もう一人の天才
リデア・ポミアン中佐のいる前線の司令室に転移した。
彼女は部下2名と簡易な食卓台に地図を置き、開戦の打ち合わせをしていた。
「馬鹿な国王を持つと、部下は振り回されるだけよね。あの男は前線を見回りもせず、今日も娼館通いをしているらしいわね。あんな糞よりラカユ国の味方をしたいぐらいよ」
「リデア様、それ、聞かれたらまずいですよ」
「やつは絶対に現場に来ないから心配ない。おっと、ペトラ、そこにはもう100名ほど兵を追加してくれ。きっと後方から攻めてくる。まぁ、やつについてはすべて本当のことだ。気にするな。さて、仕事だから、やるが。どうせ手柄は上が全部取り上げるのだから、私たちは、傷病兵の手当でもしようか? ちょっと待て、オルガナ、そこは無視していい。通過させてやれ、油断させて、次の階段に罠を張る』。だからホント、こんな戦争早く終わらせて、私の衣食住の世話をする男を探さないとババアになる」
突然目の前に私たちが現れたというのに、リデア・ポミアン中佐は、チラッと私の顔を見て、目で雪ちゃんと小町ちゃんを追った後、そしらぬ顔で地図をみていたが、リデアの部下二人は大騒ぎだった。
「何者だ!!!!」
ハッセ・ジルドア中佐は、急いで私の前に出ると、自分の名前と身分を明かし二人を制した。運搬屋の中佐とはいえ、リデアの部下は少佐と大尉だったため、上官のハッセが大人しくするよう命令すると、警戒はしているが口を噤んだ。
リデア・ポミアン大佐は、地図から顔を上げ、転移魔法にも全く動ぜず口を開いた。
「ハッセ・ジルドア中佐、後方支援のあなたが大勢の女性を引き連れて、ハーレムを作ったと自慢しにきたのですか? それとも私に、そこにいる人たちに加わってハーレムの一員になれと、誘いに来たのですか?」
なかなかユーモアのある女性だ。プチヘルシス宰相を見ているようだ。ヘルシスを見れば、笑いを堪えて下を向いている。
どうもリデアには顔を見られたくないようだ。
ハッセ・ジルドア中佐は、国王が亡くなったこと。私がラカユ国女王であること。腐った上官を廃除し、戦争を早く終結したいこと。兵士は捕虜にするが、丁寧に扱い、希望すればラカユ国に帰属することも、そのまま帰国することもできること。捕虜を返還する代わりに、領土の半分は補償金として失うことになるが、従わなければこれから全面戦争になることなどを淡々と話した。
その間私たちは打ち合わせ通り、ヘルシス宰相の指示に従い、口出しすること無く、二人の様子を見守っていた。
二人の会話が終わり、数秒静寂が流れ、リデア・ポミアン中佐が口を開いた。
「わかりました。そうしましょう。それが一番いい方法ですね。今から、私の部下がどうにもならない中隊長以上の名を挙げます。そうですね。5分ほど時間をください。秘書官が名簿を作成するまで、しばらくここでお待ちください。彼女たちはそいつらをよく知っていますから、私がいなくても大丈夫です。その間少し語りあいましょう。前線ゆえ何もありませんが、お許しください」
リデア・ポミアン中佐は、ヘルシス宰相が事前に予想していた通りの回答をした。
ここで、初めて私が口を開いた。
「ご心配無用です。では、名簿作成をされるまで、紅茶とお菓子を出しますので、一緒にそのクズさんたちのお話を聞かせて頂けませんか?」
「いいですね。でも語り始めると5分どころか、今日中に終わらないですよ。やつらは本物のクズです。私の秘書官はもとより、私も何度、胸と尻を触られたか……。それ、紅茶ですか? あぁ、何ヶ月ぶりだろう。こんな辺境の前線で飲めるとは思っていなかった。本当に頂いていいのですか後で返せと言ってもダメですよ」
彼女が言うより早く、雪ちゃんと小町ちゃんはもう準備していた。
「うっわぁっ! それほどの魔道カバンまでお持ちなのですか? こりゃあ、国力ではラカユ国の方が上ですね。で、この菓子は何ですか? 私は食べたことがありません。ラカユ国ではこんなものまであるのですか?」
「これはカステラといって、私と妹の故郷で食べていたものを再現したものです。よろしければ手土産に1箱お分けしますよ」
「いただきます。ぜひに。あぁ~、メルトミとヘルシス様で国の教育方針と将来について、語ったとき以来の高揚感ですよ。あのときは三人とも答えが滅亡だったので勝負はついていませんが……失礼しました。すこし昔を思い出していました」
「いいえ、その方の話を聞かせていただけますか?」
「そうですね。逸話は沢山ありますが、それは誰でも知っていることなので、違う話をしましょう。そうそう、私は好きなものを最後に食べる派なのですが、ヘルシス様は最初に食べる派なのですよ。それで私が最後に楽しみに残していたものを、いつも『食べないのなら私が頂くよ』と言って何度、何度、何度食べられたことか。ここにヘルシス様がいなくてよかった。ああ、こうしてこんな美味しいものを気にせずに食べることができるなんて……私は辺境地に左遷されていたので、情報が入りませんが、あの方がいれば……今どこで何をされているやら?」
「あなたとメルトミ・ルドリフは、その代わり、いつも私の私物を勝手に使っていたじゃないの。そこをララ女王様に話さないでいるなんて、まるで私が悪人みたいじゃないのよ!!」
突然、ヘルシスはリデアの前に立ち、怒った。
「え? え? え――――――ヘルシス……さま……なぜここに?……」
「私、ラカユ国宰相ヘルシス・ホヒリエと申します。以後よろしくお願いします」
「宰相? そ、そうなの……ですか。それでは……ミドリ連合国はもう詰んでいますね」
△△△
先程からリデア・ポミアン中佐の部下ペトラ・マイネン少佐と、オルガナ・ハウト大尉が、トイレに行っては吐いている。二人とも今回が初めての現場勤務だそうだ。それまでは文官をしていたらしいから、並んでいる物が強烈だったかもしれない。
さすが、リデア・ポミアン中佐とハッセ・ジルドア中佐は慣れたもので、私たちとカステラを食べ、紅茶を飲んでいる。
ハッセ・ジルドア中佐はときどき天井を見ながら、ため息をついているが、リデア・ポミアン中佐は喜色満面で紅茶のおかわりをした。
確かにペトラ・マイネン少佐とオルガナ・ハウト大尉が正常で、私たちが異常なのかもしれない。
でも今は戦時中だし、これが日常だ。
司令室にはギャバリン・ドルチェス大将の生首と、彼の直属部下の中将が3名、少将6名、大佐12名、中佐8名の首が並んで血の河ができている。
△△△
~ほんの数分前のこと~
私たちはリデア中佐とハッセ中佐の案内に従い、司令室本部にいるギャバリン・ドルチェス大将を訪ねた。部屋の前までは転移したが、今回は堂々とドアを開け入った。私たちを護衛しているのは同じミドリ連合国の軍人だ。彼らはリデア中佐命の猛者たちだ。それに私たちはどこから見ても慰問少女隊と下働きの少年にしか見えない。
大和を入口の見張りに残し、私たちは司令室本部に入った。
「リデア・ポミアン中佐とハッセ・ジルドア中佐であります。ギャバリン・ドルチェス閣下に会わせたい者がおり、お伺いしました。入室してよろしいでしょうか?」
「リデアか。また胸を揉まれたくて来たのか? ふっひひ、ハッセに用事はないが、まあいい、入れ!!」
ドアを開けると地元民であろうか? 裸の女性4名が涙を流しながら服を抱え出てきた。
これだけで、ここにいる者のクズぶりがわかる。
部屋では、ギャバリンとその直属の部下3名が、安物のたばこをプカプカ吹かしていた。
「おお!! 美人だらけじゃないか。リデア、お前もやっと軍隊でうまくやるということが分かったようだな。これが終わったら大佐昇進の申請をしてやろう。その代り毎日ここに来るのだぞ。まあいい、おい! そこの先頭にいる女、その椅子に座れ!」
「こりゃあ美人だな! 俺は一番小さい子がいい。まだ青いがそれはそれで俺の好みだ」
「お前は悪趣味だな。胸がペッタンコの幼女だぞ。俺はそこのダークグレー色のメイド服を着ている超美人のメイドがいいぞ」
「俺はその横にいる背の低い白服メイドがいい」
ヘルシスはまだ下を向いたままだ。どうも知り合いらしい。
「お前らは分かってないな。だから儂のように出世せんのだ。儂は一番前にいる女がいいぞ。その女は儂に話しがあるようだ。話ぐらい聞いてやろう。お楽しみはそれからだ」
あきれたクズ野郎どもだったが、一応礼を尽くす。殺すことが前提ではない。そうなるだろうが、こちらも殺人鬼ではない。雪ちゃんと小町ちゃんにクズぶりを聞く前に、自分で確かめたいだけだ。ちなみに小町ちゃんも雪ちゃんと同じく、相手の頭の中を覗くことができる。上級天使はそれができる。
「私は、ラカユ国女王鹿野ララと申します。貴国の国王は先程殺しました。このまま兵を連れて帰国していただけませんか」
「おっ! あいつ、死んだか。だったら二番くじが当たった俺が、次の王だな。これは王命だ、女王、裸になれ」
「はい~?」
「分からんやつだな。こうするんだ」
そう言うと、ギャバリンは椅子に座っていた、私のスカートに両手を入れてきた。
こいつらの共通点は胸より下なんだ。
私のスカートの中には汚い手が2本入っている。それを雪ちゃんが掴み、外に捨てた。首はもうない。ギャバリンの手は意外にも、私の側にいたリデアが斬った。首は雪ちゃんが、あそこはまた楓が潰し、ギャバリンの部下三人は小町ちゃんが首を落としていた。
騒ぎを聞きつけた護衛が数名押しかけたが、大和とハッセが斬っていた。ハッセは意外にも強かった。部屋の外ではリデア中佐命の兵士たちが親衛隊と斬り合っていたが、親衛隊より強い一般兵士って何? リデアの部下が勝利したようだ。
再びリデア・ポミアンの司令室に戻り、これからのことを話し合うことにした。
△△△
「すばらしいティータイムでしたわ。ラカユ国女王ララ様、これからどうされますか?」
「ごにょごにょ。こんな感じでどうでしょう?」
「女王様、それ、いいですね。私も美味しい菓子を気兼ねなく食べられる環境がいいですわ」
ヘルシス宰相はハッセとリデアの部下、リデア中佐命の兵士、楓、大和、小町ちゃんを連れ、中央の見張り台に首を30体分曝し、垂れ幕を書いた。
垂れ幕には『変態30首です。武器を捨てラカユ国に降伏してください』と書かれている。
ハッセ中佐とリデア中佐は同僚の中佐や少佐に既に国王は亡くなり、その次に王となる予定のギャバリン・ドルチェス大将も殺し、地域一帯はすでにラカユ国軍に包囲されていることを説得してくれたため一部の者を除き武器を捨て投降した。
実際、ヘルシス宰相はミドリ連合国軍を包囲させていた。
一部の反逆した佐官を、リデア中佐命の兵士が首を落としては見張り台に置いた。おかげで見張り台にはもう置けないほどの首がある。逆らった彼らはただ既得権益を失うのが嫌だった。
本国にはリデア中佐の部下が特急便伝令鳩で降伏を知らせたが、返事はなかった。リデアによれば、次の国王争いが起きているとのことだ。国土の半分を失っても、自分たちが安全であればいいらしい。それよりも敵対派閥を殺してくれたことのほうが嬉しいようだ。
捕虜としたミドリ連合国の兵は、駐屯のために荒らした畑と、住居の補修をさせた後、帰国を希望した8,240名は、ラカユ国に編入した兵士の監視の下、ホンドラ山脈の入口まで送り届けた。彼らはこれからホンドラ山脈を迂回し、5日掛けて王都まで帰る。残り3,711名はラカユ国軍に編入された。
ラカユ国は上から6番目の面積を誇る国家となり、軍部も文官を含め1万人を誇る勢力となった。
最後まで見ていただきありがとうございました。
よろしければ★評価をいただけますと励みになります。