育成日記②
~1か月後~
ララの顔も体もややふっくらし、体力もついたので、いよいよ魔法の訓練をすることになった。ララに何の魔法適正があるのか分からないが、幻影の魔女が使えるものを全て本人の目の前で披露した。
ただし、最高難度幻影魔法だけは、ララの来た日前まで遡ると、幻影の魔女の記憶からララが無くなってしまうから、容姿を変えるだけの初級幻影魔法を披露した。ところがララはそれを身につけ、容姿を変えた。だが、初級幻影魔法は顔を変えることはできても、その顔はあくまで自分の顔の年齢を上げたり下げたりできるが上下5歳程度までだ。身長は元のままだし、指先も皺のないツルツルだから使い勝手が悪いものだった。
中級幻影魔法は、上下10歳の範囲で年齢を操作できる。上級幻影魔法は、顔のみでなく体も上下50歳の範囲で年齢を操作できるが、ここまでは他人の顔を真似ることはできない。最上級幻影魔法になると、他人の顔を真似ることができるが、身長、体重、髪色は変えられない。
最高難度幻影魔法になると、身長、体重、髪の色まで操作でき、上下の年齢の制限がない。
「いいかい。魔法には詠唱によるものと無詠唱によるものがあるが、まずは基本となる詠唱を全部覚えるようにしなさい。最初から短縮詠唱または無詠唱をすると、その後の威力の伸びがよくない。
魔力の木の果実のように、基礎魔力値を上げてくれる手段がなければ、8歳を過ぎると基本魔力値は一生変らないと言われているが、実際は伸びが極端に悪くなるだけだ。
魔力値というのは『魔力の容器』みたいなもので、何の訓練もしなければ魔法は使えない。だから厳しい訓練が必要になる」
「はい、がんばります」
△△△
~2か月後~
ララの魔法吸収速度は異常だった。基本となる詠唱だけでなく、最上級魔法の詠唱すら覚えていた。最高難度神聖魔法などは180文字もあるのに、全く気にせずに覚えていた。
幻影の魔女が使える魔法のうち初級魔法についてはすべて使えるようになっていた。まだ初級魔法だから魔力値が100程度の者と同じ能力だ。それでも短期間でこれだけの種類が使えることは奇跡に近い。ただし、同じ初級魔法であってもその破壊力は魔力量に比例するため、ララの放つ初級魔法は他の者の放つ上級魔法に相当する威力があった。
~1年後~
ララは幻影の魔女が使う魔法は中級魔法まで使えるようになっていた。この頃からジーニアは毎週王都に行っては魔法書や教育本を購入し、ララに読ませていた。学問に関しても最高の教育をしていた。
だが、ジーニアはララに教えて嬉しい自分と教えてはいけないという自分が葛藤していた。ララが優秀になればなるほど、姉が現れるとララを殺すかもしれない。なぜか不安がよぎる。別離した姉のことが……。
△△△
~2年後~
ララは市販されている魔導書はすべて読み終えていた。しかも内容も理解していたが、使うことはできなかった。幻影の魔女の使える魔法は全て使えるのに、知識だけでは使えない。ジーニアは、このことがあってから、『複写』とは、ララが見るか、確認した魔法やスキルを、自分のものとする能力ではないかと確信した。
この子には相手が使う魔法を見せるのが一番手っ取り早いと考えたが、どうせならば名人と言われている者たちの魔法を複写させたい。
すでに王都魔法学園に入学できる実力はあったが、ジーニアが気になっている姉を負かすほどの実力が伴なっていないララを中途半端に手元から離すことはできないでいた。
△△△
~2年半後~
ララは幻影の魔女が使う上級魔法についてはすべて使えた。幻影の魔女が使えない闇魔法に、興味はあったが使えなかった。
空間魔法は当初地上数十センチ浮くだけだったが、この頃には数十メートルまで浮くことができ、かつ、自由に飛べるようになっていた。神聖魔法と光魔法の区分ははっきりしないが、たまたま買い物中に神官がアンデットを光魔法で攻撃し、浄化するのを見て光魔法も覚えた。
△△△
~3年後~
いよいよ最高難度幻影魔法を授けるときがきた。幻影の魔女の実年齢は不明だが、何度も若返っている。だが今回は決して若返ることはしなかった。なぜならララとの記憶も消えてしまうから。
幻影の魔女には、自分を抑制する意思と信念があった。
過去に何度も繰り返した若年化で自分の子供との思い出もなくし、それを悔いた。それからは若年化せずに過ごし老婆となっても、そのまま寿命を迎えるつもりだった。
記録によると、ジーニアの母親も最上級幻影魔法を使える『幻影の魔女』と呼ばれたが、自分の子供が老衰で死んで行くのに耐えられずに2度目の結婚の後、若返ることなくジーニアの子に見送られながら亡くなった。本当の年齢は186歳だったらしい。
ジーニアは記憶を喪失してしまう、最高難度幻影魔法を教えることに躊躇したが、魔法発令の一歩前で止めた。
ララは、それを『複写』し、使えるようになったが、ジーニアとの記憶が無くなると困るので、やはり魔法発令前で止めたが、ジーニアはそれが最高難度幻影魔法だと確信した。
ララはまだ若いので年齢退化はしない。最上級幻影魔法『容姿変態』は使えるが、使わない。初級とは違い、手の皺もそっくりにできるが、ララは自分の顔が好きだから他人の容姿になることなど嫌であった。
△△△
~4年後~
ララはジーニアが使う7つの最高難度魔法をすべて使えるようになっていた。ただし、ララとジーニアが魔法合戦をすれば、老婆のジーニアが全勝だった。使えるということと、実践することは違うのだ。
ララは短縮詠唱や無詠唱もするようになった。威力で表すならば、完全詠唱>短縮詠唱>無詠唱、となるが、ララほどになるとその差は微々たるものだ。
老婆のジーニアは、若いララと暮らすことで体力は、最盛期ほどではないが、老婆とは思えない若々しい体になっていた。ララの訓練はジーニアの基礎体力を上げていた。しかもまだ伸びているのだから本人も毎日わくわくしている。魔法の行使は、体力も消費するから、基礎体力の向上は重要だ。
この頃になるとララとジーニアは、よく王都まで買い物に出かけた。幻影の魔女が子供と歩く姿など想像もできないから、ジーニアと発覚することもなかった。ララを知っている者であっても、短髪で痩せた男の子だったララの容姿が、どこから見ても貴族の女の子としか思えない姿に変身しているから誰も気づかない。
ただ一つ買い物をするララが老婆のジーニアのことを『お母様』と呼んでいるのが店の者には不思議だった。
ジーニアはララとの時間が楽しくて仕方なかった。あまりにも懐いているので、ときどき自分が生んだ子だと勘違いするほどだった。
ジーニアはこの頃になると嫌な予感が、だんだん現実的なものになっていく気がしていた。
△△△
~4年6ヶ月後~
幻影の魔女以外の魔法については、覚えさせないようにしている。見本を見せてくれる先生がいないから仕方ないのだが、上級魔法と最上級魔法の差は大きい。これまで1段~2段ずつ上がったものを一気に5段よじ登るようなものだから、その難易度は大幅に増す。最上級魔法が使えて初めて最高難度魔法が使えるようになる。
『複写』能力があるのだから、最上級魔法を見せた方が回り道をしないで済む。最高難度魔法については幻影の魔女以外は使える者がいないから見本を見せることができないが、いつか見本があれば覚えることができる。
ララは考え込むことが多くなった。幻影の魔女は最高難度回復魔法『超グレートエクストラヒール』は教えることができても、闇魔法は実演することができないから、ララは最後の壁を越えることができず、考え込むようになっていた。
幻影の魔女もそれを打ち破る的確なアドバイスができなかった。
そこでミリトリア王国で最上級魔法指導員がいる王都魔法学園に入学させることにした。ララを手元から離すのは辛いが、これも本人のためと思い苦渋の決断をして試験を受けさせた。本来ララは魔法学園など行かなくても、現時点で首席卒業できる教育を受けていた。
ジーニアはララが王都魔法学園を卒業したら、またここで一緒に住んで余生を過ごす。魔法学園が休みの日には帰ってくるだろうから、それを楽しみに毎日を過ごす。そう考えていた。それはララも同じだった。
入学日が近づくにつれて、幻影の魔女はララとの日々が走馬灯のようにグルグルと頭を支配していた。
だが、ついに懸念していたその日が来てしまった。
△△△
~4年8ヶ月後~
「姉さん……」
「ジーニア10年ぶりだね?」
「あの食べかすは……やはり、魔力の木の果実を食べたのは姉さんだったのですね?」
「ああ、ごちそうさま。あんたと双子でなかったら障壁内に入れなかったよ。あんたの大好きなララも魔法障壁を張っていたが、あんたが素通りできるように障壁を張っていたから、双子の私は簡単に入り、食べることができた。いい子だね。回復魔法が使えるらしいね。殺そうと思ったが、側に置きたくなったよ」
「姉さんであっても、あの子には手を出させない!!」
「あんたは、老けたね。そのまま私と戦うつもりかい?」
「私は、ララの記憶を無くしたくないので、このまま残りの人生を終わらせるつもりですから、この姿であなたと戦います。これでも姉さんが来たときのことを考え、毎日ララと魔法実践をしていたのです」
「そうかい。だが、それは無理だね。魔力の木の果実、あれはいいね。力がみなぎる。それで私に新しい魔法が増えたよ。これであんたより少なかった魔法が少し増えた。
これまでは幻影魔法、火炎魔法、空間魔法、闇魔法しか使えなかったが、水魔法と記憶転写が増えた。これがどういうことかわかるかい。私には記憶継承スキルがあったことで若くなっても、あんたのように記憶を失うことはなかったが、この記憶転写であんたの記憶も自分の記憶として認識することができるんだよ。
これからは私があんたの代わりに表部隊でスポットライトを浴びてやるよ。ララちゃんは私の駒としてこき使ってやるから安心してあの世に行け」
「あの子は渡さないわ。姉さんのおもちゃにはさせない」
「あの世で楽しみにしてな。死ね」
「私の方が強いことを忘れましたか?」
「ははは、馬鹿が、いつまでも昔と同じわけないだろ!!」
「…………」
「お母様やめて……痛い」
「卑怯な……」
「ララに化身した私を殺すことはできなかったようだね。だからあんたは甘いんだ。ははははは…」
△△△
入学日になると、朝早くから王都に行き、ジーニアの二男から奪うように別邸をタダ同然で買い、執事やメイドをクロード・オベルツ邸から引き抜いて住まわせた。居住者がいたが、ジーニアの本宅がそのままになっていたから、そちらに引っ越させた
ジーニアの二男クロードは魔法局長官だが、筆頭執事と筆頭メイド長やベテランのメイドをひき抜かれて泣いていた。幻影の魔女は入学式も行かないと言っていたが、出席していた。
この日、幻影の魔女ジーニュアはジーニアとして新しい一歩を踏み出した。
ジーニアとジーニュアは性格が違うだけで、容姿は子供でさえ間違うほどそっくりだった。クロードの前に現れたジーニアは見た目100歳から25歳位となっていたが、容姿は昔のジーニアそのものだった。
曲がった腰は伸び、身長は162センチ、くすんだ瞳は綺麗な金色になっていた。白髪混じりだった髪はブラウンに変り、超絶プロポーションで、その顔は彼女本来のもので超絶美人であった。服装もダボダボだったものから、体のラインが出る服装に変化した。
入学するにあたりジーニアはララに一つ約束させていた。それは生徒の前ではジーニアと同じ種類の魔法であっても初級魔法しか使ってはいけない。というものだ。ララの使う初級魔法は魔力値が高いため他の生徒の上級魔法に相当する威力だから、危険性を考えて、ララには初級魔法しか使わせないように厳命していた。
それもそのはずで、この4年半でララの魔法はゆっくりだが限界値まで出力できるようになっていた。最高限界値は『#####』であるため、実際の魔力値は分からないが、その限界値は幻影の魔女ジーニアと同じくらいで停滞していた。
つまり幻影の魔女ジーニアの魔力値17,828に近い規模の魔力しか出せなかった。ジーニアと魔法合戦を行って勝てないのもそこに原因があった。本来の力で戦えば一瞬で勝敗がつくほどララの魔力値は高かったのだが、いつまでもジーニアの弟子でいたいという願望がララの魔力出力をジーニアの魔力値以下にさせていた。
もし魔力の木をジャンのように邪悪な心根の者が手に入れてしまえば、もしかすると自分たちでは手に負えないモンスターが出現するかもしれない。現にララは幻影の魔女ジーニアの結界を破って小屋に入った。
ララにとって魔力の木は魔法値を上げたわけでも、魔法種を増やしたわけでもなかった。閉ざされていた魔力の壁を破ってくれたのだ。身長が伸びなかったのもそれが原因だ。もし食べていなければ魔法値はあっても魔法を使うことが出来なかった。
幻影の魔女ジーニュアは妹ジーニアに続き、その弟子ララまでも自分より才能があることに嫉妬していた。
『そう、私はララに嫉妬している。私より才能のあるこの子に……くやしい。私は最高難度回復魔法超グレートエクストラヒールが使えない。あれが使えないということは命の保証がないということ』
そのときジーニュアの頭の中でもう一つの声がした。
“”そうだお前は嫉妬している””
あの木は決して枯れないし、燃やせないが果実は取ることはできる。移動したいが、移動することもできない。サタンの木は、その力が最高だったときのサタンがここに移動したが、四天王でさえ移動することが無理だったのに、私たち程度の魔力では移動させることなどできない。もっと大きな力を使わないと無理だ。
私の知らない理由で適合している者が出るかもしれない。今度は自分が倒される番になる。そう考えると恐ろしくなり、幻影の魔女ジーニュアは魔力の木の周りに結界を張り、さらにその周りをララに結界を張らせて防御した。
ララは悪い心を持った者から守ったつもりだったが、ジーニュアは違う理由だった。自分より強い者が出ることへの警戒の裏返しであった。
これ以上、強い者が現れてはいけない。あの果実は私が全部食べる。早く何個食べても魔力暴走しない方法を探さなければいけない。
ジーニュア本来の目的とは違うが、このことは正解だった。その者は悪魔と人間が生殖して生まれた者で基本魔力値が6,866もある半魔だった。
結界は張ってあったのだが、そのときはたまたま結界の張り直しのため一度結界を解いていた。そのほんの一瞬の隙に魔力の木の果実を半魔が1個盗んで食べた。気づくのが早く、2個目を取られずに済んだのは幸いした。
幸いだったのは幻影の魔女の弟子でいたいため、未だララの限界魔力値は17,828に近い数値と想定できたし、ジーニュアが15,376だったから、もしあのときジーニュアが戦っていたら、負けていた可能性もあった。魔法力は魔力値が戦闘勝負の全てではないが、半魔は魔力値が6,866から16,247に上昇していたからだ。
このことからも悪魔には絶対に食べさせてはいけない。誰も知らないが、悪魔は睡魔に襲われることもなく、食べた直後にその効果を生じる。
もっと危ないことは、悪魔がサタンの木の果実を何個食べても、悪魔の木になることはない。
悪魔が人間界で生きるためには人の身体を乗っ取るか、人間が率先して魂を捧げるか、多くの無念の魂を一度に食らうか、人間と交配して子を作るしかない。
人間と交配するには人間界に実体を表す必要がある。結局人間の身体を乗っ取るには餌となる人の魂が必要となる。もし悪魔がサタンの木の果実を食べてしまえば、元々高い魔力値が大幅に増大し、今のララでは手も足も出なくなる。
そもそも魔力の木(サタンの木)は、サタンが眠りについている間に、魔族に食べられたくないから、人魚族から窃盗し、魔族界に植樹していたものを人間界に移植したものだ。
懸念したとおり、半魔の男は空からやってきた。半魔は自分も食べたいが、さすがに2個目を食べると完全な悪魔ではないため悪魔の木になる可能性が高い。
そこで半魔自身と人間との間にできたクオーターに食べさせようと思ったのだ。
小屋の周囲は、ジーニュアが全力で結界を張り、魔力の木(サタンの木)の周囲はララが全力で張った。
半魔は、小屋の結界を簡単に破壊したが、ララのかけた結界は破壊できず、魔力の木の果実を奪うことが出来なかった。
「くそ~この恨み、いつか晴らしてやる……次こそは……」
半魔はまた来ることを誓った。
ジーニュアはララと一緒に歩いているところを、学生のにいちゃんからナンパされていた。これに気をよくして、ジーニュアはますます派手になっていった。




