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天使に跪く

 地獄絵図が終わった。今日も私と雪ちゃんと小町ちゃんは、死体を灰になるまで焼却している。昨日は初めはブルザ王国兵を高温の火炎で灰になるように殺したが、魔力切れが起こり、結局ウインドカッターで首を落とすことになった。

 死体は魔獣の森に運べば始末できるが、麻薬で心を荒廃され、操り人形のように戦争道具と化した人たちを、ぞんざいに扱うことはできなかった。私は、灰にすることで、早く天に昇れそうな気がした。


 楓は怪我人の転送を繰り返してくれた。おかげで助けられた兵士も多い。あまりにも怪我人が多いため仕方なく、前文明の特効ポーションが数十本、使える状態で発見されたことにして、重病人には世界樹の葉を絞って飲ませた。



 ブルザ王国軍の死者44,079名に対してラカユ国軍の死者は2,065名だから被害は少ない。ただ、負傷者はそれなりに多い。これでも首都で重体となった者は、私たちがその場で治癒(ちゆ)していたから、死者が少なかった。

 軽傷者は例の世界樹の絞りかすで作った丸薬を飲ませた。


 ブルザ王国軍の負傷者はあまりにも多かった、生き残った者も、飲ませてはいけないものを飲んでいる。正規兵は飲んでいないが、強制徴兵者は全員飲まされている。いくら世界樹の葉であっても精神までは病んだ者は治せない。病気からくる精神的なものであれば完治する。だが、これは病気ではない。麻薬だ。


 結局、強制徴兵者で助かった者3,645名のうち、元通りの健康体になったのは621名だった。残った人3,024名は心が戻ることはなかった。


 あまりにも負傷者が多く、とても回復魔法を使って治癒されるような状況ではない。そんなことをすればこちらが倒れてしまう。


 負傷者をブルザ王国軍の野戦病院に運び、急いで睡眠薬を飲ませる。彼等は目を覚ましたときは全快しているはずだ。私が彼等にも前文明の特効ポーションとして世界樹の葉を解禁した。青汁の絞り出しは雪ちゃんが行い、彩色加工は小町ちゃんが行った。


 でも黒はどうかな? 毒みたいよ。私は澄んだ青か黄色と思っていた。小町ちゃんの魔法障壁も黒だからしょうがないか。天使の魔法障壁が黒で、元悪魔の雪ちゃんの魔法障壁が白というのは面白い。



 彩色をしたのに、天使の里の天使たちの目はごまかせなかった。どこからか天使に見られてしまった。気配に気づいた雪ちゃんが追いかけたが既に消えていた。


 小町ちゃんも行きたそうだったけど、天使族に知られたら困るから押さえつけるのに苦労した。小町ちゃんは世界樹があるという、生きる証人だ。



「ねえ、小町ちゃん、私には黒い毒にしか見えないけど、どうして天使に気づかれたのかな?」


「私たちには世界樹の原液は金色のオーラを発しているのが見えるのです。丸薬は残りカスなのでほとんどわかりません。さすがに原液ですから、そこら中、光り輝いていますよ。たぶん空中から探していたのでしょうね。相当遠くからでも視認できると思います」



 例えると、夜間に東京ドームでやっている野球の試合を空から見ているようなものらしい。今まで私は知らなかった。それだったら、絶対ばれるよ。



「見えてなかったのですか?」


「全然」


「彩色を言われたとき、何かのおまじないかと思いました」


「スタート地点で間違っていたのね」




 小町ちゃんが怖いことを言い出した。


「雪も感じたようですが、天使病を実際に罹患した私にははっきり感じ取れました。偵察に来ていた天使ですが、波動が(いびつ)でした。あの天使は天使病を罹患しています。偵察に来た者は軽度の者でしょう。天使の里は重症者で()れていることでしょう。きっと明日にでも全天使が総力をかけて世界樹を奪いに来るでしょう」



「迷宮ダンジョンが危ないかも?」


「いいえ、あそこは良くも悪くも外界から隔離されています。私でさえ気づきませんでした。問題はそこではありません。ラカユ国の首都ウーベで見られてしまったことです。ここが天使の襲撃目標となります」


「やっと葬儀が終わったところよ。復興作業すらできてない。リデアの報告によるとブルザ王国では国王一族と貴族は吊され、国土は荒廃している。あちらこちらから悪臭がし、一般人も孤児も食糧を求め物乞いをしている。


 食糧は行き渡っていない。リデアは貴族の食料庫を開放したが、足らない。救援要請をされているが、こちらも天使族の対応に追われているから、すぐには対処できない。



 雪ちゃんと小町ちゃんは動けないため、楓に運送屋とタクシーを任せた。リデアも今日は堅パンと水だけで過ごしている。わざわざ戻って堅パンを食べなくてもいいと思うのだけど……。


 本人は精神衛生のためだと言った。




 世界樹のことは誰にも知られてはいけない。だけどこのままでは天使族の襲撃から首都を守れない。私の頭ではもう限界だ。こんなときは、ヘルシス宰相を巻き込むしかない。


 ただし、雪ちゃんが悪魔を支配するときに交わす呪術が必要になる。ヘルシスが呪術を受入れなければ、私たちで天使族と首都攻防戦をする。国民に被害が出るだろうが、名案がない。



 ヘルシス宰相は引っ切り無しに女王の部屋に来ている。コーヒーを飲みに来たのではない。戦後処理の報告のためだ。流石ヘルシス宰相だ。私の斜め上の考えと実行力で国内は概ね沈静化した。


 ヘルシス宰相は遺族への訪問と見舞金の支給、これからのことなど、精力的にこなしていた。そしてブルザ王国内の統治についてはリデアに具体的指示をしていた。





「ヘルシスちゃん、お話があるのだけど、いいかな?」


「ララ様、なんでしょう。その『ちゃん』呼びするときは、(ろく)な事がないですよね?」


「そんなに構えないでよ」


「構えなければ私の精神が持ちません」


「たいしたことではないわ」


「?」



「……………………」



「聞きますから早く言ってください。長い沈黙は……心が壊れそうになります」


「プチいいことと、ものすごく悪いことと、どちらが先に聞きたい?」


「プチいいことからお願いします。気持ちを上げてからでないと……」


「では、プチいいことからね。すごく悪いことが終わったら、雪ちゃんと小町ちゃんが、全力であなたたちの愛の巣を突貫で建築してくれるわよ。以前の設計図は全部破棄したわ。新案は内装も超豪華よ。よかったわね。地下がある5階建てで、地下は物納倉庫、1階は大ホールと大食堂に総合キッチンと大浴場、娯楽室その他自由に使える部屋、2階は各自の部屋が18室、3階は寝室兼愛の部屋が18室、4階は客間、5階に使用人の部屋があるのよ。しかも前文明の電気エレベーターをヒントに、雪ちゃんが魔道エレベーターを開発してくれたのよ」


「それは、とても嬉しいです。詳しくは後ほど聞きますから、すごく悪い方を早く聞かせてください。いい方がプチどころか、あまりにも良すぎます。きっと、逃げたくなるほど、ものすごく悪いことが起こるのでしょうね」



「ふふふ……よく分かっているわね。さすがヘルシスちゃん、あのね、明日にでも、天使族がここに一斉攻撃をしてきそうなのよ」


「はい?」


「聞こえなかった?」


「聞こえていますよ。天使族? それ、何ですか?」


「天界の天使の里に住んでいる天使たちのことよ」


「それは子供のときに母が話してくれました。でもお伽噺(とぎばなし)ですよ」


「いるのよ……実在するの……」


「私は見たことありません」


「ヘルシスちゃんも毎日見ているわよ」


「見ていません!」


「今も見ているよ」


「ララ様が天使ですか。まぁ天使かもしれませんね。悪魔のときもありますが」


「それも元だけどいるよ」


「ふざけないでください」


「大真面目よ」


 さすがに、戦後の後始末で、私はてんてこ舞いだ。相手が女王とはいえ、今は時間が惜しい。こんな夢話に付き合っている時間はない。


「女王様には大和の件でお世話になり、大和と穏便に結婚するため女王専属秘書官とも考え、楓様に弟を紹介しました。確かに楓様には私の弟と分からないようにするため、秘書のペトラに、それとなく偶然を装って弟を紹介させました。楓様を(だま)すようなことになりましたが、楓様は弟に一目惚れでした。


 楓様と大和との関係は最初から破綻していました。どこから見ても楓様のおままごとでした。楓様は大和のいい面が見えていない。そもそも楓様は頭のいい子が好きです。大和は残念ながら楓様の望む能力はない。


 確かに一般の文官よりも頭はいい。だけど楓様の望まれている頭の良さは飛び抜けていなければならない。そこへいくと弟は私のⅡ世と言われるほどの偏差値があります。そして弟も私とは違う子が好きです。背が小さくて、胸が小さく、頭はほどほどであること。

 楓様はピッタリでした。弟も楓様に惚れたようです。


 ララ様は私が策略を巡らしたことを知っても、許してくださった。だからララ様のことは信じたい。信じたいですが、さすがに天使は絵本にある架空の存在ですから、すみません、そこまで話を合わせることが出来ません。

 ですが、そこまで仰るのには、何か理由があるのですよね。それでお話はそこではないですよね」



「続きを言っていいんだね。ヘルシスちゃん。今のも含めて、これから話すことは絶対に漏れてはいけないことなのよ。それでね、そのことを知らない人に喋ったらヘルシスちゃんの命を奪っちゃうのよ。それでもよければ、私の話を聞いてくれない」


「それは何らかの呪術を私に掛けるということですね」


「流石理解が早いわね。雪ちゃんが掛けるわ。私たちが考えても煮詰まったから、もうヘルシスちゃんに頼るしかないのよ」


「もし、嫌と言ったらどうなりますか」


「たぶん、首都はほぼ壊滅ね。8割の人は亡くなるわ。もしかしたら私も生きてないかも……」


「それは困ります。私一人の犠牲で済むのならしょうがありません……、気分的には嫌ですが、話してください。呪術も受けましょう」



 ララ様には拾っていただいた恩がある。一度死んだ身だ。呪術を掛けられても死ぬことはない。いやそれで死ぬことがあっても本望だ。この人生ララ様に会えて悔いは無い。



「……呪術中……」




「……というわけで、天使の里で天使病が流行しているようなのよ。それを治せるのは世界樹の葉だけなの。でも天使の里にもエルフの里にも、もう無いの。だからここに奪いに来るのよ」



「話は理解しました。そういうことであれば、作戦は浮かびました」


「やっぱりヘルシスちゃんはすごいわ」


「ですが……私の疑問がわかりますか?」


「ああ、そうね。天使の存在と世界樹の葉よね」


「楓、1本持ってきてちょうだい」


「え――――――――。まだケーキを食べている最中よ」


「大事な話なの、お願い!!」


「分かったわよ。小町ちゃん、プリンも用意しといてね。おかわりは甘いカフェラテにしてね。私、今お胸も成長期だから」




「雪ちゃん、小町ちゃん、二度と見せたくないでしょうけど、今回だけ見せてくれない。ごめんね」


 二人は目を合わせると、その羽を現し、大きく広げた。





 ヘルシスちゃんは、固まったまま、しばらく動かない。何事にも動じないヘルシスの体と目が止まっている。



「ヘルちゃん、ヘルちゃん、生きてるかな~」


「あ、はい、私は夢を見ているのでしょうか。美しい」


「えっ!」


 ヘルシスは跪き、手を合わせ、雪ちゃんと小町ちゃんに深々と頭を下げた。


 あなたがこれまで、気軽にケーキとコーヒーをおかわりしていた人たちよ。そんなに豹変しなくても?


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