ! 全部こいつらのせいだ――――――――!!」
「「「「「「「「「「「そうだ、そうだ――――――――――!!」」」」」」」」」」
「王都軍にも国民にも知らされていなかったが、グラン大公国軍が10万の兵で我国に攻めてきた……」
一瞬どよめいた。
「こいつらは、それすら教えず、兵も派遣しなかった。だが、ラカユ国は新政府の要請に応えてくれ、3万5千人の兵士を派兵してくれた。そのおかげで新政府軍4千人と協力しグラン大公国軍を撃破した。こんな返り血だらけの格好で申し訳ないが、これが現実だ」
沈黙が続いたが、国王軍から、「お前はラカユ国にこの国を売ったのか? この売国野郎!」と叫ぶ声があった。
「ラカユ国軍は先頭に立って戦ったため3千人が亡くなり、5千人が怪我をした。新政府軍も千人が死亡、2千人が怪我をしている。我国の軍が亡くなるのはしょうがない。だがラカユ国軍の兵士は他国を守るために亡くなった。ララ女王はここに駐留しないで自軍をこのままラカユ国に引上げることも容認している」
国民は不安そうに、だったら誰が国を守るのだ。と聞き返した。
「ラカユ国に見放されたら、我々自身で守らなければならない。もしそうなったらグラン大公国軍が再来するだろう。そのときは我々では防げない。今回は運良く勝てたが、次はそうはいかない。相手も次は慎重に攻めてくるはずだ。それに肝心な食糧がない。この国には食糧備蓄が全くない。それに相次ぐ干ばつで今年の麦の作況状態は最悪だ。全く足らない」
国王軍から「お前たちだって、できないじゃないか。それで新政府だと、馬鹿にするな!!」
「そうだ。最初からラカユ国が侵略する計画だったのだろう!!」
と騒ぐ輩がいた。どちらも将軍級の兵だ。
国民からも『ラカユ国は我らの敵だ』と怒鳴る声がする。
「亡くなった兵士数も嘘っぱちだろ!!」
「グラン大公国軍が攻めて来たのも嘘だ!!」
「ラカユ国を追い出せ」
いつの間にか国民が国王軍の味方をするようになっていた。
国民はまんまとまだ残っていたクソ将校の口車に乗せられた。
「私の隣にいるのはラカユ国女王だ。女王の言葉を実際に聞いてくれ」
当初の予定では、ここで『この国の人がそのように望まれるのならば、ラカユ国はここを併合し、皆さんにラカユ国の備蓄食糧を開放します』と挨拶をし、国民から拍手があり、熱狂的な歓迎を受けるはずだった。
だが、現実は予想したよりも、遥かに国民がアンポンタンだった。
「ラカユ国女王鹿野ララです。私はこの国を併合する気がなくなりました。このまま引上げようと思います。だからご自分たちの手で守り、食糧を確保してください。
私からこれ以上話すことはありません。
追い出さなくても、私たちが出て行きます。
私はラカユ国民が大事です。この戦いで未来ある若い兵士を、4千人も殺してしまいました。私の責任です。皆さんの意見を聞く前は、本気でこの国を助けるつもりでした。我国の備蓄も放出するつもりでした」
国民と国王軍の双方から「食糧だけ置いて帰れ!!」と怒鳴る声がする。
ここまで酷いと、呆れるよりも、感心すらする。
「…………てめえら!! いい加減にしやがれ!! 下手に出てりゃあ好き放題言いやがって!! 自分たちでなんとかしな!!!…………ほほほ、失礼しました。
言い忘れましたが、新政府軍の方たちはラカユ国軍に編入しましたから、申し添えます。あとのことは各州の知事、貴族、軍部の判断に任せます。貴国との国境は本日封鎖します。
では、みなさん、お後がよろしいようで。さようなら」
私は渋い顔をしているヘルシス宰相に『ごめん』と謝る。
ここまでアレツワンドル・ザバリエクのすぐ後ろで決起文の原稿を読んでくれていたのに、私が台無しにした。
雪ちゃん、小町ちゃん、華ちゃん、つばさちゃん、セラーヌは「お見事です」とニコニコ顔だ。
楓は「喉元過ぎたらなんとかだね。早く帰って、亡くなった人を弔ってあげようよ。それに親族の方たちに謝らないとね」
「そうだね。帰ろう。小町ちゃん、悪いけどヘルシス宰相をリデア元帥のところに送ってくれない。今回の後始末をヘルシス宰相に任せて、終わったらリデア元帥も一緒に首都に連れてきてね」
「はい」
ケトン王国がこれからどうなるのか、私もヘルシス宰相もわからない。このまま餓死するのか、グラン大公国に滅ぼされるのか、旧ザバンチ王国のように分裂するのか、のどれかだろうことは推測できる。でも、もうラカユ国には関係のない国のことだ。
アレツワンドル・ザバリエクは目が点になっている。
「あなたも一緒に来るでしょ?」
「はい、もちろんです。この国の民がここまで酷いとは思いませんでした。徹底的に追い詰められたほうがいいです。すべてはそれからです」
最後まで見ていただきありがとうございました。
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