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処遇

 お風呂から上がった三人には、綺麗な下着と服が用意してある。そして小さな部屋に案内する。部屋には誰もいなかったが、そこには暖かい食事が用意されていた。


 私はあえてこぢんまりした部屋を用意した。三人以外は誰もいない。あるのは目の前にある食事だけ。三人しかいない部屋は、誰にも邪魔されず、心ゆくまで語り合える。


 この部屋は孤児が最初に食事をする部屋。壁は明るい色が塗ってあり、楓の好きなアニメが描いてある。孤児はそのアニメが何なのかわからないが、喜んでいた。


 だから、この部屋を選んだ。普段は宮殿専属メイドが世話をする。だけどこの姉妹と乳母には安心感が必要だから、三人だけでゆっくり食べて欲しい。



 部屋の中でどのよう会話がなされたのかは分からない。

1時間後食事を終えた三人をリゼが迎えに行った。

用意した食事は、残すことなく食べてあった。食器はハンナさんが片付けたのであろう。きちんとテーブルの手前に重ねて置いてあった。




「私は女王専属秘書官をしているリゼ・コークと申します。女王様がお待ちしております。これから皆様をご案内します」


 私がそう話すと、三人の顔は急にこわばった。しょうがない。私には彼らの緊張を解くことはできない。私は三人の処遇について何も聞かされていない。ヘルシス様も最終判断はララ女王様に預けた。亡命してきた者が処刑されることはないと思うが、国外追放なのか、一般市民として受入れるのか、そのどれでもないのか。女王様の判断次第となる。今回はこれまでのように、他国のスパイの亡命とは違う。黒服隊に入れるわけにもいかない。



 リゼの案内で謁見の間に通された三人は、女王の座る椅子から遠く離れて膝をつき頭を下げた。


 女王との距離は20メートルあり赤い絨毯(じゅうたん)が敷いてある。それはどこの国でも同じだ。来客は抜剣をしなくていいから、女王から遠く離れた場所で挨拶をするのが常識だ。そんなこともあり、女王に謁見(えっけん)することができるのは、護衛を入れても数名までだ。残りの者は別部屋で待つことになる。これも女王の安全を確保するためだ。


 帯剣を許されない国もあるが、私は気にしない。それは意味がないからだ。魔法を使えば、瞬時に移動でき、剣よりもするどい刃物を生み出すこともできるのだからだ。そういう国では、最後まで国王から離れた位置で謁見する。

 魔法防止のため、(かせ)()めることもできるが、それはあまりにも失礼だ。そんなことをすれば、相手の国に弱い王として()められるか、戦争になる。


 三人は当然王に謁見する場合の仕来(しきた)りを理解している。いきなり女王を見てはいけない。女王から『頭を上げて良い』と許しが出るまで、頭を下げ、膝を着いたままの姿勢でいなければならない。


 さすが、皇族だ。全員見事な挨拶をしている。



 乳母ハンナ・レオスティの側にはリゼ・コークが直立している。


 私の側にいる専属秘書官セレスとソフィアが彼らのところまで歩いて行く。私から行ってはいけないと、事前に(しつけ)られている。さすがにもう5度目だから間違わない。


 だって、またセレスから『あなたはお馬鹿さんですか。私が何回も言いましたよね。ヘルシス様に謁見したときの1回目は、感動のあまり体が動いてしまったということで、許しましょう。2回目はうっかりしたということもあるでしょう。3回目は私も女王に失礼なので我慢しました。でもなぜ4回も間違えるのです。しかもスキップまでして。今度やったら雪様に言ってお小遣い半分にしてもらいますからね。さすがに雪様も今回は許して頂けました。当然焼き芋はなしですよ』


 私の足がピクッとなり、立とうとしたとき、セレスとソフィアが私をギロッと(にら)んだ。あぁ、そうだった。忘れていた。私のチョンボは記憶力とは関係ないようだ。ぐっと(こら)える。5度目の失敗はなんとか回避できた。


 彼女たちは、私の玉座が稼働できる椅子なので、それが動いてしまう原因ではないかと考え、椅子を固定しようとした。とんでもないことだ。総柘植(つげ)の椅子は動くからいいのだ。と反論すると、私を椅子に固定すればいいのですね。と言われてしまった。椅子に縛られた女王を見た者はどう思うだろうか。いや、それでは私は椅子から立ち上がれないからダメだ。


 女王専属秘書官セレス・マグレットは前皇太子ユウリ・ミエラスの前に立ち、手を取った。

女王専属秘書官ソフィア・レイグラは前皇女サナ・ミエラスの前に立ち、手を取った。

女王専属秘書官リゼ・コークも乳母ハンナ・レオスティの手を取った。


 女王専属秘書官たちはユウリ、サナ、ハナの手を引いて私の前まで案内してきた。



 私が頭を上げていいと許可を出していないので、案内人が必要だが、案内人の指示無しで私の前まで来ることなどできない。もし、そんなことをすれば、反逆の意思ありとされ、親衛隊が即座に廃除する。


 三人は頭を下げたまま、再び膝をついた。


 私の左側には楓、楓の後ろには大和が、なぜかメイド服で立っている。私の後ろには少し離れてヨルデス大佐がいる。私の右側には雪ちゃんがいる。そのすぐ後ろにはヘルシス大将が立っている。


 この部屋に来るのは重要人物か他国の使者だから、通常、親衛隊から選抜された警護と文官が並んでいる。しかし今回に限って、文官は私の秘書官以外いない。ヨルデス大佐以外の親衛隊は威圧にならないように、隅っこに追いやっている。彼らの顔は不満のようだ。特にその怒りの視線はヨルデス大佐に向いている。


 ヨルデス大佐も私のすぐ後ろにいるわけではない。今のところ雪ちゃんのお眼鏡に叶う強い専属護衛官がいないから、雪ちゃんと楓が専属護衛官の代わりをやっている。


 ヘルシス大将と前皇太子の処遇については、二人きりで、根を詰めて話し合った。ヘルシス大将としては助けたいが、あまりにもこの国にリスクがありすぎるから、せめてミドリ連合国の追っ手の届かない国に、居を(そろ)えてあげるくらいでしょうか、と答えてくれた。



 ヘルシス大将も助けたいという気持ちが強いが、国を預かる身としてはこれが精一杯なのだろう。

 ここにいる者は全員二人の処遇について知らない。最終決定をする私でさえ、直前まで迷っていた。どう考えてもヘルシス大将の言っていることが正しい。


 謁見の間に沈黙が続く。



 私の一言に、この場にいる全員が唖然とした。



 女王である私の口走ったその一言に……。


 私でさえ、直前までこんな考えは浮かばなかった。考えれば考えるほどしがらみで、いい案が浮かばなかった。


 三人の顔を見て、考えるのを止めた。そうしたらポンと浮かんだ。



「ねえ、私たちとりあえず姉弟妹になりましょうよ。うん、それがいい」



 ヘルシスは私の顔を(のぞ)き見た。さすがのヘルシスも目を丸くしている。


 ヘルシスだけではない。楓と雪ちゃんを除く全員が私の顔を見ている。膝をつき顔を伏せていた三人も、思わず私の顔を見上げた。



「ねえ、楓、私変なこと言った?」


「おねえちゃんらしくて、いいんじゃない。私は反対しないよ」


「ララ様の好きなようにされたらいいです」




 ということで、宴会です。


 二人は一度ウラベル母様の養子となり、その後私と同じ名字を名乗る。これで正式に姉弟妹となる。その後、ウラベル性を離れ、王族である鹿野の戸籍に入る。これで王族家の一員となる。王族籍に簡単に入れることに反対した文官は多数いる。


 ポンポン王族が生まれることは、将来、私の跡継ぎ問題が生じたときに、それが国を滅ぼすことにもなり得るし、簡単に与えるものではないということだった。彼等に言っていることは、正しい。


 私は幻影魔法が使え、記憶継承もできる。少なくとも300年は生きる。ラカユ国が滅ばない限り、私が女王として君臨する。だから、楓さえ女王にはなれない。私が女王を離れてしまえば、雪ちゃんは私と行動を共にするから、途端にラカユ国は軍事力が弱る。こんな小さな国に雪ちゃんがいなくなれば、すぐに滅ぶ。300年間は跡継ぎ問題は起こらない。


 乳母ハンナ・レオスティは、レオスティ伯爵家を興すことにした。女王の弟妹の乳母でいるためには、ラカユ国で爵位を持たない今のままでは、側近としては身分が低いらしい。難しいことはヘルシス大将に放るのが一番だ。さすが名将、グッジョブ。私は了承するだけだ。なんと楽な位置。文官もいい仕事をしたよ。ハンナの家探しから、使用人の選任、ユウリとサナの護衛官の任官まで、よく働いた。急な宴会まで、わずか2時間でやり遂げた。


 片隅でお行儀悪く食事をしているのは、普段行儀作法に五月蠅(うるさ)い文官だった。作法にこだわれないくらい疲れたのよね。いいよ、今日はその働きに免じて大目に見ましょう。



 私のテーブルには、雪ちゃん、楓、それに名前を変えた、元ミドリ連合国皇太子の鹿野悠利、元皇女の鹿野紗菜の5人で食べている。大和は楓のメイドをしている。今日は雪ちゃんも私の世話をせず、一緒に食事をしている。


 ハンナ・レオスティは本人の希望で、悠利と紗菜のメイドをしている。伯爵身分のメイドは聞いたことがないが、私が許可すれば、それでいいらしい。



 ヘルシス大将は、ミドリ連合国との国境地帯の増兵を指示していた。ミドリ連合国とは間違いなく戦争になる。私の弟妹にならなくても、どうせ何かケチをつけて、派兵することが分かっているから、防衛線を兵で固めている。


 ところでヘルシスの年齢を本人ではなく、雪ちゃんに聞いた。亡命してきたときは大佐だったので、大佐になるには若すぎるから、そう見えるだけと思っていた。


 私は幻影の魔女のように、姿を変える魔法を間近でみているので、見た目は信じないことにしている。雪ちゃんなんて何十万歳かわからないけど、どうみても私と同じ位にしか見えないものね。


 ヘルシス本人が自分の過去を語らないので、雪ちゃんに何歳なのか教えてもらったら、まだ21歳とのこと。彼女はザバンチ王国始まって以来の天才だった。18歳で卒業する超難関の国立将校養成学校を10歳で卒業し、それまで15歳だった卒業記録を大幅に更新し、その後16歳で大佐にまでなったが、上官となったジョバリ・バッセがヘルシスに体の関係を迫ったが断られたので、彼女を閑職に追いやり、中央にはでたらめを報告し、昇進できないようにした。


 それでも何か困ったことがあると、ヘルシスを呼びつけ、その案を自分の意見として国王に報告した。手柄は自分のものとし、大将まで昇格した。本来であればヘルシスが大将で、ジョバリは大佐のままだった。



 もしヘルシスが大将だったら、ザバンチ王国は滅亡しなかったかもしれない。運命は複雑だ。



 1ヶ月後ミドリ連合国は思った通り、ラカユ国に宣戦布告をしてきた。理由は皇太子及び皇女の誘拐だとさ。


 ホジェス・ミエラスは、前々から穀倉地帯のあるラカユ国を狙っていたが、侵攻理由を探していた。


 今回はちょうどいい理由ができた。と言ったのはヨルデス大佐だ。彼は今幸せいっぱいだ。2日前にメロディ・ドゥファンと結婚したが、尻に敷かれているらしい。当然だろう。メロディは中将になったのだから。それにそんな甘い生活は待ってないよ。


 ヘルシス大将は、メロディの変化を心配していた。変化には良い変化と、悪い変化があるが、一般家庭であれば、メロディの変化は良い変化だ。だが、彼女は軍人であり、最高幹部の一人だ。特に今は戦時下と同等の状況で予断を許さない。ほんのわずかな変化だったが、天才ヘルシスも感じ取っていた。


 メロディはヘルシスの代わりをしているのだから、家に帰る時間はないと思うよ。社畜2号のヘルシスが元帥になって、そのまま出向したからね。社畜3号となったメロディが子作りなんて、夢のような時間はないよ。




△△△

 ~ヘルシス・ホヒリエ~


 私はなぜここにいる?


 とうとう元帥に任命されてしまった。私はもういらない子なのかしら。ウラベル様とエドモンド様に肩を並べてしまった。私はまだララ様の役に立っていない。あの方たちのように、毎日お酒を飲みながら秘書を困らすには若すぎる。


 ウラベル様はマゴイ少将の話を真剣に聞いている。エドモンド様といえばこの度昇格したピノ中将と腕相撲をしている。ウラベル様とマゴイ少将の話が漏れてくるが、それは魚釣りの話だった。


「マゴイよ、隣の池に魚が沢山いるから、ある釣り人が池の所有権を狙っているようだ」


「それは、いけませんね。地元の人が楽しみにしている場所ですから、その釣り人を廃除しなければいけません」


「そうか。では、その釣り人が何処にいるか調べんといかんな」


「では、うちの魚屋に調べさせましょう」


 あれは魚釣りの話ではない。敵国のことだ。やはり、私にはあのように落ち着いて判断することはできない。もう少し現場で実践を経験をしたい。




 部屋を訪れた私は、腕相撲に勝利したピノ中将から挨拶を受ける。どうやら、私に話をするはどちらか、勝負をしていたようだ。


「ヘルシス様昇格おめでとうございます。最高位まで一気に登り切られましたね。階級章を付けてあげますね」


「ありがとうございます」


「あら、嬉しそうではないですね。21歳で元帥になった人は私の知る限り、このゴルデス大陸ではいませんよ」


「そうなのですね。でも、私には墓場です」


「そう仰ると思いました。では軍服を脱いでこれに着替えてください。ララ様から出向命令が出ています」


「これは? 階級章もなにもない、燕尾服ですが、私は黒服隊……ではないですね?」


「内緒です。こちらで先ほどまで、クロード様とシルス様を交えて、ミドリ連合国との開戦について作戦を考えていました。ララ様の用事が済みましたら、こちらから作戦室に会いに行きます。では後ほど……」




 女王の部屋に行くように言われ、ドアを開けると、大きな垂れ幕と花吹雪で迎えられた。


 垂れ幕には『おめでとう。社畜完成版バンザーイ』と書いてある。


 ララ女王のほうから私に近づいた。また叱られますよ。


「ヘルシス宰相、これからミドリ連合国と開戦になります。あなたの全知全能を使ってどうにかしてね。このままでは、まずいよね?」


 私はラカユ国の宰相になった。もしかしたら軍隊だけを動かす元帥のほうが良かったかもしれない。


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